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科学探査船「タラ号」、8年ぶりに日本寄港。
海を守るために、まず「海を知る」

2026.08.07

科学探査船「タラ号」が8年ぶりに日本に寄港した。
世界の海を航海し温暖化や生物多様性、さらにはマイクロプラスチック問題などさまざまな視点で海洋研究を行うタラ号。その活動が世界の海洋環境政策に与える影響は大きい。
しかし、海洋環境に対する各国の立場は必ずしも同じではない。政治・経済における事情がそれぞれ異なるからだ。
世界が簡単に一つになれない今、私たち一人ひとりにできることがある。
それは海の未来を守るために、まず「海を知る」ことだ。

世界の海を調査し続ける「タラ号」

日の出船着場に停泊する「タラ号」。フランスのロリアン港を2025年12月に出航し、4か月もの航海を経て日本に寄港した。最大16人が乗船することができる。
科学者やアーティストとともに世界の海を探査し、その成果を社会と共有することで「海と社会をつなぐ」役割を担う科学探査船「Tara/タラ号」。
2026年4月中旬、東南アジアのサンゴ礁を調査する新たな国際プロジェクト「タラ号サンゴプロジェクト」に向かう途中、8年ぶりに日本に寄港した。
タラ号を運営するのは、フランス初の海洋に特化した公益財団法人「タラ オセアン(Tara Océan)」だ。
これまで世界中の海を58万キロメートル航海し、13の大規模探査プロジェクトを実施。地球温暖化や海洋酸性化、さらにマイクロプラスチックなど環境変化が海にもたらす影響を多角的に明らかにしてきた。
2003年にこの財団を立ち上げたのは、フレンチカジュアルブランド「アニエスベー」。
「海の未来を守るためには、まず知ることが必要」という強い思いから、調査を続けている。
これまでにタラ号で集められたデータを使って発表された科学論文は既に5,000本以上といわれている。さらに、調査データをすべて公開し、タラ号に乗船していない科学者もデータを使用することが可能な“オープンサイエンス”を実践している点も特徴だ。

今や「タラ号」は、急速に変わりつつある世界の海の環境を知るために欠かせない存在となっているのだ。

海の上で暮らす研究者たち

タラ号の内部はコンパクトながら、海上で長期間過ごす研究者が快適に過ごせるよう、とても効率よくデザインされている。特に印象的なのは「食」へのこだわりだ。
専属シェフが乗船し、メインディッシュからデザートまで本格的な料理を提供している。なんともフランスらしい配慮と言えるだろう。
長い航海の中で、船上での仲間との楽しい時間が、研究者たちの調査活動への活力になっているのかもしれない。

船内のキッチンの様子。専属シェフが朝昼晩、腕をふるう。食事の片付けは研究者たちも交代で担当するそうだ。

日本海岸で進むマイクロプラスチック調査

タラオセアンは、2016年に日本支部「タラ オセアン ジャパン」を設立。日本沿岸における海洋調査に尽力してきた。その一つが2020年から3年間にわたり、日本の臨海実験所ネットワークJAMBIO(マリンバイオ共同推進機構)と共同で実施した「Tara JAMBIOマイクロプラスチック共同調査(※)」だ。
日本沿岸15地点を拠点に、海面表層水と海底堆積物に含まれるマイクロプラスチックを調査・解析した。

JAMBIO(マリンバイオ共同推進機構)と共同で行った日本沿岸域調査の様子。海面表層ではネットを使ってマイクロプラスチックを採取、海底では採泥器を活用して調査を行った。
日本の臨海実験所ネットワークであるJAMBIO(マリンバイオ共同推進機構)と共同で沿岸域の調査を行なった。

2025年に発表された調査結果によると、北海道から沖縄まで、各調査地の表層水および海底堆積物の両方からマイクロプラスチックが広範に検出されたという。
特に衝撃的だったのは、その量だ。
全国沿岸で採取されたマイクロプラスチックは、
表層水では平均 1 km²あたり約289g。
一方、海底堆積物では1km²あたり約1,185kg。

ここで注意すべきは数値の単位だ。表層水が「g」であるのに対して、海底堆積物は「kg」である。つまり日本沿岸がマイクロプラスチック汚染のホットスポットであることを示唆しており、同時に海底におけるマイクロプラスチックの蓄積が進んでいることだろう。

「これは間違いではないかと思った」

この調査を担当したプロジェクトリーダーのシルバン・アゴスティーニさん(タラ オセアン ジャパン理事/フランス国立持続可能な開発研究所研究員)も、この結果には大きな驚きがあったと言う。
「海底の結果を見た時は間違いかと思いました。でも、これが正しい数値だと分かった時は大きな憂慮となりました。日本の沿岸には、トン(t)単位のマイクロプラスチックがあるということだからです。日本は、早急に海との持続可能な関わり方を模索する必要があります」

