Compass

森林の多様性を育む
樹木と土壌微生物のネットワーク

2026.02.25

森林を構成する樹木の下に広がる土中では、どのような世界が広がっているのだろうか。
そこは樹木と土壌微生物との共生の世界。カギを握るのは菌根菌(きんこんきん)なのだ。樹木と菌根菌はお互いに助け合いながら命を育んでおり、彼らが織りなすネットワークが森林の多様性を形作っていく。

樹木にはマツやブナなどのようにまとまって林を作る樹種もあれば、サクラやカエデなど人間が植えなければ林を作らない樹種もある。自ら林を作る樹種と作らない樹種は何が違うのだろうか。その答えは樹木の下に広がる土壌微生物がカギを握っているという。
この植物と土壌の関係を研究する京都大学・白眉センター特定准教授の門脇浩明さんに、お聞きした。
「群集生態学の研究をしています。多様な植物はなぜ共存できているのか。地球環境が大きく変わりつつある今、生物多様性を守るためにも群集生態学は大切な研究テーマだと思っています。土壌微生物の役割に着目している点が、私の研究の特徴です」

門脇さんは、植物の中でも特に樹木に注目し土壌微生物との関係を研究している。樹木の多様性は周辺の土壌微生物によって大きく影響を受けているそうだ。
門脇さんが研究する土壌微生物は、主に菌根菌であって土壌中の比較的浅いところに広がっており、樹木の根の先端部分に共生しているのだ。菌根菌は樹木が光合成で作った炭素(糖)を分け与えてもらう代わりに、窒素やリンなどの栄養や水分を土壌から集めて樹木に供給していることが研究によって分かってきている。
「菌根菌の中で代表的なものは、外生菌根菌とアーバスキュラー菌根菌です。外生菌根菌は樹木の根の細胞(壁)の内部には侵入せず、根の表面に菌糸を茂らせる傾向があります。一方、アーバスキュラー菌根菌は根の細胞(壁)の内部に入り込んで樹木と共生します」

トチノキの新鮮な根(左)とアーバスキュラー菌根菌との共生で根の周囲に菌糸が伸び始めた様子(右)。肉眼では見えづらいアーバスキュラー菌根菌の菌糸であってもカメラのマクロレンズを使って観察すると見えることがある。

外生菌根菌は樹木の根の表面に菌糸を広げる傾向があるので、根の周りにふわふわした菌糸を目で確認することもでき、この外生菌根菌の菌糸はキノコになって地表に出ることもある。一方、アーバスキュラー菌根菌は活動範囲が主に樹木の根の細胞内に制限される傾向があるので、キノコになって地表に現れることはない。

樹木が共生するこの2種類の菌根菌のタイプがもたらす最も重要な特徴は、周囲に菌根菌を蓄積するか病原菌を蓄積するかということ。外生菌根菌が共生する樹木の根の周囲には実生(種子から発芽して育った幼植物)の成長を促進する外生共生菌が蓄積し、アーバスキュラー菌根菌が共生する樹木の根の周囲にはアーバスキュラー菌根菌に加えて病原菌が蓄積し実生の成長を阻害するそうだ。
「病原菌が蓄積すると聞けば、樹木に対して悪い影響があると思うかもしれませんが、多様性の観点から見れば必ずしもそうではありません。周囲に同種の樹木を成長させないからこそ、森林に多様な樹種が広がるという利点もあるのです。外生菌根菌と共生する樹種ばかりでは、同じ樹木しか育たない森林になってしまいますからね」

裸地に芽生えたトドマツの実生(写真の中央部)。マツ科の植物は一般的に外生菌根菌と共生するため、共生菌が実生の成長を促進してくれる。
森林で見かける土壌から生えている様々なキノコは、樹木と共生する外生菌根菌の菌糸が伸びて地表に出たものだ。

冒頭に「林を作る樹種もあれば、林を作らない樹種もある」と記した理由とは、まさにこのことだ。樹木が共生する菌根菌の種類によって、同じ種類で林が作れるのか作れないかが決まるワケだ。ちなみに樹木の多くがアーバスキュラー菌根菌との共生を好むようだが、日本を代表するようなマツ・ブナ・カシ・ナラなど樹木は、外生菌根菌と好んで共生するものが多い。このような共生によって、マツ林やブナの森は外生菌根菌の影響を大きく受けているというわけだ。
「樹木と菌の関係はある程度は決まっているのですが、厳密ではありません。例えばアーバスキュラー菌根菌は、サクラやカエデ、ツバキでもかなり広範な樹種と共生する菌が多いといわれています。一方で、外生菌根菌はアーバスキュラー菌根菌より好みがあるようですが、特定の樹種としか共生しないというケースはそれほど多くはありません」

