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アユの産卵時期が1カ月後退⁉
川の温暖化で何が起きているのか?

2025.05.23

清流長良川のアユの産卵時期が遅れているという。一昔前なら9月に盛期を迎えた落ちアユが、近年は10月後半以降にずれ込んできているのだ。
その原因は川の温暖化。年々高くなりつつある川の水温は、長良川で暮らすアユの生態にどのような変化をもたらしているのだろうか。

清流として名を馳せる長良川は、水質の良さと豊かな生態系と知られています。
その水で育ったアユは流域である岐阜県11市町村の食や文化、経済などと強く結びつき、2015年には豊かな里川システムを築く象徴「清流長良川の鮎」として世界農業遺産に認定されている。

世界に認められた長良川のアユ。しかし今、そのアユに温暖化の影響が出始めているようだ。その調査研究に取り組んでいるのは、岐阜大学高等研究院・環境社会共生体研究センター特任助教(現・長野大学/准教授)の永山滋也さんだ。

「長良川流域にとってアユは大切な存在ですし、温暖化がアユにどのような影響を与えているのかを調査することは川の生き物全般への温暖化の影響を知ることにも繋がると考え、岐阜県の水産関係者などと協力しながら調査を始めました」


永山さんが集中的にアユの研究に取り組み始めたのは約5年前。その頃「産卵時期が遅くなっている」「夏場は下流域にアユがほとんどいない」など、これまでとは異なったアユの変化を感じる声が数多く聞かれるようになっていた。
永山さんは、これらの変化の要因には川の温暖化があると考えている。
「日本の川の水温は、国がデータを取り始めた1980年代と比較して全国平均で1.05℃(1981~2015年にかけての全国河川調査データの平均値)上がっています。水温の上昇傾向は上流域より河口付近の方が強く1.38℃の上昇です。月別では10月に上昇傾向が強くみられます」

なぜ、川の水温は真夏ではなく秋雨が終わり本格的な秋の10月に上昇傾向が強いのか...この変化については未だ明確な理由はわかってはいない。ただ、永山さんは「森林の蒸発散が影響している」といった推測をされているようだ。
以前は、秋になると気温が下がり落葉も早かったが、最近は夏が過ぎてもいつまでも暑い日が続き、樹々の落葉も遅れる傾向だ。樹木から落葉がなければ、森林からの蒸発散が秋でも続き、山の土壌を通して川に流出する水量が相対的に減ってしまう。川の水量が少なければ、水温は暑さが続く気温の影響をより受けやすくなる。気温・水量・森林の蒸発散などさまざまな影響が重なって、真夏を過ぎ少し時間が経過した10月に月別で最も大きい水温の上昇という変化が川に表れるのではないか、と推論されている。

数十年でわずか1〜2℃の水温上昇と言われても、気温や海水温の上昇と比べて川の水温変化は少ないように考えてしまうが、魚にとって1〜2℃の水温上昇は「その生態に大きな影響を与えてしまう」と永山さんは言う。こんな変化により長良川のアユの産卵時期を遅らせているようだ。

誕生から成長、次の産卵までの流れが分かる長良川アユの生活史。
まず、長良川のアユの一般的な1年を追ってみたい。
親魚となるアユは9月〜12月の間に産卵場まで川を下り、産卵する。卵から孵化した仔魚が海に降りていくのが10〜1月頃。冬の間は海または河口域で暮らし、河川水温が10度程度になる春先から河川遡上を始める。遡上距離が140kmを超えるアユもいるそうだ。初夏には成長期を迎え、そして9月になり秋が訪れると産卵降河を始める。
ちなみにアユの寿命は1年で、産卵を終えた後はその生涯を終える。
鏡島に産卵降河したアユの漁獲尾数と水温・流量の関係(2020年と2021年の結果)。青線グラフの山型箇所は雨で川の水量が増えたことを意味する。水温が低下し、かつ増水した後にアユが盛んに川を下り産卵場に集まってきたことが分かる。
産卵降河してくるアユを「落ちアユ」と言うが、永山さんが長良川のアユの主な産卵場になっている地点である鏡島(かがしま)で漁師さんとともに調査したところ、近年の落ちアユの漁獲尾数と水温・流量の関係が分かってきたと言う。
「長良川のアユは生息域の日平均水温が18度を下回り、かつ雨などで増水した時に盛んに川を下ることが分かりました。水温が18度を下回ったのは2020年と2021年ともに10月中旬以降で、それ以前は川が増水しても漁獲尾数は増えない。つまり10月に入ってもまだ水温が高くて、川を下るアユは少なかったのです。この結果から、以前と比べて産卵降河の時期が遅くなっていることが分かりました」

永山さんの調査データと50年ほど前の古い記録を付き合わせると、最近5年間は明らかに1カ月ほど産卵降河の時期が遅れているという。
以前であれば9月に降河がピークとなったのだが、現在は9月でも水温が20度前後で高止まりしているため雨が降って流量が増えてもアユは川を下ろうとしない。「産卵降河のスイッチが入らない」と永山さんは言う。また、温暖化による水温の上昇は真夏の下流域でも影響が出ているようだ。

「7月下旬から8月上旬にかけた夏の土用の頃、下流域のアユは水温が上がった川の水を避けて冷たい水が湧き出る深い淵の底に入り込むことがあります。『土用隠れ』という現象です。『土用隠れ』は昔からよく知られたアユの生態で、長良川下流域でも時々起きていました。しかし、最近では土用の時期にアユが淵に隠れるのではなく、下流域そのものから姿を消す年が表れるようになってしまいました」

