Compass 様々な専門家が語る明日の針路。
夢を原動力に高める大人の好奇心と探究心。
何をしているときが幸せですか?
将来の夢は何ですか?
こんな質問をされたら戸惑う大人は多いかもしれない。しかし、忙しい日々の中で好奇心や探究心など持てるはずはないと思っている大人こそ、少し立ち止まって自分の夢について考えてみることが必要なのだろう。
大人の好奇心と探究心は、自分の「幸せ」と「好き」について立ち止まって考えてみることから動き出すはずだ。

前回(2024年11月掲載)、子どもの知的好奇心を高めたいと考えている親こそ、自分が「好き」だと思えることを好奇心や探究心を持って楽しむことが大切だ、と瀧先生に教えていただいた。親が人生を楽しんでいる姿を子どもに見せることが、子育てには何よりも大切なことなのだ。しかし、忙しい毎日の中で大人が好奇心や探究心を持つことは難しいと考える人も多いことだろう。好奇心や探究心の対象を見つけられないことに悩む人もいるかもしれない。
そこで、瀧先生には改めて大人が好奇心や探究心を高めるためのヒントを教えていただき、また好奇心や探究心を高める環境として、自然の中に身を置くことの効果についてもお聞きしてみた。
限界の「壁」を作らない
大人が好奇心や探究心を持って毎日を過ごすことは素晴らしいことですが、忙しい日々の中で「どうすればいいものか分からない」という方もいます。そう思う皆さんの中には、おそらく自分の中に限界の「壁」を作ってしまっている方も多いのではないでしょうか。
どうせ自分にはできない。
自分には好奇心も探究心もない。
自分には才能がない。
脳には可塑性(※1)がありますから、何かにチャレンジすることで行動や考え方が変わっていくことは大いにあるのですが、いつの間にか自分の中にネガティブな「壁」を作ってしまい、探求の行動に踏み出せない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ただ私は、現代社会において「壁」を作ってしまう人が多いのは仕方がない側面もあると感じています。現代社会は情報に溢れています。そして、その膨大な情報に常に触れていることを求められるようになりました。仕事をして、家事をして、子育てをして、ネットニュースをチェックして、さらに個人によっては自分が発信する情報を探すことに多くの時間を割いているかもしれません。現代社会ではタイムパフォーマンスを意識することも大切です。このような日常の中では好奇心や探究心を高めるために改めて自分を振り返る時間を持てる人は、そう多くはないでしょう。
しかし、だからこそ立ち止まって今の自分を考える時間を持って欲しいのです。
現代社会の荒波に流されて無意識のうちに「壁」を作ってしまうことなく、自分は何をしているときが本当に幸せなのかを改めて考えて欲しいと思っています。
大人こそ将来の夢を語りたい
当コンテンツ中で以前もお話ししましたが、私は友人や知人との雑談をする際、よく尋ねることがあります。
何をしているときが幸せですか?
将来の夢は何ですか?
