Compass 様々な専門家が語る明日の針路。
世界が評価するうまみ・甘みと渋み。
日本人として識(し)るべき、日本茶の魅力

世界で高まる日本茶人気と、国内消費の変化
世界中で日本茶(緑茶)への関心が高まっている。海外市場で高まる抹茶ブームを背景に、2025年の日本茶の輸出額は約721億円(参照※1)と過去最高となった。一方で国内に目を向けると、急須でお茶を淹れる昔ながらの食文化を楽しむ人は少なくなっているように感じる。実際、リーフ茶の国内消費量は減少傾向(参照※2)にある。
一方で、日本人はペットボトル飲料などで気軽に日本茶を楽しむライフスタイルを定着させており、日本人と日本茶は、やはり分かちがたいもののようだ。

転換点を迎える日本茶
日本茶は今、転換点を迎えている。
勢いを増す海外産の緑茶に対抗するため、これからの日本茶はどうあるべきか。温暖化による気温や集中豪雨などの気候変動にどう立ち向かえばいいのか。さらに、高齢化などに伴い茶葉の栽培農家と栽培面積が減少傾向にあるという現状も大きな課題と言えよう。
そこで、改めて日本茶に注目したい。世界が評価する日本茶独自の特徴や未来に向けた取り組みなど・・・、転換期を迎えている日本茶について、日本茶研究の第一人者であり、静岡県立大学・茶学総合研究センター長を務める中村順行さんにお聞きした。
世界から見れば“幻のお茶”。日本茶の希少性
「日本茶の魅力は、その希少性にあります。世界ではお茶は水に次いで飲まれている飲料で、茶葉生産量は年間670万トンとされています。そのうち約7割弱が紅茶で、緑茶は3割ほどの220万トン。日本茶は緑茶の一つですが、年間生産量は約7万トン強。しかも約90%は日本国内で消費されています。つまり、世界の人からすれば、なかなか手に入らない“幻のお茶”なのです」
蒸すことで生まれる、日本茶ならではの味わい
中村さんによると、日本茶の魅力は、世界の緑茶とは異なる製法による味わいにあるという。世界で流通している緑茶のほとんどは中国産かベトナム産で、釜炒り製法で作られた茶葉だ。対して日本茶は、茶葉を蒸して作る製法である。蒸すことで茶葉の細胞が壊れやすくなるため、主要な成分であるカテキン、カフェイン、テアニンが、急須の中でバランスよく、しかも一気に抽出されるというわけだ。
「日本茶は他の緑茶に比べて味も濃く、渋みの中にうまみも甘みも感じられます。茶葉を蒸すという製法を採用していることは、日本茶の大きな強みであり魅力です」


「日本茶」とは何か。多彩に広がる緑茶の種類

本コンテンツで日本茶として説明しているのは、国内で栽培・生産される緑茶のことだ。
というのも、日本の緑茶は現在、「日本茶」のGI(ナショナルGI)登録(参照※3)を目指し、農林水産省に申請中なのだ。これは、海外で人気の「日本茶」を知的財産としてしっかり保護しようとする動きである。登録が実現すれば、「日本の緑茶=日本茶」として、国内で栽培・生産・加工された緑茶が保護の対象になるという。
日本の緑茶は、摘んだ茶葉をすぐに加熱して(蒸して)発酵を止める「不発酵茶」(参照※4)だ。栽培方法や加工の違いによってさまざまな味わいがあり、一般的に広く飲まれている煎茶(蒸して揉みながら乾燥)のほか、通常よりも長い時間をかけて茶葉を蒸して仕上げる深蒸し煎茶、煎茶などに炒った玄米をブレンドした玄米茶などがある。
さらに、新芽が出た後に覆いをかぶせ、日光を遮断して育てた茶葉は、玉露やかぶせ茶などになる。日光を遮って栽培することで、渋みが少なく、うまみのあるお茶になるという。世界的にブームとなっている抹茶は、玉露同様に直射日光を遮って育てた茶葉を、揉まずに乾燥させ、茎や葉脈を取り除いたもの(碾茶/てんちゃ)を粉末にしたものだ。
ちなみに、GI登録の対象として想定されているのは不醗酵茶である日本産の緑茶だけなので、茶葉を発酵させる日本の紅茶(和紅茶)は含まれていない。
中村さんによると、日本茶の品種は、現在135品種程度。「やぶきた」品種が有名だが、これほど多くの品種が日本で育成されているとは驚きだ。
「国や県などが育成・奨励し、登録されたもの以外にも、農家が独自に品種改良し生産しているものもあります。日本茶の新しい特性や味わいを広げようと、研究者や農家が品種改良に努力していることは、日本茶の明るい未来を感じさせますね」
品種や産地の違いを楽しむ、新しいカルチャー
中村さんは現在、日本茶を巡る市場の動きの中で新たに芽生え始めた「品種を楽しむカルチャー」に注目しているという。
これまでの日本茶は、品種ごとの味わいや産地の特徴、生産者のこだわりなどに注目が集まることは少なく、市場には複数の農家から集めた茶葉をブレンドしたお茶が並ぶことが多かった。しかし、産地が異なれば同じ品種でも味わいは異なり、一番茶と二番茶でも味わいは異なる。その違いを楽しもうというカルチャーが生まれているのだ。
「ワインはシャトーごとの味わいを楽しみますよね。日本酒も産地や水、酵母の違いで味が変わります。日本茶も、産地や農園、品種ごとの味わいを楽しむカルチャーが消費者の中に育っていけば、もっと幅広く面白くなっていくでしょう」

