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氷河崩落から未曾有の大規模土石流が発生。
極域より多くの氷が融け出している山岳氷河!

2026.09.10

「北極域や南極の温暖化が進行している」という報道を目にした方は多いだろう。そもそも極域などに広がる「氷河」とは、降り積もった雪が圧縮されて氷となり、きわめて緩やかに流動するものである。現在、この氷が融解することによる世界的な悪影響が懸念されている。

しかし実のところ、融解している氷の量は、極域よりも「山岳氷河」の方が多い。世界中の山岳氷河を集めても地球上の氷河・氷床の1%未満に過ぎないが、それでもグリーンランドや南極より多くの氷が融け出しているのが現状である。この現象には、一体どのような背景があるのだろうか。

氷河融解がもたらす深刻な災害の例として、中国とネパールの国境地帯における事例が挙げられる。標高約5,200メートル地点で氷河が崩壊し、それに伴い発生したとみられる土石流が、多数の行方不明者を出す未曾有の大災害を引き起こした。地球温暖化が加速するいま、極域および山岳地域の氷河・氷床が置かれた現状に向き合う必要がある。

極域の変化は、世界全体の問題である

地球温暖化に伴い、北極域や南極の氷河・氷床、および山岳氷河の融解が急速に進行している。特に北極域における気候・環境変化は地球上で最も顕著であり、世界平均の約4倍の速度で気温が上昇している。それに伴い、氷河・氷床の消失が加速している。こうした極域の温暖化は、地球規模の環境にどのような影響を及ぼし、私たちの生活をいかに変えてしまうのだろうか。そこで今回は、北海道大学教授であり、同大学北極域研究センター長を務める杉山慎さんに話をお聞きした。

「極域で起きている変化は、地域の問題ではなく世界の問題です。氷河・氷床がとければ海水面が上昇し海洋環境に多大な影響を与えるだけでなく、気候変動にも拍車をかけます。極域の環境変化が日本にも大きな影響を与えていることを、ぜひ知っておいてほしいと思います」

南極、ラングホブデ氷河にて観測の様子。 杉山さんは北極域、南極のほか、世界中の氷河・氷床を観測し、温暖化などが与える環境変化や社会的影響を研究している。

氷河とは何か。ゆっくりと流れる巨大な氷

いま、極域に何が起こっているのだろう。
まずは、地球を覆う巨大な氷の塊「氷河」と「氷床」について杉山さんに教えていただいた。
「『氷河』と定義するには3つの条件があります。雪が蓄積・圧縮されてできた氷であること。陸上にある氷であること。海に浮かんでいる氷は海氷、もしくは氷山であり、大きなものであっても氷河とは言いません。そして氷河自身の重みでゆっくりと流れる氷であることです」

3つめの条件である「流れる氷」とは、この言葉だけでは不思議に思うかもしれない。杉山さんによると、氷は大きな力がかかるとゆっくり動く性質がある。降り積もった雪の重みで氷が厚くなると、上からの圧力によって、まるで「河」のように動き出すのだ。その動きは人間の目には見えないほど緩やかだが、イメージとしては「ハチミツ」や「熱した金属」がドロドロと流れる様子を想像するとわかりやすいかもしれない。つまり氷とは、液体のように流れる性質を持った固体なのだ。

「ヨーロッパのアルプスや南米のパタゴニアなど、山岳地帯にある氷も氷河です。山に降り積もった雪が自重で圧縮されて氷となり、低地に向かってゆっくりと流れていきます。これらを『山岳氷河』と呼んでいます。実は、日本にも山岳氷河はあるんですよ。例えば、立山連峰に見られる万年雪の中にある氷体も氷河に分類されます。そして地球には、特別な氷河が2つあります。南極と、北極域の島・グリーンランドを覆う氷河です。南極とグリーンランドの氷河は、大陸を覆う大きさがあることから、氷河ではなく氷床と呼ばれています」

フランス、メールドグラス氷河。 氷河はまるでハチミツのようにゆっくりと流れる性質を持っている。
パタゴニア、ペリートモレノ氷河。南米のパタゴニアでもゆっくりと湖や海に向かって 流れる氷河を観測できる。

- ONE WORD MEMO -
氷河(ひょうが)と氷床(ひょうしょう)とは・・・?
地球上には、北極・南極や高い山の上など、世界中に巨大な氷の塊である氷河が存在する。氷河とは、降り積もった雪が圧縮されて氷となり、その重みによってゆっくりと流動する氷のことだ。

一方、氷床(ひょうしょう)とは、大陸を覆いつくすほど圧倒的に規模が大きい氷のこと。具体的には、グリーンランドと南極大陸の2か所だけにある特別な呼び名である。

また、山岳氷河(さんがくひょうが)とは、氷床以外の山岳地帯(山の上)にある氷河のこと。ヒマラヤやヨーロッパアルプス、南米のパタゴニアなどにも存在している。

南極の氷床がすべて融けると、海面は約60メートル上昇する

南極大陸とグリーンランド。これら2つの氷床は、地球の環境変化を考える上で極めて重要な場所である、と杉山さんは指摘する。
「南極というと、ペンギンやアザラシが氷の上にいる風景を思い浮かべる人も多いと思いますが、その氷は海の水が凍った海氷です。大陸を覆う氷床はそれとは別のもので、地球上にある氷河・氷床の約9割を占めるほどの巨大なものなのです。大きさは日本の面積の約38倍、厚さは約2,000メートル。この規模の氷床が全部とけて海に流れ込んだとしたら、地球上の海水面は約60メートル上昇すると想定されています」

