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酸性化が進行した「今世紀末の海」を見た⁉ 鹿児島県昭和硫黄島CO2シープの最新調査とは…

2026.01.23

温室効果ガスの一つとして地球温暖化の主要因と考えられている二酸化炭素が大気中で増え続ける現実を前に、気温上昇を懸念する人は増えるばかりだろう。しかし、気温上昇ばかりが話題となる中、実は海洋酸性化も進行していることを認識されている人は決して多くはないようだ。「水の惑星」と称される私たちが暮らす地球、その表面積の約70%を占める海が吸収する二酸化炭素量が増えていることへの危機感を共有した世界の研究者はネットワークを構築し社会に警鐘を鳴らすべく動き出している。
そこで今回は、鹿児島県昭和硫黄島で行われたCO2シープの最新調査についてお聞きしてみた。

まずCO2シープとは、火山活動などによって海底から二酸化炭素(CO2)が自然に噴き出している海域であり、海洋酸性化(※)が進行した「未来の海の状態」を表しているとされ生態系への影響を予測する研究フィールドとして注目されている。日本では、既に「沖縄県・硫黄鳥島、伊豆諸島・式根島、大分県・姫島」が海洋酸性化の研究フィールドとして活用されており調査が進められている。

※ 大気中の二酸化炭素が増えたことで海洋が吸収する二酸化炭素量も増加。そのため海中の水素イオン濃度が上がり、本来はアルカリ性に傾いている海水が徐々に酸性度を高めつつある。酸性化が進めば貝や甲殻類など炭酸カルシウムを主成分とする生きものが殻を作れなくなり、いずれは海の生態系に大きな影響を及ぼすと懸念されている。

今回の調査、CO2シープの中心からラインを伸ばしセンサーで二酸化炭素量を測っていく。

4カ所目のCO2シープ研究フィールドとして以前から注目されていた昭和硫黄島周辺の海域で昨年秋(2025年9月末)、広島大学の研究チームによってCO2シープの調査が行われた。数回の事前調査を行い、2025年いよいよ本格的に調査をスタートさせることになったのだ。
この調査を主導した広島大学・瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター・ブルーイノベーション部門の教授である和田茂樹さんは「島の北側と南側の両方に広範囲なCO2シープがあり、島の北も南も調査することができました。研究のエビデンスとして、1カ所だけでは調査結果に地域性や偶然性を指摘されることもありますので、同じ海域にありながら、島の異なる場所(北側と南側)のCO2シープを調査できたことは大きな収穫でした。今回の昭和硫黄島の調査はとても有意義なものでした」と振り返っている。

昭和硫黄島は薩摩半島南端より南に30kmほどの洋上にある小さな無人島だ。1934〜35年の海底火山の噴火活動で誕生したのだという。CO2シープは火山活動が活発な海域で発見されることが多く、他にはイタリアやパプアニューギニアなど火山を有する国の海域で見つかっている。

この海洋酸性化の問題が注目されるようになったのは2000年代を迎えてからだ。
大気中の二酸化炭素量の増加による地球温暖化が懸念されるようになり、海が吸収する二酸化炭素量の増加についても指摘されるようになっていった。海洋酸性化の影響として一般的には、サンゴや貝などが骨格や殻を作ることを阻害されてしまうというものだろう。そんな中、世界の研究者はこのまま酸性化が進行していった未来の海洋が生態系に与える影響を測ろうと実験室で研究を重ねてきたが、多様な生物が相互に関係し合い生息するダイナミックな海洋生態系の変化を室内の実験環境で行うことは決して簡単ではなかった。
2008年、イギリスの研究者が火山活動の活発な海域で見つかったCO2シープを海洋酸性化の研究に活用し話題を集め、これを機に海洋酸性化による生態系レベルの影響を評価できる場所としてCO2シープを活用する方法が世界中の研究者に採用されていくこととなった。

CO2シープの活用で海洋酸性化の研究は大きく進んだが、海が吸収する二酸化炭素量が増え続ける状況に焦燥感を感じた和田さんは、世界の研究者を繋ぎ情報交換ができる場があれば海洋酸性化の研究をもっと加速させることができるのではないかと考えるようになった。そして2021年当時、和田さんが所属していた筑波大学下田臨海実験センターが中核拠点となり、自然界にある高CO2海域の生態系を利用する研究拠点間での国際ネットワーク「ICONA(International CO2 and Natural Analogues Network)」を設立。この動きに応えるように国内からは、東京大学・琉球大学・産業総合研究所・沖縄科学技術大学院大学(OIST)などが協力機関として参画し、海外からはイタリアのパレルモ大学やフランスの国立開発研究所などが参画することとなった。

