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常識を根本から覆すパラダイムシフトなのか!?
日本発、海水中で分解する「超分子プラスチック」の可能性

2026.03.10

「海水中で分解し、元の原料分子に戻る。」
つまり、様々な問題が指摘される従来型プラスチックと異なり『半永久的に海中を漂うことがない』、そんな夢のようなプラスチックが日本の研究グループによって開発された。しかも従来型プラスチックよりもリサイクルしやすく、温室効果ガスも排出しないという利点もあるという。まさに、世界を変える可能性を秘めた日本発の新素材「超分子プラスチック」を取材した。

利便性も地球の未来も諦めない新素材

環境省によれば、世界のプラスチックごみ発生量は3億5300万トン(2019年時点)、そのうち2200万トンが適切な処理をされずに環境中に流出したと推計されているそうだ(※注)。しかも、この問題に対して何も対策を講じなければ、世界のプラスチック廃棄量は2060年には10億1400万トンにまで増大すると予想されている。
もちろん適切に処理されているプラスチックごみもあるのだろうが、残念ながら陸域から海へと流出するプラスチックごみは多く、他のごみのように微生物などに分解されることもなく海中を漂い続けている。さらに深刻さが指摘される問題として、紫外線や波によってプラスチックごみは小さく砕けマイクロプラスチックとなり、海洋生物に取り込まれ、食物連鎖を経て人間の体内に入るといった健康リスクの可能性が指摘され、最新の研究では直径100nm〜1µm(0.001mm)以下の微細なプラスチック粒子(ナノプラスチック)が脳内に入り込むことが示され、さらなるリスクが懸念されている。

破断した微細なプラスチックは海中だけでなく大気中にも漂っている。健康リスクへの危機感から、近年欧州を中心に世界各地で脱プラスチックの動きが見られるようになったが、私たちの生活からプラスチックがなくなることは難しいだろう。
それはなぜか―――。
プラスチックが便利な素材だからだ。
地球の未来に課題を感じながらも、軽くて丈夫、加工がしやすいなどプラスチックの利便性を捨て去ることに抵抗感を抱く人は多いことだろう。

だが、これらの利便性を凌ぐ素材があるとしたらどうだろう?
利便性も地球の未来もどちらも諦めない。そんな素材が、すでに日本で開発されている。

セルロース由来の水溶性高分子を原料とした超分子プラスチック。
東京大学で世界水準の優れた研究業績など有する現役教授に対し付与される卓越教授(理化学研究所CEMSグループディレクター)相田卓三さんの研究チームでは、強度があるにも関わらず塩に触れることにより元の原料分子まで分解される「超分子プラスチック」を開発。2024年11月に論文発表して世界を驚かせた。
そんな素材を開発した相田さんに「超分子プラスチック」についてお聞きした。
「実は今回開発した超分子プラスチックを構成する超分子ポリマーのコンセプトについては、1988年にすでに論文発表していました。その後、プラスチックごみが地球規模で問題となるにつれ、以前研究した超分子ポリマーのコンセプトが世界のプラスチックごみ問題の解決につながるのではないかと思うようになったのです」

「超分子プラスチック」開発で大切にしたこと

相田さんの研究チームは、約5年の研究期間を経て「超分子プラスチック」の開発に至った。開発に際しチームが重要視したことは、「Across the river(まず川を渡ろう)※※」という想いだ。
従来型プラスチックを改良するという考え方ではなく、「こんな未来が来るといいよね」と思えるものをまず作ってしまうストレートなチャレンジだ。科学者として理想を追求し、それができたところで、現実的な使用も考えながら調整すべき点をさらに改良していく。そんな研究手法を選択したのだ。
「まさに今、開発した超分子プラスチックを現実的に活用できるものにするための研究が日々行われているところです。どんなに理想的なものであっても実態と合わなければ、人間は素直に新しいものを受け入れません。社会が痛みを伴わずにAからBに移行するには、理想を実態と合わせていく必要もあるのです。これは掲げた理想の旗を下すという意味ではなく、目指すべき未来に向かうステップを社会全体で共有していきたいという想いなのです」

現在、一般的に流通しているプラスチック製品は、石油など化石資源を由来とする合成樹脂に熱や圧力を加えることで成形・加工して作られている。従来型プラスチックが海中や土壌などの自然界で分解されないことが海洋ごみやマイクロプラスチックを誘発する原因の1つとなっているが、その理由には分子レベルでの説明が必要となる。
プラスチックはモノマー(分子の最小単位)をつなげたポリマーと呼ばれる細長い分子から構成されている。細長い分子であるポリマーはお互いに絡み合うことで強固に結びつく。その不可逆的な分子の結びつきのため、プラスチックとして一度出来上がると分解されることなく半永久的に自然界に残り続けてしまうワケだ。

