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頭足類の謎と不思議。
イカ・タコの眼は、皮膚を作る細胞から作られていた!

2025.11.10

皮膚を作る細胞から眼を作ったと考えられている頭足類。イカやタコは、なぜそんな驚きの進化を遂げたのか。元々は殻を持っていたと考えられている彼らだが、進化の過程で殻を脱ぎ捨て身軽になって自由に海で生きることを選んだようだ。そして彼らは脳を発達させ、高い知性を持つようになる。日本人には馴染み深いイカやタコの謎が多い不思議な姿形と生態について、専門家に教えていただくことにした。

イカやタコについて、どんなイメージを持っているだろうか?
刺身や寿司ネタとしてはもちろん、イカ焼きは屋台の定番、タコ焼きに至っては日本が誇るB級グルメの代表とも言えるだろう。身近なおいしい食べ物として人気があるイカやタコだが、キャラクター化しやすいその姿形にも親しみを感じている人は多いのではないだろうか。昔から日本人にとっては近しい存在であるイカやタコだが、その生態となると知らないことも多い。そこで今回、頭足類の社会性とコミュニケーションを研究する琉球大学・理学部海洋自然科学科・教授の池田譲さんに、イカやタコの謎が多い不思議な生態について教えていただいた。

そもそも軟体動物頭足類に分類されるイカやタコは、どのような進化の過程を経て現在の姿形になったのだろうか?
「イカやタコの進化の背景を研究することはとても難しいものがあります。なぜなら骨がないので化石としてほとんど残っていないため、どのように進化してきたのかがはっきり分からないのです。それでも、おおよそ推定されていることはあります」

古生物学の中では、古生代の終わり頃に頭足類の祖先型となる生物が誕生したのではないかと考えられている。元々、頭足類も殻を持っていたと考えられており、それがある段階で殻を持たない軟体の組織だけになっていったと推定されているのだ。だが、その進化のプロセスには謎が多い。
「古生物学の研究では最近、中生代の白亜紀にはすでにたくさんのイカ類がいたのではないかというレポートが発表(※1)されています。少しずつ解明されてきてはいますが、頭足類の進化に関しては未だ謎が多いのが実情です」

頭足類が、どの段階で殻を脱ぎ捨てたのかについてはとても興味深い。殻を脱ぎ捨てたことで身軽にはなったが、同時に捕食者に対して無防備にもなった。同じ軟体動物でも貝類は殻(貝)を持つことで身を守るが、殻を持たずに海で自由に生きる道をたどったイカやタコの祖先は、もしかしたら他の軟体動物より好奇心や冒険心が強かったのでは…と勝手に想像を膨らませてしまう。

イカやタコの進化に興味を示していると池田さんは「進化は目的があってするものではなく、環境などの様々な影響を受け、結果としてそう進化しただけ」と前置きしながら、「イカやタコの眼の進化についてお話ししましょう。彼らは脊椎動物とは異なり、皮膚を作る細胞から眼を作ったのです」と、驚きの説明をしてくれた。

上の図解は光を受容するヒトの網膜、下の図解はイカやタコの網膜を説明したもの。視細胞の向きが逆であることが分かる。(作画:池田譲)
順番に説明しよう。
まず構造だが、イカやタコの眼は水晶体でピントを調節する「レンズ眼」といわれる構造で、眼球の中に1つの水晶体を持つ。私たちヒトと同じ単レンズ眼だ。ところがヒトとは視細胞の向きが異なるのだという。単レンズ眼では外界の光情報を網膜上に集めて、シャープな像を結ぶことでモノを見る。網膜には光を受け取る視細胞があり、視細胞で受け取った光を視神経により脳に伝達する。視細胞から脳まで視神経というケーブルが伸びているイメージだ。ヒトの眼は光を受け取る部位である視細胞の外節(※2)が網膜の最奥に向いている。そのため外節と反対側の視細胞の部位から神経節細胞、双極細胞を経て繋がる視神経は、一度は水晶体の方向に向かってから網膜の一箇所にある盲点(※3)を通って眼球の外に出され、脳に繋がる。これはヒト以外の脊椎動物でも基本的に同じだ。
視細胞が光の方向に向いていないのは非効率に感じるかもしれないが、脊椎動物としての必要不可欠な理由がある。対してイカやタコの眼は視細胞の外節が水晶体側、つまり光が来る方を向いている。これだと盲点という穴から視神経を束ねて出す必要がなく網膜上に盲点ができない。脊椎動物とは逆の配置なのだ。
光を受け取るという点では、イカやタコの方が効率的な構造をしていると言えるだろう。

