Compass

100年先もきれいな水で泳げる幸せをつなげたい

2025.01.27

1990年代~2000年代、競泳の日本代表として活躍された萩原さん。競技生活引退後の現在のライフワークとして取り組んでいる活動が「水ケーション」です。
「水ケーション」とは水と森林のつながりや大切さを学ぶ教育プログラム。
「森や水とCommunication(通じ合う)しながら、Education(教育)する体験型の授業」は、学校の教室やプールで行うほか、森や川で行うこともあります。その講師には、日本を代表するトップスイマー・萩原智子さんが水の授業を、そして森の専門家・小野なぎささんが森林の授業を担当しています。
水とともに生きてきた萩原さんが未来を担う子どもたちに伝えたいこととは?
今回はその想いを伺ってみました。

日本は水に恵まれ、水道の蛇口をひねると水が出てきますが、世界を見渡せば決して当たり前のことではありません。水道水を安全に飲める国は世界で10余国と言われています。水は森林があるからこそ循環できるもの。私たちがいかに森林に恵まれて生きているか・・・、これからも多くの人に伝えていければと思います。

森の専門家・小野なぎささんと二人で始めた森と水の授業「水ケーション」

25mプールはペットボトル何本分?

私は小学校2年生の時に水泳を始めてから競技を引退するまで、泳ぐことが当たり前の生活を送ってきました。でも、「プールにきれいな水がたたえられて、気持ちよく泳げることは、決して当たり前のことじゃない。」それに気が付いたのは、実は引退後のことです。
その気づきは山登りで出会った山小屋の方から「山小屋では飲み水を確保するのは、とんでもなく大変なんだ」と伺った時。真っ先に頭に浮かんだのは、いつも身近にあったプールでした。
「水泳のプールはどれだけの水を使っているんだろうと考えると、私がずっと泳いでこられたことは贅沢なこと、そしてありがたいことなんだ」と思うようになったんです。
ちなみに一般的な25mプールを満タンにするのに必要な水は、なんと500mlペットボトル約72万本。「豊かな水がなければ水泳という競技自体が成立しないということが、この数字からもわかりますよね」

五感で学ぶ水ケーション

美しい水と豊かな森は、切っても切り離せない存在です。
豊かな森が清らかな水を育み、そして水が森を潤して、循環しています。私たち人間は、その循環のなかで生きていて、森や水の恵みをいただいているのです。
そこで、もともと親交があった森林セラピストで森の専門家である小野なぎささんに相談して2人で立ち上げたのが「水ケーション」です。
「水ケーション」は、五感を使った学びと、水を体感する遊び、この大きな2つのプログラムで構成されています。まずは小野さんによる座学で、森が水を作り出すことを学びます。ただ知識を詰め込むのではなく、実際に木にさわったり、匂いをかいだりしながら、五感をフル活動させて感じとることを重んじています。

私のカリキュラムでは、「私たちの暮らしのなかで水はどんなふうに使われているのか、もし水がなくなったらどうなるのか」といったことを話しながら、実際にプールに入り、子どもたちと楽しく一緒に体を動かします。
「世界で体験してきたプール事情を話すこともあります。世界には衛生的な水ではないプールもありました。水が緑色だったり、大量の羽虫が浮くプールで競技したことも…。日本のプール環境って、とても恵まれているんです」

またフィールドワークとして、森を歩き、小川をくだって、身体いっぱい森と水を感じる体験をすることもあります。教室での学びとは違う楽しさがあり、「子どもの顔もイキイキと輝きます。子どもだけでなく、大人にもぜひ体感してほしいですね!」

子どもたち自身の気づきを大切に

「水ケーション」では、小野さんや私が声高に「水に感謝しよう!」「水を大切にしよう!」と発信をすることはありません。
子どもたちがどう感じ、何を考えるかが大事で、「私たちはそのきっかけを作れたらいいな~」、と思っているんです。実際に木に触れたり、水にもぐったりした体験は、「きっと子どもたちの心にも印象深く残るのではないかな」と思います。
「僕たちの町が全国でも有数の森林率だなんて知らなかった!」と、自分の町を誇らしく思う気づきを得たり、「この森を100年先まで残すには、何ができるんだろう?」と真剣に考える子どもの姿があったりと、子どもたちがさまざまなことを受け取ってくれていることがとても頼もしいですね。地球上のすべての生き物が生きていく限り、どこに住んでいても必要なのは「水」なのです。

小野なぎさ
東京都出身。東京農大森林総合科。大学を卒業後、社会人となって認定産業カウンセラー、森林セラピストの資格を取得。約15年間で森林を活用した研修プログラムの開発、健康リゾートホテル事業、海外のメンタルヘルス事業の立ち上げを経験。これまで2,500人を森に誘う。地域と連携し森林浴を活用した企業研修を実施、執筆や講演活動を行う。2015年一般社団法人 森と未来を設立し現職。2019年より林政審議会委員に就任。著書に『あたらしい森林浴』(学芸出版社)。
萩原 智子
山梨県出身。競泳界のトップスイマーとして活躍、引退後は日本水泳連盟理事、アスリート委員長を経て、日本知的障害者水泳連盟副会長、日本スポーツ協会スポーツ少年団副本部長に就任。現在は、水ケーションをはじめ、子ども達の夢を繋ぐ「萩原智子杯水泳競技大会」を開催。水についてより分かりやすく伝えるため、アクアソムリエを取得。原作絵本『ペンギンゆうゆ よるのすいえいたいかい』(文芸社)。

写真提供=一般社団法人森と未来
取材・文/浦上藍子(主婦の友社)
※転載にあたって表現の一部を加筆しています。