Compass

Think globally, Act locally.
ロボット工学で対馬から地球の海ごみ問題に挑む

2026.02.10

海岸に漂着する海ごみのホットスポットとも言われる九州の最北端に位置する長崎県・対馬。この海ごみ問題にロボット工学で挑む研究者がいる。ロボットはどのような海の現実を私たちに見せたのか・・・。さらに、どのような解決の糸口を私たちに教えてくれたのか。そこで、海洋ロボット研究の第一人者にお話し伺うこととした。

日本で最も海ごみが流れ着くと言われ、その対策が急がれている長崎県・対馬。海流に乗って運ばれてくる海ごみが対馬の海岸を埋め尽くす状況が、近年ずっと続いている。行政はもちろん、NPO法人やボランティア団体などが沿岸に流れ着いた海ごみの清掃を適宜行っているが、片付けても片付けても次から次に海ごみが流れ着くため、島民は本当に困っているのだ。

この現状にロボット工学を駆使して向き合っているのが、長崎大学工学部・教授(副学長)である山本郁夫さんだ。
「2020年(令和2年)に対馬に行く機会があり、その時に大量の海ごみが海岸に漂着しているのを目の当たりにしました。その風景は言葉を失うほど衝撃的なもので、この状況をなんとかしないといけないと強く思ったのです」

これまでに「シーラカンス」や「シノノメサカタザメ」などの魚型ロボットを数多く開発している山本さん。世界初の「弾性振動翼」というヒレの動きを用いることで、よりリアルな動きを実現している。

山本さんはすぐに対馬の他の海岸も調べてみた。対馬の海ごみは海流によって大陸方面から流れてくるものが多いため対馬西側の海岸に多く漂着していたが、東海岸でも場所によってはごみが集積していた。さらに、もう一つの気づきとして、対馬の地形は、山地が約9割を占め平地が少なく、しかもリアス式海岸を形成し岬と入り江が複雑な地形であるため、人が立ち入れない海岸も多い。そういう場所に漂着したごみは誰も手をつけることができず、放置されていたのだ。
「人の手が届かないのなら、ロボットを使おうと思いました。私のロボット工学の知識が役に立つと直感したのです」

そこで山本さんは、まずドローンを飛ばして対馬に漂着した海ごみの分布を調べてみることにした。特に人が立ち入れず、これまで漂着ごみの処理ができなかった場所の調査を念入りに行った。ドローンの航続距離に限りがあることから、飛行距離によっては無人の船ロボットにドローンを乗せ、調査目的地近くまで海を航行した上でドローンを飛ばして調査するなど調査エリアを広げる工夫もした。搭載したAIカメラには、海岸に漂着した大量のごみが映し出され、行政も島民も、改めて対馬の漂着ごみの現状を知ることになった。

イルカ型ロボットは山本さんの研究室が開発した海洋ロボットの中でも人気がある。その滑らかな動きは驚くばかりだ。

「当時は、AIの活用は一般的ではなかったのですが、対馬の漂着ごみの現状をより正確に知るにはAIが役に立つと思ったのです。AIはペットボトルなどのパッケージに印刷された文字を識別し、そのごみがどこから流れてきたかなどを解析しました」

AIが解析したのは海ごみの発生源である国や地域だけではなく、種類や量も知ることができ、AIを活用したドローン調査で海ごみの情報を得るには当時としてはまだ珍しく、画期的な手法と結果に皆一様に驚いたという。その後、この調査は大きなプロジェクトとなり、引き続き対馬に漂着するごみの実態をドローン調査することとなった。

山本さんは、このプロジェクトを進めながら海岸に漂着したごみへの関心を次第に海の中にも向けていく。海岸に処理できないほど多くのごみが流れ着いているのであれば、当然のこと対馬周辺の海の中にごみが沈んでいる可能性が高いだろうことに着目し、特にプラスチックごみは波や紫外線によって細かく砕け5mm以下のマイクロプラスチックになっているだろうと考えを広げた。
未だ、小さな欠片となったマイクロプラスチックによる影響の全容は分かりにくいものの、自然界の食物連鎖を考えた場合、「マイクロプラスチックを飲み込んだ小さな魚を大きな魚が食べ、その魚を人間が食べる」という連鎖から、いずれ私たちの口から体内にマイクロプラスチックが入ることとなる。つまり、マイクロプラスチックを海の中に放置することは、私たち人間の健康被害につながっていく可能性がとても大きいワケだ。

