Compass 様々な専門家が語る明日の針路。
潜って測って徹底調査、
日本沿岸域のブルーカーボン生態系を。
-Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト2024年実地調査-
2024年の「Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト」の実地調査が行われた。
5〜6月に沿岸域の4つの拠点をまわり、さまざまな項目の調査を行っている。二酸化炭素の吸収源として注目されているブルーカーボン生態系、海藻や海草などの調査を進めることにより炭素隔離のメカニズムが解明されれば、地球温暖化対策に大きなインパクトを与えることができるだろう。

「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」とは、海洋に特化したフランスのタラ・オセアン財団の日本支部であるタラ・オセアン・ジャパンと日本の国立大学付属の臨海実験所のネットワークである「マリンバイオ共同推進機構 (JAMBO)」が共同で行うプロジェクトである。2024年から始まったこのプロジェクトは、日本各地に点在する臨海実験所を拠点に、約4年をかけて13ヶ所以上(※1)で調査研究を実施する予定だ。
このプロジェクトの背景については既にご紹介(2024年6月掲載 ※2)した通りだが、2024年5〜6月に沿岸域4拠点をまわりブルーカーボン生態系(※3)に関するさまざまな項目の調査を行っている。プロジェクトリーダーである広島大学・瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター・ブルーイノベーション部門(元筑波大学下田臨海実験センター)の和田茂樹教授に今回の調査についてお聞きした。
「今年の調査は4ヶ所。調査期間は各1週間ずつ、調査地ごとに8〜10名のチームを組みました。調査項目が多く大変でしたが、これだけ多岐にわたる項目で行うブルーカーボン生態系の調査は世界的にも初めて。必ず有意義な結果につながると信じています」
日本各地に点在する臨界実験所を拠点に、約4年をかけて13ヶ所以上で調査研究が実施予定だが、2024年は九州大学の天草臨海実験所、北海道大学の北方圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所、広島大学の竹原ステーション(瀬戸内海)、島根大学の隠岐臨海実験所(日本海)を拠点として調査が行われた。
瀬戸内海の竹原ステーションを拠点とした調査は海草が生えている藻場を対象とし、他の3ヶ所は海藻が生えている藻場を対象とした(※4)。この調査は海に潜って調査を行う「潜水チーム」と、船上で海水の採水などを行う「船舶チーム」に分かれ、和田さんを含め計10名程度のチームで調査を進めている。

調査を行う場所ごとに日本でブルーカーボン研究を牽引するさまざまな研究者が参加することも特徴で、2024年も北海道大学や岡山大学、OIST(沖縄科学技術大学院大学)、JAMSTEC(海洋研究開発機構)などから研究者が参加している。
ブルーカーボンに関する多くのスペシャリストの知見を活かし、進められる調査項目は実に多岐。
2024年、最初に行われた九州大学・天草臨海実験所を拠点とした海藻調査を例にプロジェクトリーダーである和田さんによれば「天草の海では草丈が低い藻場が広がる場所を調査対象としました。調査はまず、対象とした場所の基礎データを取ることから始めます。どんな海藻がどの程度あるのか、調査場所のデータを数値化することが大切なのです」
基礎データを取るために藻場が広がる海底の写真を10メートルおきに撮影し、海藻のサンプル採取も行う。ここ天草の海では「テングサ類(マクサなど寒天の原料となる海藻の総称)」という草丈が低い海藻を中心に多くの種の海藻を採取している。そのサンプルは冷凍保存され、のちに種類と量を数値化、この場所の基礎データを作る地道な作業が続くのだ。この調査場所の基礎データがなければ、海藻の光合成や炭素隔離のメカニズムなどブルーカーボン生態系のメインデータを一般化(※5)することができない。この基礎データのための調査には丸1日を要するという。
基礎データを作るためのサンプル採取などが終わると、いよいよメインデータに向けた潜水調査が始まる。
この潜水で行う調査として――――、
① 光合成測定(海藻に専用の袋を被せ、酸素センサーで光合成の状況を調査)
② 光合成のエネルギー伝達経路調査(吸収された光のうち、エネルギーを伝達する経路に送られる割合を測定)
③ ウニの個体数調査(一部のウニは藻場を食い荒らし、磯焼けを引き起こすため)
④ 草食魚による食害調査(ウニ同様、藻場を食い荒らす草食魚が調査用に仕掛けた昆布を捕食する様子を観察)
⑤ 調査海域に生息する魚種調査(調査ダイバーが海中を泳ぎながら撮影。一定距離の間にどんな魚が何匹いるかを計測)
⑥ 海藻の粘液成分調査(海藻に専用の袋を被せ放出される粘液の量を測定)
⑦ ブルーカーボンとは直接的に関係ないが海洋プラスチック調査(海底に沈んだプラスチックを専用機で吸引し計測 ※6)
など。



これだけでも十分な調査項目数に思えるが、潜水調査と並行して船上での調査も行なっている。藻場の影響が沿岸から沖合にかけてどの程度まで波及するのかを測定するのだ。藻場が生えている場所から沖に向けて船を動かしポイントごとに海水を採水したり、専用センサーを海中に沈めたり、測定方法はさまざまだ。
その調査項目としては――――、
① CO2調査(藻場から沖にかけて海水中のCO2量を測定)
② 環境DNA調査(海水中の環境DNAを調べることで海藻などがどこまで流され、どの程度深く沈んでいくのかを測定)
③ 沖でのコア調査(船上からオモリをつけたパイプを海底に刺し、地中の砂泥を採取。沖に流された海藻がどのくらいの時間スケールで埋没していくのかを測定)
などがあり、沿岸に流れ込む川の状況も調査対象となっている。