将来の夢を尋ねると、多くの大人は意外そうな表情をします。「子どもじゃないんだから」と笑う方もいます。しかし大人が将来の夢を語ることは、そんなに意外なことでしょうか。人生100年時代となり、50代や60代で起業する人や新しい分野にチャレンジする人も増えてきました。自分のなりたい姿をイメージし、数年後のゴールを設定して、そこに至るまでの工程を逆算してロードマップを作れば、自分の夢が現実に近づいてくることを実感できることでしょう。子どもの頃に描いていた夢に改めてチャレンジするのも楽しいことです。もちろん子どもの頃の夢の中には実現不可能なこともあるかもしれませんが、多くの夢は実現できる可能性があるものではないでしょうか。
お菓子屋さんになりたい。
バスの運転手になりたい。
外国で暮らしてみたい。
小さな本屋さんをやりたい。
子どもの頃、ささやかな夢に心を踊らせた記憶はないでしょうか。
ほんのちょっと立ち止まって、自分の幸せと夢について考えてみて欲しいと思います。子どもの頃の夢をそのまま実現できなくても、それに近い形で何ができるかを考えてみることはできるでしょう。忙しい毎日の中で特別なことを目指す必要もないし、どうせ自分には好奇心も探究心もないなどとあきらめる必要もないと思います。
自分の幸せと夢についてほんの少し立ち止まって考えてみる。それこそがまさに大人の好奇心と探究心の入り口になってくれるでしょう。
ちなみに、子どもの頃には夢があったのに大人になると夢がなくなると感じるのはなぜでしょうか。大人になると仕事や日常が忙しくなり自分の夢について考える時間がなくなる。社会の仕組みや現実が見え、どうせできないと諦めてしまう。大きくはこの2つが要因で、大人になると自分の夢について考える思考を停止してしまうのだと思います。
もちろん仕事や暮らしも大切です。ただ夢ばかりを追いかけているわけにはいかないのも現実です。しかし、人生の中で到達したい目標や本当はやってみたかったことなど、誰しも秘めた想いを持っているのではないでしょうか。自分の幸せや夢に対して簡単に思考停止してしまわずに、どうしたらなりたい自分に近づけるかを考えてみて欲しいのです。そして無理せず、できることを少しずつやっていく。そんな思考が、大人の好奇心や探究心を育んでいくのだと私は思います。
自然の中で育む好奇心と探究心
大人が好奇心や探究心を育むために少し立ち止まって考える環境として、自然の中に身を置いてみることを選択することは素晴らしいことです。自然体験は認知機能や主観的幸福感、自己肯定感を高め、逆にストレスレベルを下げることがさまざまな研究からわかっています。
普段の私たちは、たとえば信号が赤の場合は渡ってはいけない、車道は歩いてはいけないなど、決められた多くの制約の中で暮らしています。トップダウンの情報に認知機能が働き、本能を理性で抑えているのです。自然の中ではそれが逆になり、風の音や鳥の鳴き声など五感から入ってくるボトムアップの情報への対応に認知機能が切り替わります。それは結果的にストレスレベルを下げることにつながっていくのです。また、自然の中には木々の葉っぱが生い茂って生成されるような同じ形が繰り返し続く「フラクタル(※2)」が多いのですが、人間は「フラクタル」の中に身を置くことで気持ちを落ち着かせることができると言われています。自然体験の時間をすぐに取れない方は、まずは公園など身近な自然を楽しむことから始めてみるといいでしょう。

自然体験の中でも釣りが趣味の方は、無意識のうちにたくさんの好奇心や探究心を刺激されているかもしれません。魚を釣るためのエサや仕掛けを考えたり、トライアンドエラーを繰り返したり、釣りはまさに好奇心と探究心が育まれるスポーツです。自然の中に身を置くことで認知機能がボトムアップに切り替わりますし、木々の葉っぱだけでなく海の波や川の流れも規則性のある「フラクタル」なので、気持ちを落ち着かせてくれるでしょう。
忙しい毎日だとは思いますが、少し立ち止まって自分の幸せと夢について考えてみてください。「どうしたら好奇心が持てるのか」、「自分にはできない」などと難しいことは考えずに、自分が楽しいと思える幸せをどうしたら体現できそうなのか、思いを巡らせてみてください。
大人が好奇心や探究心を持つことは、これからの人生100年時代を生きていく中で脳の健康を維持するためにも大切なことだと思います。多くの大人たちが好奇心や探究心を持って自分の夢や目標、趣味について語り合える、そんなポジティブで楽しい人生が溢れる社会になって欲しいと思っています。
※1:脳に可塑性があるとは、脳への刺激によって神経細胞が変化して新たなネットワークを築くことを意味する。訓練や教育などによっても能力や性質を変化させることができると考えられている。
※2:一部分と全体が相似になっていて、同じ形やパターンを繰り返す構造のこと。木々の枝や雲の形、雪の結晶など、自然界にはフラクタルなものが多いと言われている。
- 瀧 靖之
- 医師 医学博士 脳科学者
東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長。東北大学加齢医学研究所教授。これまで脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIはこれまでに16万人にのぼる。『「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)は10万部を超えるベストセラーに。ピアノ演奏やチョウの採集など多彩な趣味を持つ。一児の父。
取材編集:帆足泰子