気候変動がもたらす、日本茶生産への影響
ただ、日本茶の未来には課題も多く、楽観的には捉えられないと中村さんは不安を募らせる。
「農家の収入安定は大きな課題ですが、近年気になっているのは気候変動です。日本茶は他の作物と比べて気温の変化には強いのですが、それでも近年の温暖化には少なからず影響を受けています。極端な高温や乾燥が、お茶の生産を不安定にしているのです。これは日本だけの問題ではなく、私のところには海外からの相談も増えてきました」
国立環境研究所「気候変動適応センター」(参照※5)では、近年の夏季の気温上昇や雨の少なさが日本茶における二番茶・三番茶の生育を抑制する傾向にあると分析している。また、暖冬により一番茶の芽の生育が早期化し、それに伴う障害の発生も見られるようだ・・・。気温上昇や降水量の変化・豪雨の頻発化は進行しており、日本茶の収量や品質などにも影響が出ると言われている。
中村さんも、暖冬の影響は大きいと心配する。
茶葉は気温が低い寒い季節に栄養を蓄えるのだが、暖冬や春の早期化によって、茶葉に栄養を蓄える力が弱くなるのだという。耐暑性品種の研究も進んでいるそうだが、日本茶産業における気候変動への対応は、長期的な課題となりそうだ。
日本茶の価値を世界へ。広がる新しい楽しみ方
そして中村さんは、日本茶の価値をさらに高めるための工夫も必要だと言う。
「今こそ、日本茶のブランディングが必要です。海外産の緑茶が台頭するなかで、日本茶の魅力を明確に差別化し、世界に向けてさらに価値を高めていくべきだと思っています」

中村さんは、生産者も消費者も「これからの日本茶は、急須で淹れるスタイルにこだわる必要はない」と力を込める。ペットボトルで気軽に楽しんでもいいし、ワイングラスで味わう個性的な日本茶があってもいい。日本茶を楽しむライフスタイルは一つではないのだ。
「日本社会の中で日本茶を飲むスタイルは変わってきましたが、日本茶のうまみ・甘みと渋みを味わうDNAは、これからも日本人の中に生き続けていくと私は信じています」
抹茶ブームの陰で、実はさまざまな課題を抱えている日本茶の現実。
世界で希少な存在である日本茶の魅力を改めて見直し、渋みの中にうまみや甘みを感じる日本茶の味わいを日本人こそが新しい価値観で再評価するべきではないだろうか。日本の大切な食文化「日本茶」について、今後も取材を続けていきたい。
参照
※3:GIとは「GEOGRAPHICAL INDICATION」の略。
「地理的表示」と訳され、特定の地域を生産地として、その土地の気候や風土と結びついた品質や歴史を持つ産品の名称を登録する制度。例えば「夕張メロン」や「讃岐うどん」などがある(どちらもローカルGI)。日本茶は国全体を一つの生産地として指定するナショナルGI登録を目指しており、2026年(令和8年)6月現在、農林水産省にて審査中。登録されれば、ナショナルGIとしては日本酒に次ぎ2例目となる予定だ。
※4:緑茶は不発酵茶、烏龍茶は半発酵茶、紅茶は発酵茶である。
※5:国立環境研究所「気候変動適応センター」による「気候変動適応情報プラットフォームでは、気候変動による悪影響を抑制・回避するために参考となる情報を発信している。
- 中村順行(なかむら よりゆき)
- 茶学総合研究センターのセンター長(静岡県立大学 食品栄養環境科学研究院 食品栄養科学部 特任教授)を務める。日本茶の育種分野を中心に研究を行い、これまで「おくひかり」「さわみずか」「山の息吹」などの品種育成に関わる。生産者への生産・加工アドバイス、お茶が持つ機能性の研究、販売マーケティングなど幅広く活動。茶学総合研究センターでは、お茶に関するさまざまな質問にも対応している。









