Features グローブライドの取り組み
人間も生態系の一部。
関わることで持続可能な多様性もある。
絶滅危惧種ニッポンバラタナゴを保護するために作った里山環境では、多くの生きものが支え合い、暮らしている。ため池と棚田を整備し、人間が程よく自然に関与し続けることで、多様な生きものの命を育んでいる。生態系の中には人間もいる。人間が程よく自然に関わることで守れる生態系もあることを知っておきたい。
緑豊かな山に囲まれた近畿大学奈良キャンパスでは、農学部環境管理学科・水圏生物学研究室の北川忠生教授のもと、絶滅危惧種であるニッポンバラタナゴの保護・繁殖が行われている。ニッポンバラタナゴは自然と人間の暮らしが共存する里山のため池に多く生息していた淡水性の小魚で、奈良地方では「ぺたきん」という呼称で親しまれていたそうだ。
里山の減少とともにすっかり数を減らしたこの魚の保護にあたって、北川さんは生態系を丸ごと護る取り組みを始め、ニッポンバラタナゴが生息できる里山環境を作ったのだ。
ニッポンバラタナゴは二枚貝がいないと種を残せない。二枚貝はヨシノボリ(ハゼ科の小魚)がいないと繁殖できない。このような生きもの同士のつながりを知り、生態系を丸ごと護ることが絶滅危惧種の保護・繁殖には必要だ、と北川さんは言う。ここまでは既報(2024.7.25.更新記事)の通りである。
そこで今回は、北川さんがキャンパス内で取り組む里山ビオトープ(参考※)を紹介しながら、生物多様性の本質を考えてみたい。
絶滅に瀕した生物をクローンのように生物単体を繁殖させることは、本当の意味での保護にはならない。生きもの同士のつながりを理解した上で、本来あるべき生態系そのものを護る必要がある、と北川さんは考えている。自然の原風景の中に人間が踏み込まないことも生態系を護るためには大切だが、人間があえて自然に関わり、その環境を管理・保全することも生物多様性を育むには必要な取り組みとなるのだ。
「研究室で保護しているものは、あくまでバックアップ用です。ニッポンバラタナゴの保護・繁殖には本来の生息環境である里山環境が必要だと考えました。そこでキャンパス内にため池と棚田を整備した里山ビオトープを作り、数年かけてニッポンバラタナゴを定着させたのです」
北川さんは学生たちと一緒に棚田で稲作や野菜作りをしている。棚田の最上部にため池を作り、周囲の山林から集まる湧水をここに溜め、安定的に農地に水を供給している。また年に1回行っている「かいぼり」も里山ビオトープの管理に欠かせないという。
「かいぼり」とは日本の伝統的なため池管理方法で、農閑期にため池の水を抜き、底に堆積した泥を掻き出し、底土を天日にさらすことだ。ため池は放置すると水が長期間滞留し、富栄養化が進む。そのため酸素不足となり、水中の様々な生物が命を失ってしまうのだ。
ため池の水を抜き堆積した泥を掻き出すことによって過剰な栄養を取り除くだけでなく、底土を空気にさらすことができる。空気にさらせば土中の金属元素と酸素が結びつき酸化し、その状態で池に水を戻すと分解が早く進みプランクトンが増殖する。結果的にプランクトンをエサとする生きものたちが元気になる、というプロセスだ。さらに、掻き出した栄養豊富な堆積した泥を農地の肥やしとすることで、化学肥料を使わない無農薬栽培の米や野菜を育てることができるというワケだ。
このような里山管理を数年続けると、ニッポンバラタナゴがため池で自然繁殖するようになり、二枚貝、ヨシノボリも定着できた。さらに他の水生生物、昆虫類、カエル、ヘビなどの多くの生きものがため池や棚田に増え、今では季節となればゲンジボタルも飛ぶという。人が手を加えることで里山ビオトープの生態系は、より豊かになり、生きものたちが元気になり、里山が賑やかに活気づいていったのだ。
人間と自然が共存することは可能であり、人間が適度に関わることで護れる自然もあることを、この里山ビオトープは教えてくれる。
「生態系を考えるとき、私たちは人間以外の生物について考えがちです。しかし生態系を形作る生物多様性のつながりの中には人間も含まれているのです。里山のように人間と自然が共存していた場所から人間がいなくなることで、失われていく命があることも知っておいてほしい」という北川さん。
しかし、現代に暮らす私たちが昔の暮らしに戻ることは簡単ではない。山間部で農業を営む人も少なくなり、棚田もこの半世紀で半分ほどに減ったとも言われている。
北川さんの研究室では、ニッポンバラタナゴの奈良県での呼称からネーミングした「ぺたきんの恵み」というブランド認証制度を立ち上げた。
キャンパス内の里山ビオトープとキャンパスから離れた場所にも里山ビオトープを作り、ニッポンバラタナゴとその生態系を保全する里山周辺の農地で栽培された農産物を、ブランド作物として認証する仕組みを作ったのだ。ニッポンバラタナゴが自然繁殖している健全な生態系で育った農産物を選ぶことで、私たち消費者も間接的に生物多様性の保全に貢献できるという仕組みだ。
「認証作物の普及はまだまだこれからですが、生物多様性への理解が一過性のブームで終わらないように認知を広げていきたいと思っています」
多様な生きものが複雑につながる生態系を保護していくには知識が必要だ。絶滅に瀕した生きものだけを保護し繁殖させればいいというわけではない。そして、時には人間が自然に関わることも必要であって、「かいぼり」のように池の水を抜くという素人目には破壊的な行為に思えることも、生態系を護るためには大切な営みだったりする。
絶滅危惧種ニッポンバラタナゴを保護するために里山環境を作り、自然に関わることで生態系を護る北川さんの取り組みから私たちが学ぶことは多い。人間も、大きな自然の営みの中の一部であることを思い起こしてくれる。
まずは生物多様性の意味を、もう一度考えてみたい。
生物はすべてつながっており、人間もそのつながりの中にいる生物なのだ。
参考※)北川さんの研究チームが管理する里山ビオトープは近畿大学奈良キャンパス内の他に、奈良市高樋町にもある。高樋町では地主の協力を得て、里山環境を整備し作物を栽培している。
画像提供:北川忠生、森宗智彦
取材編集:帆足泰子