ただし、イカやタコは基本的に色を感じ取ることができない。ヒトが3種類の光の波長を組み合わせて色を感じるのに対して、イカやタコは光を感じる視物質が1種類しかないため色を認識することができず、おそらく色のない世界で生きていると考えられている。
しかし、例外もあるそうだ。
「ホタルイカは色が見えていると考えられています。ヒトと同様に視物質を3種類持っているのです。ホタルイカは深海に棲むイカで発光します。おそらく発光の色を見てお互いを確認しているのではないかとの仮説が立てられています。私はホタルイカの色覚は、光情報が微弱になる深海に棲むからこそ獲得した能力ではないかと考えています」

そして池田さんは、イカやタコはヒトにはない偏光視覚を持っているとも説明された。
単純に言えば、色は見えなくても、色の濃淡やコントラスト、偏光が見えることで対象を認識しているのだ。
「イカやタコは基本的に色の識別はできませんが、光を効率的に取り入れ、偏光も感じ取ることができます。もしかしたら私たちが想像しているよりもはるかに豊かな視覚の世界を持っているのかもしれません」

沖縄本島沿岸で撮影されたコブシメの様子。(撮影:網田全)
大きな眼を持つアオリイカ。(撮影:網田全)
脊椎動物と同じ単レンズ眼でありながら、全く異なる視覚の能力を進化させたイカやタコ。では、冒頭に池田さんが述べた「皮膚になる細胞から眼を作る」とは・・・。いったいどういうことなのだろう。
「私たち脊椎動物とは眼を作っている材料が違うのです。脊椎動物は脳の一部から眼を作るのですが、イカやタコは皮膚を作る細胞から眼を作っています。正確には皮膚になる外胚葉という領域から発生過程で眼を作るのです。彼らは脊椎動物と同じような眼を持っていますが、全く異なる進化の過程で眼を獲得したのです」

皮膚になる細胞から眼を作ったとは驚きだ。だが、池田さんは、イカやタコの体の仕組み的に、そうせざるを得なかったのではないかと言う。
「イカやタコが属する軟体動物は、脊椎動物ほど体の作りが複雑ではありません。しかも軟体動物に属するメインの種は貝類ですから、イカやタコが本来、身を守るはずの殻(貝)を思い切って脱ぎ捨てたからといって脊椎動物同様の複雑な体の作りになれるわけではありません。体の作りは軟体動物の枠組みを越えられないわけです。そういう意味では、イカやタコはかなり頑張って進化したと思います。皮膚になる細胞から眼を作ったわけですから」

池田さんは、殻を脱ぎ捨て大海原を自由に泳ぐことを選んだイカやタコを、まるで「幕末の獅子」のようだと笑う。農民など身分が低かった若者が剣の腕だけでのし上がっていく新撰組。あるいは下級武士の若人が革命を率いた倒幕派。そんなイメージをイカやタコに重ねてしまうそうだ。やはりイカやタコの祖先は、好奇心と冒険心、向上心が強かったのだろうか。時には情緒的に、生物の進化を楽しんでみるのもなかなか面白い。
「イカやタコの眼は、収斂(しゅうれん)進化の例とされます。海で暮らす脊椎動物には哺乳類や魚類がいますが、それらとは系統的に全く異なるのに同じような環境で暮らし、同じような行動をすることで、イカやタコの祖先も自分たちが持っている材料で眼を作り、似たような形態になるという進化をしていったのではないかと考えられています」

次の機会には、イカやタコの社会性やコミュニケーションについて池田さんにお聞きする予定だ。体色変化や仲間とのコミュニケーション、巨大脳など、イカやタコの様々な不思議について、また日本人が抱くイカやタコへの親密な気持ちについても考えていきたい。

※1:2025年6月、デジタル化石マイニング技術によって「イカ類は1億年前にはすでに誕生し爆発的に多様化していた」ことが北海道大学 伊庭准教授により発表された。
   ご参照 https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/250627_pr.pdf
※2:外節とは、光を受容する視細胞の先端部分のこと。
※3:視神経が網膜を通過する部分は視細胞がないため、ものを見ることができない「盲点」と言われる。



池田譲(いけだ ゆずる)
琉球大学 理学部海洋自然科学科 教授。
頭足類の社会性とコミュニケーションについて研究している。

画像・資料提供:池田譲
取材編集:帆足泰子