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米、野菜、果物。
「ぺたきんの恵み」認証の農作物を選ぶという小さな行動から広がる大きな価値。

2025.12.10

絶滅危惧種ニッポンバラタナゴの保護・繁殖活動を行う近畿大学農学部環境管理学科 教授・北川忠生さんの取り組みについては過去に紹介したが、この北川さんの研究チームが立ち上げた「ぺたきんの恵み」というブランド認証制度について紹介したい。
まず「ぺたきん」とは、絶滅危惧種ニッポンバラタナゴの奈良県での愛称だ。その「ぺたきん」を保護・繁殖させる活動の中で始まったのが「ぺたきんの恵み」認証制度だ。このブランドに認証された米や野菜には、どのような価値があるものか?
そして、これら米や野菜を選ぶ私たちの行動が、生物多様性にもたらす意味とは?

生態系を守るために人間が関わることによって持続可能な多様性もある

「ぺたきんの恵み」という認証制度を説明する前に、ニッポンパラタナゴと他の生物とのつながり、相互関係について改めて説明したい。ニッポンバラタナゴは淡水性の二枚貝の中に卵を産みつける。卵は二枚貝の中にいれば他の生きものに食べられることもなく安全であり、二枚貝が呼吸のために自身で体内に新鮮な水を送り込むため、快適な環境で育つことができるのだ。ニッポンバラタナゴが卵から孵って自力で泳げるまで成長すると、二枚貝によって水中に吐き出されるのだ。一方、卵を産み付けられる二枚貝もまた、淡水性のハゼの仲間であるヨシノボリという魚のヒレやエラにその幼生を寄生させる。池の底でじっとしている二枚貝も、何らかの方法でヨシノボリを惹きつけて幼生を寄生させると考えられている。二枚貝の幼生はヨシノボリの体液を吸って成長し、その後に脱落し変態して成体となる。ヨシノボリに寄生することで確実に養分にありつけるとともに、移動できない親貝から離れ生息範囲を広げることができるというワケだ。
つまりニッポンバラタナゴには二枚貝が必要で、二枚貝にはヨシノボリが必要で、ヨシノボリのような小魚は中大型魚のエサとして必要な存在なのである。


「研究チームではニッポンバラタナゴだけでなく、二枚貝とヨシノボリの保護・繁殖も行っています。生物保護・繁殖を考える際は、生きもののつながりを忘れてはいけません。一つの種が絶滅すると、生態系そのもののつながりも失われてしまうからです」と、北川さんは語っている。


近畿大学奈良キャンパス内にニッポンバラタナゴが生息できる里山環境を北川さんが再現している。棚田をつくり、ため池、田んぼ、畑を一体的に運用しながら農作物を育てているのだが、棚田の最上部に位置するため池にはニッポンバラタナゴが自然繁殖し、そこには二枚貝とヨシノボリも一緒に生息している。
「生態系を考えるとき、私たちは人間以外の生きものについて考えがちです。しかし、生態系を形づくる生物多様性の中には人間も含まれているのです。里山のように人間と自然が共存していた場所から人間がいなくなることで、失われる命があることも知っておいて欲しいのです」

近畿大学奈良キャンパス内に作った里山環境。棚田の最上部のため池にはニッポンバラタナゴが自然繁殖している。

誰もが気負わずに生態系を守れるように

里山環境が生きものにとって大切な場所であることは理解できても、現代に暮らす私たちが昔の暮らしに戻ることは簡単ではない。山間部で農業をする人も少なく、棚田の数も減りつつある。そこで北川さんの研究チームが立ち上げたのが「ぺたきんの恵み」ブランドの認証制度だ。キャンパスから離れた場所にも、ニッポンバラタナゴとその生態系を保全する里山環境「清澄の里」をつくり、その環境で栽培された農産物を「ぺたきんの恵み」ブランド農産物として認証する仕組みを考えたのだ。

北川さんを顧問に立ち上げた任意団体「灯と奈菜」。学生たちが中心になって、絶滅危惧種保全のために認証農作物を選ぶ消費者行動の意味を伝える活動を行っている。
このブランド認証制度を考案したのは、研究チームの学生たちで、北川さんを顧問に任意団体「灯と奈菜(ひとなな)」を作り、活動を始めたのだという。この初代代表の駒井藍さんが当時を振り返る。
「認証する米や野菜を作る土地の範囲をどこまで広げるかについては悩みました。最終的には、ため池直下だけに限定せず生態系を共有する範囲を広く捉え、多くの人に参加してもらうことにしました」

