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東京湾を今を知る身近な体験

2022.10.01

森に育まれ、湧き出した水は川となり、長い旅の果てに海へと注ぐ。海の水は雲をつくり、森に雨を降らせる。こうして水は永遠とも思えるサイクルを続けている。川から海へ流れ出た水によって海の生態系が築かれてきたのだが、マイクロプラスチックは身近まで迫っているのだろうか・・・。

2022年6月初旬、「TOKYO Sea School」が行われた。これは東京海洋大学の佐々木剛教授と東京湾で観光クルーズなどを手掛ける株式会社ZEALの共同研究として、2020年から取り組んでいる海洋教育プログラムである。東京湾に注ぐ目黒川と東京湾を船で巡ることで、東京湾の多様な生態系や環境問題を自分事に関心を持ってもらおうというプログラム。この日は東京湾の自然環境に関心を持つ親子など、約30名が参加した。

午前10時、東京都品川区の天王洲運河の桟橋より、まずは目黒川を目指す。川を遡り始めると次々と橋が現れる。ちなみに「TOKYO Sea School」で乗船する運河船には屋根がない。水面から橋までの高さを考えると、屋根のある船では橋の下を通ることができないのだ。屋根がない船だからこそ見えること、感じられることもある。この「TOKYO Sea School」では、海や川の現状を屋根のない船から直接見て、感じてほしいという狙いもあるらしい。

往古より由緒ある神社であった荏原神社を過ぎると、それまで真っ直ぐだった川が曲がり始める。この辺りは真水と海水が混じり合う汽水域で、潮の干満によって水面の高さが約2mにもなる。岸壁の植生を見ると切り揃えられたようになっているのは、人の手によるものではなく潮の満ち引きによるもの。
この光景は海への注ぎ口ならではの姿で、船から見ると非常にわかりやすい。
水面に浮かぶ黒い塊はスカム。堆積した汚泥が腐敗ガスによって浮上したために水面に浮かび上がってきたものである。かすかに硫黄泉のような硫化水素の臭いもするが、これは目黒川全域が汚いワケではない。目黒川には下水を高度処理した再生水が多く流れているが、大雨が降ると下水処理しきれなくなるため、雨水はそのまま目黒川へ放水される。雨水には有機汚濁物質が含まれるため、未処理のまま放水されると川の水質に影響を与えてしまうようだ。

東急池上線の五反田駅を過ぎたあたりで、船を停める。COD(化学的酸素要求量)試薬で、有機物による目黒川の汚濁を測るためである。水中の有機物が増えると、分解する際に酸素が大量に消費され、生態系に影響を及ぼすのだ。水をすくい、試薬で反応を調べる。反応した色で数値を確認。0から100まで数値がある中で、目黒川のこの地点の水は3と5の間。数値が大きいほど汚濁が大きいことを考えると、この地点の有機汚濁は少ないといえる。この時、参加者は一様に目黒川のきれいさに驚きを感じたようだった。

船をUターンさせ、同河川の河口付近へと向かう。途中、地下からの湧水を放出している護岸があり、この水も試薬でチェック。CODは13だった。処理されていない地下水のため、さまざまな有機物が含まれているようだ。さらに、御成橋(おなりばし:品川区東五反田)から放出されていた再生水も試薬でチェックすると、こちらは3以下という結果となった。この計測値から、再生水の処理がしっかり行われていることが数値からわかる。同じ目黒川の水でも、場所によって有機物による汚濁は異なるのである。

東京湾に注ぐ目黒川を巡った後、船はいよいよ東京湾へと進む。京浜運河の右側には東京モノレールが併走し、左側にはカニ護岸が見える。カニ護岸とは、その名の通り「カニ」が棲みやすいように小さな隙間がたくさんある護岸、もちろん人工的に作ったものだ。多くの甲殻類は有機物質を取り組んで水質を浄化すると同時に、小型魚の餌にもなる。そして、そこに集まった小型魚を食べに大型魚や鳥も来遊してくる。カニ護岸は食物連鎖を修復し、東京湾を多様な生態系が育む海へと再生させる試みの一つとされる。東京湾の環境問題が注目されることは多いが、実はこういう取り組みが進んでいることも知っておきたい。

「TOKYO Sea School」では、川や海の環境問題や課題を学んでもらうだけでなく、水質改善への取り組みや東京湾本来の豊かな生態系、生きものと共存する都市の在り方などについてもわかりやすく説明するようにしている。スクールへの参加をきっかけに東京湾を再発見してもらい、水辺の価値に興味をもつきっかけにしてほしいのだ。

船は沖合に進み、ここでもCOD試薬で有機汚濁をチェック。海の表層と海底から採水した。表層の水は13〜20、海底の水は5。この場所では表層より海底の方が水質汚濁は小さい。目黒川でも場所によってCOD試薬の結果が違ったように、海でも深さや潮の流れ、太陽光のあたり具合、水温などによって、同じ場所でも状況は異なるようである。

出発地点の桟橋に戻り、参加者は運河船から客船に乗り換え、ランチ休憩。
午後の部では、採取した水を顕微鏡で観察。まずは目黒川河口で採水した水を正面モニターに映し出す。顕微鏡が捉えた小さな緑色の物体は、マイクロプラスチックだ。恐らく「人工芝」だ。人に踏まれ、風に飛ばされ、川に入り込み海に流れ着いたのだろう。東京湾では清掃船が毎日のように海面のゴミを回収しているが、それでも防ぎきれないのだ。参加した中学生の女の子は「マイクロプラスチックのことは学校で習ったけど、実際に見るのは初めて」と興味津々。
さらに、沖合で採取した水をモニターに映し出すと、小さな生きものがピョンピョンと動き回っている。子どもたちが顕微鏡とモニターに近づく。東京海洋大学の学生ボランティアの2人が「ここにシャコとクラゲがいますね」と説明。男の子が持参した図鑑を見ながら「カニもいる!」と嬉しそうに指を差し、合図もなく自然と拍手が沸き起こった。

この日のプログラムを終え、参加者からは「コロナ禍で体験の機会が失われていた子どもにとって貴重な体験だった」「なぜ海が汚れてしまうのか、実体験から学ぶことができた」「意外に鳥や生きものがたくさんいることを知った」などの声が聞かれた。SDGsを背景に、地球温暖化や海洋ゴミなど注目される今、環境問題を学ぶプログラムは思う以上に多い。だが、実際に船に乗って川や海を見ることは楽しい上、机上とは比べ物にならないくらい身に付く学びの深さに違いを感じた。
当日、採水した水を顕微鏡で観察することで、リアルな海の現状を知ることができる。おそらく、その記憶は鮮明に子どもたちに残るだろう。海を守りたいという気持ちは、こういった小さな実体験の積み重ねで育まれるものなのだろう。

東京湾を船で巡る「TOKYO Sea School」。海の現状と川とのつながりにリアルに触れるからこそ、川を遡った源にある山や森についても想いを馳せることができる。海の環境問題は海だけで解決できるわけではない。そのことを改めて知っておきたい。

  • 2022年6月に実施された「TOKYO Sea School」は、新プログラム開発のための体験会である。

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