これらの調査項目は海藻におけるブルーカーボン生態系のメカニズム調査であり、調査対象が海草の場合は調査項目や手法が異なってくる。調査場所ごとにそれぞれ僅か一週間、これらの項目すべてにトライしたというから、その苦労がうかがえる。現在は今年の実地調査を終え、採取したサンプルや調査内容の整理を行なっている。
「4ヶ所を調査してみて改めて感じたのは、日本の沿岸域のブルーカーボン生態系には実に多くのバリエーションがあるということです。地形や海流が異なれば状況はまったく変わってきます。生息する海藻の種類もさまざまで、天草はテンクサ、厚岸はコンブ、隠岐は草丈が高いガラモが中心でした。厚岸は内湾での調査だったので、流れが少ないため堆積物が多く、砂泥を舞い上げないように注意しながら調査をしなくてはならず、とても苦労しました」とはプロジェクトリーダーである和田さん。
地形や海流、生態系などのバリエーションが多い日本沿岸域でのブルーカーボン生態系の調査はそれぞれに対応できる調査能力が必要であって手間のかかる作業になるが、さまざまな状況下の調査データが取得できるという利点もある。
現在、世界のブルーカーボン研究者が基準にしているデータは世界各地で散発的に取得された調査データを集約して解析したものだということから、ブルーカーボン研究を世界的に加速させていくためには、より信頼性の高い基準データが求められているのだ。
「Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト」で、地形や海流、生態系などのバリエーションが多い日本の沿岸域を数年かけて綿密な調査を行うことにより、世界のブルーカーボン研究に大きなインパクトを与える結果を発表することができる、と和田さんは考えており、「来年は調査対象を海藻に絞り、調査拠点も増やそうかと思っています。できるだけ早期に調査結果を取りまとめ、世界に向けて情報発信していきたいと思っています」
今回の調査ではいくつかの課題も見つかり、来年の調査に向けて対策案の検討がすでに始まっている。その一つが潜水調査を行うダイバーの確保だという。日本は海洋調査の科学的スキルを持つダイバーが少なく、海洋研究においては大きな課題となっている。和田さんは海洋環境に関心の高いダイビングショップやツアーダイバーにも協力を求めるなど、アイデアとネットワークでプロジェクトをさらに発展させていきたいと意気込んでもいる。
「海藻や海草などによって構成されるブルーカーボン生態系の価値が世界に認識されれば、沿岸域の藻場の保全に多くの資金や技術が注力されていくでしょう。藻場は炭素隔離する温暖化対策としての価値があることはもちろんですが、多様な生態系を育む場所としての価値もあります。このプロジェクトでブルーカーボン生態系のメカニズムを解明し、ブルーカーボン生態系を増やし保全することの必要性を世界に知ってもらいたいと思っています」
藻場を守ることは、生物多様性や水産資源、遺伝子資源の保全においてとても重要だ。多くの生き物が生息する豊かな海は観光や漁業にも良い影響をもたらす。CO2削減の技術は他にもあるが、ブルーカーボン生態系の活用は、副作用的に新たな問題が発生しにくい環境対策だと言われている。和田さんはブルーカーボン生態系の多様な価値に着目し、温暖化対策にとどまらず、さまざまな社会課題にもこのプロジェクトの成果を役立てたいと考えている。
このプロジェクトは今後も継続していく予定だ。
次の「Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト」の沿岸域実地調査は2025年5〜6月を予定している。
※1:「Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト」は、ブルーカーボン生態系の実態と炭素循環の仕組みを理解するため、海藻・海草などを対象に調査・研究を行っている。
その結果は科学論文として発表し、オープンデータとして公開している。
※2:「Tara JAMBIO ブルーカーボンプロジェクト」の背景については以下参照。
※3:ブルーカーボンとは、海洋生物によって海に隔離される二酸化炭素のこと。また、二酸化炭素を隔離する海洋生態系をブルーカーボン生態系という。ワカメなどの海藻類、アマモなどの海草類、マングローブ、干潟、塩性湿地などがある。
※4:海草は砂地や泥地に地下茎を張り巡らせて生⻑し、海藻は岩や岩盤で生⻑する。海草は枯死した後、そのまま砂地や泥地に埋没して炭素隔離する。海藻は岩や岩盤から離れ多くは波に流されてしまう。流出した藻体は一部が深海まで輸送され炭素を⻑期にわたって隔離する。
※5:データの一般化とは、分析結果から潜在的な母集団の特徴を推測すること。研究結果は、サンプルケースだけに当てはまるものではないことを示すことが重要。
※6:専用機で海底に沈んだプラスチックを吸引。ブルーカーボンとは直接的には関係ないが、海の状況を把握し、2020年から2023年に行った「Tara JAMBIO マイクロプラスチック共同調査プロジェクト」のデータセットを補完するために、海洋マイクロプラスチックも調査対象とした。
画像提供:和田茂樹(広島大学)
取材編集:帆足泰子