初代の想いを引き継いだ2代目代表の奥田理紗さんは、なんと転学して研究に取り組んだ学生だ。
「私はもともと生物理工学部遺伝子工学科で生殖医療を学んでいました。学部を越えて学ぶ授業が1年生のときにあるのですが、そのときに里山環境で保護・繁殖させるニッポンバラタナゴの研究を知りました。自分は遺伝子よりもフィールドの生きものに興味があることに気付き、農学部環境管理学科に転学することを決めました。絶滅危惧種保全の最前線に参加したいと思ったのです」

現在(2024年10月時点)は、大学院生の吉川月碧(つきひ)さんが3代目代表を務めている。
「すべての人が絶滅危惧種の保全に関心があるわけではありません。多くの人に関心をもってもらうことは簡単なことではありませんが、一人でも多くの人に生態系を守る大切さを伝えていきたいと思っています」

右から初代代表の駒井藍さん、2代目代表の奥田理紗さん、3代目代表の吉川月碧さん。

奈良県では約85店舗がミシュランガイドに掲載されている。そのうち6店舗が、持続可能なガストロノミーとして積極的に活動するレストランに贈られるグリーンスターを獲得している(2024年10月時点)。そしてその6店舗のうち3店舗が「ぺたきんの恵み」の認証店だという。
「各店がグリーンスターを獲得した背景には『ぺたきんの恵み』の認証を受けていることが影響していると思います。生態系保全の認証制度がもっと一般的になって、農作物を食べたりサービスを利用したりすることで、誰もが気負わずに生態系を守ることに関われる社会になるといいですね」と、北川さんはこの状況をとても嬉しいと語っている。

生態系を守る里山の価値を、料理を通してお客さまにも伝えていきたい

近畿日本鉄道(近鉄)奈良線の学園前駅近くに店を構える大和野菜イタリアン「ナチュラ」は、「ぺたきんの恵み」認証野菜を提供する店舗だ。オーナーシェフの野村武司さんはニッポンバラタナゴが生息する里山「清澄の里」に畑を所有し、野菜を栽培している。
「知り合いの畑に遊びに行ったときに大和野菜の奥深さを知りました。それから野菜にハマってしまい、野菜にこだわった店をやりたくてこの店をオープンしました。北川先生の里山について知ったのはオープンしてから3年目くらいですね。自分が作った農産物がブランド農産物として認証される仕組みは面白いと思いました」
妻の日奈子さんは、子どもが小さかった時、畑仕事は家族行事だったと振り返る。
「日曜日の朝食後、私が『さぁー』と言うと家族全員が立ち上がって畑に行ったものです。無農薬の畑なので、安心して子どもにも土いじりをさせることができましたね」

「清澄の里」で野菜作りを始めてから、野村さんは里山のあるべき姿について「畑だけでは里山は成り立たない。いろいろな生きものが暮らす環境があるからこそ、里山としての価値があるのだと思います。生態系を守る里山の価値を、料理を通してお客さまにも伝えていきたい」と、考えるようになったという。

「ナチュラ」オーナーシェフである野村武司さんと妻の日奈子さん。
「清澄の里」で年間160種類ほどの野菜を栽培し、その野菜をふんだんに使ったバーニャカウダは人気メニューだ。今後、果物の栽培も計画中とのことだ。
ニッポンバラタナゴとその生態系を保全する里山環境「清澄の里」で農作物を育てる野村さんの畑の様子。
絶滅危惧種を守る環境で、かつ無農薬で育てた野菜を使ったメニューを提供していることは、お客様に好評だとか。

すべての生きものはつながっている

生物多様性を守るということは、単に生きものを守ることではなく、多様な生きものが共存できる環境を守るということなのだ。その生きものの中には人間も含まれていることを忘れてはいけない。
「すべての生きものはつながっています。絶滅危惧種を守るということは、生態系の中でなくなりそうなピースを埋め戻しバランスを回復させる作業なのです。バランスの取れた生態系の中では農薬も不要です。『ぺたきんの恵み』認証の農作物の価値はそこにもあります」 と、北川さんは語っている。

自然の原環境に人間が踏み込まないことも大切なのだが、人間が敢えて自然に関わり利用しながら、その環境を管理・保全することも生物多様性を守り育むために必要な取り組みとなることもある。一度壊れたバランスを戻すことはとても難しい。そのバランスの中には人間も含まれていることを、一人ひとりが今一度認識しておきたい。

画像提供:北川忠生
写真(清澄の里、ナチュラ):西川節子
取材編集:帆足泰子