現在、フランス国立開発研究所でサンゴの研究を行うシルバン・アゴスティーニさん。マイクロプラスチックの共同研究の際は、筑波大学下田臨海実験センター助教としてプロジェクトを担った。今回の「タラ号サンゴプロジェクト」にも参加している。

さらに、この調査では、マイクロプラスチック汚染の要因に関する新しい知見も得られた。採取前10日間の降水量と、表層水中のマイクロプラスチック濃度には強い相関が見られたのだ。つまり、沿岸域のマイクロプラスチックは陸域から海への流入が重要な要因になっていることが分かったのだ。
「雨が降ることで陸にあるプラスチックが海に流れる。つまり、海のプラスチック問題は海だけの問題ではないということです。むしろ陸の問題。生産者も消費者も、プラスチックの削減についてもっと真剣に考えてほしいと思います」

「分からないからこそ、動かなければいけない」

もちろん世界各地で事情は異なる。
海洋環境を守りたい気持ちはあっても、プラスチックの廃棄処理に思うように手が回らない地域もあるだろう。ただ、プラスチックの海洋流出に言い訳ばかりしていても、何も変わらない。
シルバンさんはこう語る。
「マイクロプラスチックが実際にどの程度、海洋環境に影響を与えているものか・・・まだハッキリとは分かっていません。でも、分からないからこそ怖いのです。もし10年後に生態系への影響がはっきり分かったとしても、その時に対処するのでは遅いのかもしれません。影響が分からないから何もしないのではなく、分からない今だからこそ、動き始める必要があるのではないでしょうか」

表層水調査から分かったマイクロプラスチック濃度と場所ごとのマイクロプラスチックポリマーの割合。
海底堆積物調査から分かったマイクロプラスチック濃度と場所ごとのマイクロプラスチックのポリマーの割合。表層水、および海底堆積物調査ともに場所ごとの数値はあくまでも参考値であり、「どの場所に多いかよりも日本沿岸域における平均数値が高い点に着目して欲しい」とアゴスティーニさん。

世界は「プラスチック条約」をめぐって揺れている

プラスチックによる海洋問題は日本だけの問題ではない。現在、世界では「国際プラスチック条約」の策定に向けた交渉が継続的に行われている。この条約は、プラスチックの生産から廃棄までのライフサイクル全体を対象とし、法的拘束力を持つ国際的な枠組みの構築を目指すものだ。
条約策定に向けた交渉は、2022年の第5回国連環境総会において、世界175カ国以上の賛同のもと採択された決議に基づいて進められている。プラスチック汚染の解決に向け、法的拘束力を伴う国際ルールの整備を目指す取り組みとして注目を集めている。

しかし、各国が置かれている状況はさまざまだ。
プラスチック産業への依存が高い国、廃棄物処理が十分に整っていない国、経済成長を優先せざるを得ない国など、それぞれの事情が異なるため、意見の隔たりは大きく、交渉は難航しているという。
タラオセアンは、この条約策定交渉にオブザーバーとして参加し、これまでに実施してきたさまざまな調査の結果を提供している。

海を守るために、まず「海を知る」

2040年までのプラスチック汚染解決を目指す国際プラスチック条約。しかし、プラスチックが社会基盤に深く浸透している現代において、その実現への道のりは決して平坦ではない。
それでも、「実現が難しい」という理由で対策を先送りにしていては、状況の改善は望めない。現在、日本では環境省を中心に、各国が抱える事情や立場を考慮しながら、条約策定に向けた議論と調整が進められている。
海に囲まれ、その恩恵を受けながら暮らしてきた日本。そして、周辺海域がマイクロプラスチックの“ホットスポット”であることが示唆されている日本。だからこそ、日本には持続可能なプラスチック循環の実現に向けて、国際社会の中で積極的な役割を果たすことが期待されている。
また、私たち一人ひとりにもできることがある。自然環境におけるプラスチックの影響を調査する世界中の研究者たちの活動に関心を寄せ、海で何が起きているのか知ろうとすることだ。

海で何が起きているのか。
どのような研究が行われているのか。
そして、私たちの暮らしが海とどのようにつながっているのか。

タラオセアン財団の設立者であるアニエスベーが「海の未来を守るためには、まず知ることが必要」と示したように、私たちは改めて「海を知る」ことから始めなくてはいけない。

資料・画像提供:タラ オセアン ジャパン
取材編集・撮影:帆足泰子