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子どもの安全のために歩んだ10年
社会は何を学び、どう変わったか

2022.10.01

2012年7月、愛媛県西条市で幼い子どもの水難事故が起こった。当時5歳だった吉川慎之介くんが幼稚園のお泊まり保育で出かけた渓流地で、増水した川に流され死亡したのだ。両親はこの事故をきっかけに、本来、子どもの安全を第一に考えるべき教育機関、施設、行政のリスク管理の在り方、子どもを守る仕組みが機能していない日本社会の現実に直面する。このままでは同じ不幸が繰り返される。その思いが、子どもの安全を守るための活動の原動力となった。事故から10年。悲しみや疑問や怒り、さまざまな気持ちと向き合いながら活動を続けてきた10年間の歩みを、「吉川慎之介記念基金」理事であり慎之介くんの母親でもある吉川優子さんに振り返ってもらった。

2012年7月20日、私立幼稚園のお泊り保育の行事中に、当時5歳だった息子・慎之介は増水した川に流され亡くなりました。なぜ、このようなことになってしまったのか。実は幼稚園ではライフジャケットなど子どもの安全に配慮した準備もしておらず、アウトドアスポーツレジャーの体験も知識もなく安全への配慮の乏しいなか、子どもたちを川の中で遊ばせていたんです。上流域で降った雨の影響で川が増水し流された子どもは、慎之介を含め4人。3人は救助されましたが、慎之介は150メートル下流の川底で見つかりました。
こうした事故の状況を把握できたのは、繰り返さないために原因究明を行うという私たちの思いに、保護者の皆さんが応えてくれて、子どもたちの記憶がまだ鮮明なうちに事実を記録しておこうと、事故からわずか4日後に、現場検証を行うことができたからでした。活動の原点です。

幼稚園の対応に関しては、言いたいことは山ほどあります。共に向き合いたいという思いは叶わず、幼稚園とは法廷で争うことになり、2016年には刑事責任、2018年には民事責任を認める判決が裁判所から言い渡されました。責任問題とは別に、関係行政機関などに連絡をして、再発防止のための公的な事故検証をしてほしいとお願いしましたが、どこも動いてはくれませんでした。防止策や事故後の検証、当事者への対応など、当時は何のルールもなかったのです。
あの頃は、慎之介の事故だけが、このような対応をされているのかと思っていましたが、事故について調べていた時、同じような状況におかれている遺族の方の活動を知ったんです。現状に愕然として、保育・教育現場で繰り返されている子どもの事故をなくしたいと強く思いました。水難事故だけでなく、毎年、多くの子どもが防げたはずの事故で亡くなっているのに、抜本的な対策が取られていないことが本当に驚きでしたし、悔しかったです。その後、有志の勉強会を重ね、2013年6月、「吉川慎之介君の悲劇を二度と起こさないための学校安全管理と再発防止を考える会」を立ち上げました。この活動を通じて、徐々に有識者の先生方と繋がることができ、2014年7月には「吉川慎之介記念基金」、同年9月には「日本こども安全学会」を設立し、保育・学校管理下での事故の再発防止と未然防止の啓発活動を行なってきました。

この活動では、貴重な出会いが続きました。
小児科医で子どもの傷害予防の専門家である認定NPO法人「セーフキッズジャパン」の山中龍宏先生や、長崎県で小児科医院の院長として従事する傍ら認定NPO法人「Love&Safetyおおむら」を立ち上げ、子どもの安全に関する活動を行う出口貴美子先生、科学的な事故予防の研究をされている西田佳史先生(東京工業大学教授)との出会いは、私に大きな影響を与えました。先生方から、子どもの安全に関しては、科学的な根拠をもとに考え行動することが重要だと学びました。例えば、子どもを川で遊ばせる時、流域の状態、溺れのメカニズム、過去の事故情報など、きちんとしたエビデンスがあってこそ、教育機関も行政も、子どもの安全を守るための仕組みづくりができるのです。
公の立場からの発信もエビデンスの一つになります。
慎之介の裁判の判決で「子どもを水辺で遊ばせる際には、ライフジャケットなどを準備・装備し安全を確保する必要があった」という事実認定がされたことで、ライフジャケット着用啓発が前進していきました。例えば、西条市では、ライフジャケットのレンタルステーション開設に行政として始めて、動き出すことになりました。子どもの安全を守る仕組みを整えていくには、エビデンスを示すことは大事なことなのです。

もう一つ、2017年のグローブライドとの出会いも大きなものでした。私たちの活動に共感してくださり、100着のライフジャケットを提供いただきました。ライフジャケットは「吉川慎之介記念基金」より西条市に寄贈。レンタルステーションに置かれ、現在、たくさんの子どもたちに活用してもらっています。西条市では、子どもの安全に関する活動が市民レベルでも高まり、現在は行政と市民で連携して、子どもの安全と水辺の教育に取り組んでいます。とても嬉しいことですね。

事故後、保育や教育に携わる人が「子どもの事故を防ぐために必要なこと」を学ぶ機会はほとんどなく、「安全教育」は重要課題であることが分かりました。同じ問題意識を持っていた岐阜聖徳学園大学で、水辺の安全教育の研究をされている稲垣良介教授とご縁を頂き、子どもの安全を守ることについて少しでも理解を深めてもらいたいと、同大学の教育学部の学生への講義が実現しました。これから保育・教育の現場に出る若い世代に、事故予防について知ってもらうことは、とても有意義なことだと感じています。

また、当事者遺族という立場から、国の「成育医療等協議会」の委員として、意見を述べる機会を頂いています。協議会では、成育過程における様々な施策について話し合われていますが、2023年に創設される「こども家庭庁」に関する議論も重ねられました。「こども家庭庁」が動き出すことで、子どもの安全に関する取組が促進してほしいと思っています。

子どもの事故の再発防止を強く願い、始めた活動ですが、事故から10年という時間は、私たちが目標にしていた時間軸でもあります。今、振り返ると、多くの人と共に、一つ一つの取組を積み上げていくという年月でした。子どもの安全に関する法律や制度がやっと整いつつあるので、しっかり見守っていこうと思います。

厚生労働省の人口動態統計によると、日本ではこの10年間に、5679名(0歳~19歳)の尊い命が不慮の事故により失われました。このうち一人は慎之介です。事故の教訓をいかすためには、社会全体で、一人一人の命と向き合い、安全な社会を築いていくことが本当に必要なことではないでしょうか。
事故を未然に防ぎ、子どもの安全を守るという理解が社会全般に広まり、常識となっていくこと、それが私の願いです。

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