外生菌根菌は土壌から窒素を、アーバスキュラー菌根菌はリンを集めることが得意と言え、樹木が欲しい元素によって共生する菌を変える場合もある、といった報告もあるようだ。
「樹木と菌根菌はお互いにメリットになる共生のパートナーを選んでいます。メリットにならなければ関係を遮断することもあるのです。樹木と菌根菌はそれぞれが置かれた環境において複雑な駆け引きをしながら共生関係を結んでいますが、それは微妙なバランスの上に成り立っています。ですから、菌根菌をはじめとする土壌微生物が変われば、植物も変わります。植物が変われば土壌微生物も変わります。このような土壌と植物の循環システムを『植物と土壌のフィードバック』と呼んでいます」

樹木と土壌がお互いに影響し合う『植物と土壌のフィードバック』を説明。 (a)アーバスキュラー菌根樹種では根の表面をアーバスキュラー共生菌の菌糸が覆うことがないので病原菌が入り込む余地があり、共生菌であるアーバスキュラー菌根菌よりも病原菌が蓄積する傾向があるため、病原菌の影響を受けた実生の成長が悪化する。 (b)外生菌根樹種では、根の表面を外生共生菌の菌糸が覆い病原菌を寄せ付けないので、外生菌根菌の影響を受けた実生の成長が促進される。

門脇さんは「赤い実がなる植物がありますよね。鳥や動物から関心を集めることによって実を食べてもらうことで種(たね)を遠くに運んでもらうのですが、そうした特徴をもった樹木はアーバスキュラー菌根菌と共生していることが多いです。アーバスキュラー菌根菌と共生している樹木は地面に種を落としても実生が病原菌に感染して成長できないことを考えると、動物に食べられて新天地に運んでもらうことで病原菌から逃れながら生きていくという戦略は理にかなっていると考えられています」と、さらに興味深い植物と土壌微生物との関係について教えてくれた。

このように植物の生存戦略には驚くばかりなのだ。先述した病原菌に関しても、病原菌は菌根菌のような共生菌と比較すると特定の植物の種類に感染して影響を及ぼすことがある。つまりアーバスキュラー菌根菌と共生することで病原菌を蓄積してしまう樹種は、周囲に自分と同じ樹種の実生は受け入れないが、他の樹種の実生が育つことは許容する、という。
このように、植物にとっては周囲に同種を増やすことだけが生存戦略ではないのだろう。日本の山々に見られる多様な樹種に溢れた森林は『植物と土壌のフィードバック』を通して樹木と菌がお互いに最適と思える環境を構築した形なのだ。

アーバスキュラー菌根菌と共生するバラ科の落葉高木「ナナカマド」。 赤い実が特徴で、秋には紅葉も美しい。
アーバスキュラー菌根菌と共生するバラ科の落葉高木「ナナカマド」。 赤い実が特徴で、秋には紅葉も美しい。

門脇さんは現在、フィールドワークで採取した樹木の種から実生を育て、土壌微生物によって異なる樹木のパフォーマンスを研究している。また、近年の気候変動によって『植物と土壌のフィードバック』がどのように変わるかについても関心を寄せている。
「近年の気候変動によって、植物は気温の高まりや水分供給量の減少、二酸化炭素量の増加などの影響を受けています。しかし、気温が高くなったから絶滅するという単純なものではありません。植物同士の関係や植物と土壌の関係、生態系全体のつながりを見て自然環境の将来を予測していく必要があるのです」

このように、実は植物と土壌微生物との関係は非常に興味深い。私たちも、たまには樹木の根元に目を向け、地面の下に広がる共生の世界に思いを馳せてみたいものだ。そこには複雑に影響し合いながら共生する、森林の多様性を支える樹木と土壌微生物のネットワークがあることを再認識しておきたい。

門脇浩明(かどわき こうめい)
京都大学・白眉センターの特定准教授。地球上の多様な生物はどのように維持され、失われた時に何が起こるのかに興味を持ち研究を続けている。生物多様性の生態学(群集生態学)を専門とする生態学者。

資料・画像提供:門脇浩明
取材編集:帆足泰子