もし海水面が60メートル上昇すると、日本では東京を含む関東平野の大部分が海に沈んでしまう。近年の温暖化を考えると不安になるが、実は南極の氷は、いま急速に融けてているわけではないようだ。南極でも温暖化は進んでいるものの、北極域に比べると気温上昇は緩やかで、氷がとけるスピードも量もまだ限定的とのことだという。とはいえ、氷の融解は始まっており、その異変は「棚氷(たなごおり)」として観測されている。

「南極の氷(氷床)は、雪が降り積もることでどんどん大きくなります。その雪は自分の重みでギューッと押しつぶされて硬い氷に変わり、長い時間をかけて海へとゆっくり流れていきます。海までたどり着いた氷は、カービングといって、多くの場合はポキッと折れて海へ流れ出します。しかし、折れずにそのまま海の上へ家屋のひさしのように大きくせり出し、プカプカと浮いた状態を保つことがあります。これを『棚氷』(たなごおり)と呼んでいます」

海に張り出した棚氷から切り離されて海に浮かぶ南極の氷。

棚氷の裏側で進む融解

南極の棚氷の表面は大気に触れているため、ほとんど融けることはない。しかし、温暖化に伴う海水温の上昇により、海水と接する裏面では氷がとけるスピードが上がっている。それはすなわち、南極の氷床減少と海水面の上昇につながっていくと杉山さんは考えている。

現在、南極における現在の温暖化の影響は小さいものの、今後の変化には注意深く観測する必要が求められるという。

「気温の上昇があまり見られない南極では、氷床がとける主な要因は海と接していることにあります。つまり、海水温の変化にとても影響を受けるのです。しかし、棚氷の裏面に流れ込む海水温の上昇を観測することは容易なことではなく、南極の変化については分からないことがたくさんあります。温暖化の影響はまだ限定的とはいえ、氷の大きさを考えると、南極の氷床がとけることの地球への影響は計り知れません。今以上に顕著に氷がとけ始めてから対処するのでは、間に合わない可能性があると思っています」

南極氷床の変動メカニズム。降雪によってできた氷が海に向かって流れていく。海に張り出す棚氷になった後は、切り離される(カービング)氷もあれば、海水にとかされる氷ものもある。

海面上昇を考える上で重要な山岳氷河

そして杉山さんは、温暖化による海水面の上昇を考える上では、極域(南極・北極)の異変だけでなく「山岳氷河」の動向にも注目してほしいと語る。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書によれば、1901年から2018年の間に世界の海面は約20cm上昇しており、そのペースは年々加速している。気温上昇が緩やかなシナリオであっても、2100年には約50cm、急速に進んだ場合は約100cmの上昇が予測されている。今後、二酸化炭素の排出を削減できるかにかかわらず、温暖化に伴う氷河・氷床の融解と、それによる海水面の大幅な上昇は避けられないと懸念されている。

「温暖化によって地球上の氷河・氷床がとけていることは事実ですが、注目してほしいのは、とけている氷の量は山岳氷河が一番多いということです。南極や北極域のグリーンランドをしのぐスピードで氷がとけているのです。世界に点在する山岳氷河を合わせても、氷の体積からすると世界中の氷河・氷床の1%にも満たない。にもかかわらず、とけている量は北極域や南極よりも多いという事実が、いま地球にどのような影響を与えているのかを知ってほしいと思っています」

近年の海水準の上昇とその原因の内訳。 グリーンランドと南極(Antarctica)の氷床を凌ぐ速さで氷河(Glaciers/主に山岳氷河)がとけており、海水面上昇に大きな影響を与えていることが分かる。ちなみにOceanの表記は海水温上昇による海水膨張を示す。
地球に存在する氷河・氷床の体積分布。 体積分布を見ると南極の氷床がいかに大きいかが分かる。全体の0.7%ほどしかない山岳氷河が近年急速にとけているのは大きな問題だ。
スイス、ゴルナー氷河。山岳氷河は年々、急速にとけている。

氷河の後退が引き起こす土砂災害と洪水

山岳氷河の融解と縮小は、周辺に多くの人が暮らすヨーロッパのアルプスなどで極めて深刻に受け止められている。氷河が融けると、それまで氷に覆われ、抑えられていた山の地肌がむき出しになり、大規模な山崩れや土砂災害を引き起こす恐れがあるためだ。南米のパタゴニアやアジアの高山地帯でも同様の事態が起きており、氷河の後退によって崩落のリスクを抱える不安定な斜面が、今まさに地球上のいたるところに現れていると、杉山さんは警鐘を鳴らしている。

「山岳氷河がとけることで引き起こされる洪水も心配です。とけ水が海に流れ出れば、海水面の上昇にも影響を与えます。ここ30〜40年の間に、地球上で海水面が3〜4cm上昇していますが、近年多くの山岳氷河がとけていることが大きな要因です」

海水面が上昇している背景には、温暖化で温められた海水が膨張していることも関係している。温暖化は氷をとかすだけでなく、海そのものを膨張させていることも知っておきたい。

画像・資料提供:杉山 慎
取材編集:帆足泰子


杉山 慎(すぎやま しん)
北海道大学 北極域研究センター センター長、低温科学研究所 氷河・氷床グループ 教授。パタゴニア、南極、グリーンランドなどを舞台に、氷河・氷床に関する物理現象と変動メカニズムの解明に取り組んでいる。著書に「南極の氷に何が起きているか」(中公新書)など。