Compass 様々な専門家が語る明日の針路。
ライフジャケット着用の普及・啓発。
最も大切なことは、子どもの声を取り入れた「環境デザイン」。
海や川にでの子どもの水難事故を少しでも減らすためには、ライフジャケットの着用が欠かせない。しかし、実際にはライフジャケット着用の意識が社会に浸透しているとは、未だ言い難い状況だ。
その理由はどこにあるのか。
そして、その課題を乗り越えるためには、どのような取り組みが必要なのか。
今回は、子どもの「環境デザイン」という視点から、ライフジャケット着用の普及・啓発について考えてみたい。

「子どもの世界」は、大人が見ている景色とは違う
「同じ風景や物であっても、子どもが見ている世界は大人とは違います。子どもの環境デザインは、大人の価値観で判断するのではなく子どもを一人の人間として捉えるところから始まります。実は、子どもから教えられることはとても多いのです」
そう語るのは、東洋大学で人間環境デザインを研究する仲綾子教授だ。
仲さんは建築設計・計画を専門に、建築空間だけでなくランドスケープ、インテリア、ディスプレイ、アート、遊具などを横断する“子どもの環境デザイン”を研究・設計している。
最近では、2026年5月にオープンした宮城県の富谷市複合図書館「ユートミヤ」(設計・監理:ナスカ+はりゅうウッドスタジオ設計共同体)において、子ども環境デザインを担当した。



「子どもの命を守る」ために集まった専門家たち
仲さんは、令和6年度東京都商品等安全対策協議会「水辺のレジャーにおけるライフジャケットの着用と安全な使用」(※補足参照)において、会長として参加メンバーとの協議をまとめる役割を担った。
協議会には川や海などの水辺活動に関わる団体や、子どもの安全環境を研究する専門家などが参加。数回にわたる協議では、ライフジャケット着用の効果を測る実験も行われた。
参加メンバーの立場や専門分野は異なるものの、「子どもの命を守る」という思いは一つで、そのために大人は、そして社会は何をするべきかといった熱い議論が交わされた。
※補足) 河川や海等における水難事故は毎年発生している。その一方、事故時にはライフジャケットを着用していないことが多いことから、東京都商品等安全対策協議会において「水辺のレジャーにおけるライフジャケットの着用と安全な使用」に関する検討を行った。協議会で検討対象としたのは、水辺のレジャーでの使用が多い固型式ライフジャケット。
ライフジャケットが広がらない“社会的な壁”
「年間での着用回数が少ないことや、子どもの成長によってすぐにサイズが変わることなどから、購入をためらう家庭も少なくないと思います。購入する人が少なければ生産数が減り、店頭にも並びにくくなります。ライフジャケット着用を社会に定着させるには、まだ超えなくてはいけないハードルがたくさんあるように思います」
協議会では、東京都が実施したアンケート結果についても議論が行われた。そこでは、子どもだけでなく、大人のライフジャケット着用率の低さも課題として挙げられた。また、一定の安全性能基準を満たしていることを示す認証マークが付いているものがあることを知らない人が多いことも課題とされた。

「持ち運びにくい」「保管しづらい」そこにもデザインの課題がある
アンケート結果の中で、仲さんはが特に注目したのは「ライフジャケットに関する要望」だった。
「持ち運びのしやすさ」や「保管のしやすさ」に対するニーズが高かったのだ。
「例えば自転車のヘルメット。ヘルメットを被って頭部を守ることは大切ですが、出先でどこに置くのか、どう保管するのかまでは、あまり議論されていません。命を守るためには必要だと伝えるだけでは、スムーズな普及は難しいように思います。
ライフジャケットも、持ち運びや保管まで含めてもっと積極的にデザインされるようになれば、普及・啓発の効果も変わってくるかもしれません。ライフジャケットには、まだデザインが活躍できる領域があるように感じています」

ライフジャケット普及に必要な「3つのE」
仲さんは、ライフジャケット着用を社会に普及させるためには、「3つのE」で考える必要があると言う。
それは、
・製品・環境デザイン(Environment)
・教育(Education)
・法制化(Enforcement)
の3つだ。
「子どもの障害予防を考える専門家の間では、以前から提唱されている考え方です。ライフジャケットに関して言えば、啓発活動は教育(Education)に当たりますよね。一方で、Environment、つまり使用環境のデザインについては、もう少し検討の余地があると感じています」
法制化についても、今後議論が進む可能性がある。2026年には、自転車の青切符制度(交通反則通告制度)が始まった。水辺での子どもの命を守るために、ライフジャケット着用に関するルールづくりが検討される日が来るかもしれない。

「まず子どもたちとのワークショップを開きます」
インタビューの最後に、「もしライフジャケットをデザインするとしたら、どんな工夫をしますか?」と尋ねると、思いがけない言葉が返ってきた。
「もし、私がライフジャケットのデザインに携わるとしたら、まず子どもたちとのワークショップをデザインします。子どもの安全に関するデザインですから、子どもの意見を聞かなければ本当に必要なデザインはできません。ライフジャケットの良い点も、改善して欲しい点も、大人が気づかなかったことを子どもたちが教えてくれるはずです」
仲さんは、子どもが使用する公共施設や教育施設を設計・デザインする際、必ず事前に子どもたちとのワークショップを実施しているという。
それは「大人が子どものために安全をデザインする」のではなく、「子どもの目線で安全を考える」ためだ。
子どもと一緒に、水辺の安全を考える
子どものライフジャケット着用は、事故防止のためだけではない。
ライフジャケットを着用しているからこそ、子どもたちは安心して思いっきり水辺で遊び、学び、自然と向き合うことができる。
だからこそ、必要なのは安全性能だけではない。
持ち運びや保管を含めた使いやすさ、着用したくなるデザイン、そして「着ているから楽しい」と思える体験づくりも重要だ。
ライフジャケット着用を社会に広げていくためには、私たち大人も、もっと広い視野で“安全”を考える必要があるのだろう。
そして、その中心にはいつも子どもたちがいなくてはいけない。
大人も子どもも一緒になって水辺の安全について考える。
そんな環境づくりが、ライフジャケット着用の意識を広めるには何より大切なのかもしれない。
資料・画像提供:仲綾子(東洋大学)
取材編集:帆足泰子
- 仲綾子(なか あやこ)
- 東洋大学 福祉社会デザイン学部 人間環境デザイン学科 教授。博士(工学)、一級建築士。京都大学卒業、東京工業大学大学院修了後、環境デザイン研究所、厚生労働省を経て現職。専門はこども環境、医療福祉建築。こども病院、小学校、保育園、ベビー休憩室など多くの建築デザインを手掛ける。著書に「こどもとおとなの空間デザイン」(産学社・2018)など。こども環境学会 理事。