山本さんもこの点を憂慮しており、「元々、私は海洋ロボットが専門なので海岸のモニタリングだけでなく、海の中もロボットで見てみようと思ったのです。人が海の中に潜って調査することは簡単ではありませんが、ロボットならば効率的に観測することができると考えました」


山本さんが開発した自律型船ロボット。水中カメラを搭載し、自動で海洋ごみを調査する船型ロボットだ。
水中ロボットによる海底の撮影画像では、たくさんのビニールやプラスチックごみが海底に沈んでいる様子が分かる。
海洋マイクロプラスチック自動採水船ロボット。気象庁などの協力も得て、マイクロプラスチックの原因特定や漂流予測を行っている。

船型ロボット(自律型船ロボット)を無人で航行させ、観測地点に着くと水中ロボット(遠隔操作型水中ロボット)がポンっと飛び出る。そして水中ロボットは海の中を潜航し、海底に沈むごみの様子を映し出した。そこには潰れたペットボトルや原形を留めない様々な海ごみがあった。海底のごみを映し出した映像は「本当に驚くべきものだった」と、山本さんは言う。しかし、それはロボットを活用したからこそ知り得た対馬の現実だった。

「無人の船型ロボットを自律航行させ、目的地で水中ロボットを離脱させ、さらに海の中を観測した水中ロボットを再び船型ロボットに帰還させる」という山本さん構築の自動システムは、非常に高度なテクノロジーであり世界的に高く評価されたのだ。そのテクノロジーは現在に至る様々なロボット開発につながっているのだ。
山本さんが提言する「海洋プラスチックごみリサイクルシステム」では、様々なところでロボットが役に立っている。

山本さんが対馬の海ごみ問題と向き合い続ける根底には、「Think Globally,Act Locally(シンク・グローバリー、アクト・ローカリー)」、すなわち「地球規模で考え、足元から行動する」という理念だ。およそ20年前、山本さんが始めた講義「環境計測学」の理念として使い始め、今も研究に向き合う際の指針として大切にしている言葉だ。
「対馬が直面する漂着ごみの問題は深刻です。しかし、この問題は対馬だけの問題ではありません。海ごみは遠くの国や地域からも海流によって運ばれてきます。つまり、この問題は地球規模で考えるべきものなのです。環境に関する物事は狭い視野で捉えず、広い視野で考えることが大切です。地球規模の問題に向き合う姿勢を保ちつつ、まずは自分ができることから始める。それが環境問題に向き合う私たちに求められている考え方だと思うのです」

様々なロボットを活用ながら対馬の漂着ごみの問題に取り組んでいる山本さんだが、最終的には「地球規模で問題となっている海洋ごみ解決の役に立ちたい」という想いは強い。

現在、ロボットを活用した海ごみ・漂着ごみのモニタリングは全国規模で需要があり、山本さんは多忙な日々を過ごしている。また、磯焼けによって減少傾向にある藻場の観測にもロボットの活用が始まっており、藻場が吸収・貯留していると考えられる二酸化炭素の計測にロボットが役立っている。

そして現在、山本さんはこれまでの様々な活動を経て「海洋プラスチックごみリサイクルシステム」を提言するに至っている。モニタリングから漂流予測、海ごみ回収、そしてリサイクルまで一貫して行うべきだという考え方だ。その実現のためにも海ごみを回収するロボットも今後は考案していきたいと意気込んでいる。

「今は解決が難しい環境問題でも、テクノロジーの進化が解決してくれることはある。意識は常に“Think globally”。しかし・・・、まずは“Act locally”に自分ができることをやっていく。そんな想いで未来を切り開いていきたいですね」と山本さん。
海ごみや漂着ごみの問題を考える時、その衝撃的な光景にどうしてもネガティブな未来を想像してしまうが、テクノロジーの進化とともに、実は私たちができることは増えている。


― Think globally, Act locally. -
地球規模の問題に常に想いを馳せながら、まずは自分ができることから始めていきたい。


山本郁夫(やまもと いくお)
専門はロボット工学、システム工学、力学・制御工学、モビリティ等、博士(工学)。
九州大学工学部航空工学科、同大学院卒業後、三菱重工業や海洋研究開発機構などを経て、2013年には長崎大学教授、2019年、同大学副学長に就任。
GlobalScot(スコットランド名誉市民)、フランス国際賞受賞。実用的なロボットやビィークルを世界に先駆けて開発することに定評がある。
現在、内閣府NPO法人日本海洋ロボット協会の理事長を務める。

画像提供:山本郁夫
取材編集:帆足泰子