昨秋に行われた昭和硫黄島の調査は「ICONA」における調査研究の一環として行われたもので、当初はイタリアやフランスからの研究者も参加予定だったようだが・・・、「残念ながら、台風の影響で一緒に調査することはできませんでしたが、昭和硫黄島の海域には彼らも大きな興味を持っていました。今回の調査から得られた情報は、もちろんICONAメンバーと共有したいと考えています」
まず、島の南側で調査を和田さんはスタートさせた。
そのエリアの海中では、二酸化炭素などのガスがそこかしこからブクブクと湧き出ていたようだ。そんな場所でCO2シープの中心地に杭を打ち、東側に向かってラインを伸ばし、センサーで二酸化炭素量を測っていく。中心地から離れるほど湧き出る二酸化炭素量が減っていくので、二酸化炭素の影響が顕在化した海(未来の海)から影響がまだ顕在化していない海(現在の海)までの生態系の変化を観測することができるといった状況だ。100mほどラインを伸ばしたあたりでセンサーを確認した際、「ここは今世紀末に予想される海の様相に近いのではないか」と和田さんは感じたという。
「中心地から100m離れた場所で得られたデータは、このまま地球上の二酸化炭素が増え続けた場合の今世紀末に予測されている海中の二酸化炭素量でした。そこには背丈の低い藻が広がり、スズメダイなど一部の魚はいるものの、生き物の量も種類も少なく、海本来のダイナミックな生物多様性を感じさせない海の姿がありました」

島の南側の噴出域、ガスがあちこちから噴出している。
島の南側の噴出域から100mぐらい離れた場所。魚の姿は見えるが一面に背の低い藻が広がり、海の躍動感は感じない。
島の北側の噴出域の様子。わずかに魚の姿も見える。
島の北側でも水中を泳いで確認したところ、南側と同様にCO2シープの中心から離れていくと吹き出すガスの量が減り、その影響が弱まっていく様子が見られた。そして北側では中心から離れた海域にサンゴ礁を形成し始めたサンゴ群を見ることができた。サンゴ礁は造礁サンゴの骨格の積み重ねで形成された地形であり、活発なサンゴの生育によって形成されている。一般的には、冬季の水温が18度を下回るとサンゴ礁が形成されないと言われている。昭和硫黄島の冬季水温は18度前後とのことから、サンゴ礁を形成できるギリギリの環境なのだ。二酸化炭素が噴き出ているCO2シープの中心地は生き物の数も種類も少ないが、中心地から離れるとサンゴ礁の中で多様性を育む生態系の様相があった。たった100メートルほど離れているだけなのに海中に溶け込む二酸化炭素量によって海の様相は明らかに異なるため、二酸化炭素が海に与える影響の大きさを私たちは知っておく必要があるだろう。

和田さんは今後も日本にある4つのCO2シープの調査を進め、気候帯によって海中に溶け込む二酸化炭素が生態系に与える違いについても整理していきたいと考えだ。和田さんは4つのCO2シープから、現在分かっている「海洋酸性化が進んだ未来に想定される生態系の違い」について説明された。

■日本で調査が進む4つのCO2シープ

●沖縄県 硫黄鳥島(亜熱帯)
通常はサンゴ礁が広がる海域だが、二酸化炭素が多く噴出する場所では造礁サンゴのほとんどが消失。代わりにソフトコーラルの群生が観察される。炭酸カルシウム形成の重要度がより高い造礁サンゴから、ソフトコーラルに優占種が移行したためと考えられる。

●伊豆諸島 式根島(暖温帯)
通常はサンゴと海藻の混成群落を形成する海域だが、二酸化炭素の噴出が多い場所ではサンゴも大型海藻もその両方が減少。背の低い海藻や微細藻類(珪藻)のマット状コロニーとなって海底を埋め尽くしている。サンゴや大型海藻の消失が海底の生物多様性の低下を引き起こしている。

●大分県 姫島(温帯)
国内4つのCO2シープの中で最も高緯度の北方に位置する姫島では、二酸化炭素の噴出が多い場所に背の高い海藻(ホンダワラ類)がたくさん生えている。小型藻類が広がる他のCO2シープとは明らかに海の様相が異なっている。その理由が気候帯の違いにあるものかどうかは、これからの調査で明らかにしていく予定とのことだ。

●鹿児島県 昭和硫黄島(温帯-亜熱帯移行域)
温帯と亜熱帯のちょうど境界付近に位置しており、小型藻類とサンゴ礁で構成されている。その詳細は今後の調査で明らかにしていく予定とのことだ。

「今後、世界中の海で海洋酸性化が進んだとしても、起こりうる生態系への変化は気候帯によって異なってくるのではないかと思っています。それぞれの気候帯本来の海の生態系タイプを把握し、それぞれの地域で起こり得る未来を予測することが大事だと考えています」

島の北側の噴出域から離れている場所では、いろんなサンゴが地形をつくり始めている(サンゴ礁になりつつある)様子が見られた。

また和田さんたち「ICONA」の研究者は二酸化炭素が噴出するCO2シープの環境下に適応して生きている生物に着目し、その可能性についても研究を始めていく予定とのことだ。世界のCO2シープの中には二酸化炭素を大量に消費する生物も見つかっているらしく、新たな生物の生態に未来への希望を見つけようとしている。
私たちが暮らす地球、その海で静かに海洋酸性化が進んでいることを認識しつつも、CO2シープの調査が拓くだろう新たな可能性にも期待したい。

和田茂樹(わだ しげき)
広島大学 瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター 教授。
海洋の生物と環境の相互作用の研究。特に海洋生物がCO2を吸収・隔離するプロセスや海水中のCO2濃度の増加が生物・生態系に及ぼす影響の解明に取り組んでいる。
さらに海洋酸性化だけでなく、ブルーカーボンの研究でも世界を牽引する。

画像提供:和田茂樹
取材原稿:帆足泰子