近年、アユが土用隠れできる深い淵が川からなくなりつつある。
川の水温は上流域より下流域の方が高くなる。おそらく下流域のアユは淵に逃げ込む土用隠れで暑さを避けていたのに、あまりの水温の高さに『土用隠れ』だけでは耐えられなくなってしまったということだろう。永山さんによる環境DNAを使用した調査の結果、夏場のアユは下流域から姿を消し、冷たい支川や上流域に分布するようになったことが分かっている。
「生息域にある淵に逃げるのではなく、遠くに逃避行する。この現象を私は『スーパー土用隠れ』と呼んでいます。ここ数年の長良川下流域の水温は30度を超える日も出てきていますので、アユにしてみたら、そんな高い水温のところにはいられないということでしょう」

川の掘削や土砂の除去などで昔と比べて淵が浅くなったことも『スーパー土用隠れ』が起きるようになった原因だと永山さんは考えている。アユが隠れるのに十分な深さの淵がなくなってしまったというワケだ。
「温暖化の影響で、近年、激しい豪雨による川の氾濫が増えました。そこで氾濫防止策として川で流せる水量を増やすために、川を掘削する取り組みが全国で盛んに実施されています。掘削で川から大きな石を取ってしまうと、その下の小さな石や砂利が流れ出し、川底は徐々に平坦になり深い淵がなくなります。豪雨などへの対策はとても大切なことですが、生態系や水産業への影響も同時に考えていかなければなりません」

川の氾濫対策は大切なことだが、そのためにアユをはじめとする生き物の生態に影響が出ることを忘れてはいけないだろう。
「流域治水という考え方があります。流域全体で上手く川の水を受け止めながら、徐々に海に水を流していくという考え方です。これがうまく機能すれば、下流の川の掘削量を減らして川の平坦化を防ぎ、アユをはじめとした生物の生息環境を保全できる可能性があります。治水と環境保全は別々に考えるのではなく、同時に行うべきものです。私も河川生態学者として、社会に働きかけていきたいと思っています」

ストロンチウム同位体比を調べることで、産卵場に降河してきたアユが流域のどこに生息していたかが分かる。
さて、長良川ではアユの放流も盛んだが、天然アユの産卵貢献度がどのくらいあるかご存知だろうか。実は長良川では産卵場に来るアユは、天然アユが圧倒的に多いそうだ。永山さんの調査では産卵場まで降河してくるアユの87.2%が天然アユ、12.8%が放流アユという結果が出ている。過去の調査事例でもほぼ同様の結果だそうだ。長良川はアユの友釣りで有名な川でもあるため、体が大きい放流魚は選択的に釣られてしまう傾向があり、下流域の産卵場には釣られずに残った天然アユが多くやってくるのだという。ある意味、放流アユの存在が天然アユを守っていると言えるかもしれない。
「天然アユか放流アユかを調べるには、アユの耳石(※1)を利用します。耳石にはアユが生息していた場所の水質が記録されています。そこからストロンチウムという物質の同位体比を測定すると、海で暮らした経験のある天然遡上アユなのか否か、さらに流域のどこに生息していたのかが分かるのです。併せて、耳石に1日1本形成される輪紋を調べることで、アユがいつ生まれ、いつ川に遡上したのかも分かります」

11月〜1月に孵化した比較的早生まれのアユは3月以降の早い時期に川を遡上(早のぼり)し、1月〜2月に孵化した遅生まれのアユはそれより遅めの時期に遡上(遅のぼり)するそうだ。そして早生まれのアユは長良川本流にいち早く定着し大きく成長し、たくさんの産卵親魚となる。一方で後から遡上してきた遅生まれのアユは、先住者(早生まれのアユ)がいる本流に生息域を見つけられず支流に入って成長し、産卵場に現れる親魚の数も少ないという。

「長良川のアユは、本流の凡そ100km区間と主要な5つの支流で暮らし成長します。アユがどこからどのくらい産卵場に集まってくるのかは長年のミステリーでした。このようなアユの知られざる生態を解明していくことはもちろん、川の温暖化が与える影響を調査していくことで、守るべき大切な資源の管理に役立てたいと考えています」

清流長良川には今年もアユが遡上し、流域は賑わいを見せるだろう。しかし2025年の夏も猛暑が予想されており、長良川の水温も例年より上昇する可能性は高い。アユは産卵時期をずらしながら温暖化に適応しようとしているが、水温の上昇幅が急激に高くなったり、温暖化のスピードが早くなったりすれば、いずれ適応が難しくなるかもしれない。
長良川のアユの変化は一例に過ぎない。酷暑や豪雨といった異常気象の原因として「温暖化」といった言葉を耳にするが、身近な日本の川の温暖化ついても知識を深めていくことが必要だろう。

※1:魚の耳石とは、魚の頭部と背骨をつなぐ部分にある炭酸カルシウムの結晶からなる組織。その魚の年齢や生活履歴が年輪のように刻まれており、研究者にとって貴重なデータと言える。


永山滋也(ながやま しげや)
河川生態学者。
岐阜大学高等研究院・環境社会共生体研究センター特任助教、現・長野大学/准教授。

資料・画像提供:永山滋也
取材編集:帆足泰子