社会課題となっているプラスチック問題を分子レベルから考え直そうと思い付いた相田さんは、1988年に論文発表した「超分子ポリマー」のコンセプトをベースに新素材の開発に動き出す。相田さんが研究した「超分子ポリマー」は、モノマー同士の結合を磁石のSN極のように付いたり離れたりする可逆的な結びつきを可能にした画期的な分子デザインだった。
新素材の開発に際し相田さんの研究チームが「Across the river」の思いで追求した理想とは強度や軽さ、利便性など従来型プラスチックが持つ利点はそのままに、地球に残り続けるなどの欠点を持たない持続可能な素材を作ることだった。仮に土壌や海洋に流れ出て行ったとしても、分解され環境に負荷をかけないことを必要条件とした。そして、研究チームが試行錯誤の末に選んだ原材料は木材成分のセルロース。地球上に豊富にあり、しかも比較的安価に手に入れやすい天然資源である。「超分子プラスチック」を世界規模で広めていくためにも、化石資源よりも入手しやすい原材料から作ることは研究チームにとって大切なことだったのだ。

表面処理を施していない「超分子プラスチック」が人工海水中で溶解する様子。

「超分子プラスチック」の可能性

「超分子プラスチック」その最大の特性は、塩に触れることで「超分子ポリマー」が解け、原料分子モノマーに戻るということだ。分解するきっかけとなる刺激を塩にしたのは、研究チームのアイデアだという。
「特別なものではダメ。海水にも土壌にもあり、私たちの身近にあるもので、安価で、地球上どこでも手に入るもの。それが塩でした。超分子プラスチックは塩に触れたらもろくなって、徐々に原料分子まで壊れていきます。最終的には微生物の食作用、すなわち微生物が食べてくれるのでマイクロプラスチックになって海洋や大気の中で漂い続けることもありません」

塩に触れることで壊れるなら、「超分子プラスチック」でできた製品は海水中では使えないのではと心配する人もいるかもしれないが、表面を撥水加工などでコーティング(被膜保護)しておけば、被膜に傷が付かない限り、海水(塩水を含む水中)でも長期の使用が可能なのだ。逆を言えば、「超分子プラスチック」でできた製品が海洋に流れ出た際に紫外線や波の影響で被膜に傷が付けば、海水中で自然に分解されていくことになる。
つまり、海岸への漂着ごみやマイクロプラスチックになって海を漂い続けるなど今日の課題と言える海洋プラスチックごみ問題は大きく改善していくというワケだ。また化石資源由来の従来型プラスチックをリサイクルするには回収・分類・分解・再利用などで大きなエネルギーを必要とし、同時に二酸化炭素も排出する。しかしながら、自然界で分解する「超分子プラスチック」なら脱炭素にも十分に貢献できるのだ。さらに、塩で分解され元に戻ったモノマーは、エタノールを用いて簡単に分離・回収でき、品質の劣化を伴わずに、再び「超分子プラスチック」の原料分子として活用することができるという。

「超分子プラスチックは本当に多くの可能性を秘めています。実は、従来型プラスチックと比較して約4倍の硬度があることも分かっています。密度も高いため、空気を通しにくいとも考えられています」
この「超分子プラスチック」の利点は他にもある。
原材料にリンと窒素が含まれているため土壌の中で分解した際に、そのまま農作物の肥料となることができるのだ。例えば「超分子プラスチック」でできた製品を未利用の土地に集めて放置しておけば、大気や土壌の塩分で分解されていき、その結果として農作物の生育に適したリンや窒素が豊富な土壌に変わっていく。そんな理想的な未来も考えられるというのだ。

「超分子プラスチック」製の袋にトマトを入れ、人工海水中で溶解する様子を示したもの。

「超分子プラスチック」製の袋にトマトを入れ、人工海水中で溶解する様子を示したもの。

驚くほどに良いことばかりの「超分子プラスチック」だが、課題はないのだろうか---。
相田さんは乗り越えるべき最大の課題は、社会のマインドチェンジだと言う。
「超分子プラスチックが研究開発レベルから社会で活用される素材になっていくには、私たちのマインドチェンジが必要です。作る側も使う側も、従来型プラスチック依存から脱却して、自分たちの子供や孫のために、そして未来の地球のために、社会を変えていこうという想いを世界中で共有することが何よりも大事なことだと思っています」

従来型プラスチックを遥かに凌ぐ「超分子プラスチック」の可能性は、まさに驚くばかりだ。
そしてこの持続可能な新素材が日本で研究開発され、日本から世界に発信されようとしていることは本当にうれしいことだ。「超分子プラスチック」を使用した製品が世の中に流通していくまでには多少の時間を要するだろうが、相田さんたちの研究スピードは早く、決して遠い未来の話ではないと考えられる。
さて、まもなく訪れようとしているプラスチックのパラダイムシフト、根本から劇的に覆るだろう従来型プラスチックの利便性を享受されてきた私たちは、「超分子プラスチック」を抵抗なくスムースに受け入れることができるのだろうか。一人ひとりのマインドチェンジが未来を大きく左右するのだ。

※「OECD(経済協力開発機構)2022年報告書」のデータを参考にしたもの。

※※ Across the river. (まず川を渡ろう)まず川を渡ろう)
常識が変わることへの不安はあるかもしれないが、地球の未来のために、まず理想の社会に踏み出してみよう。そんな決意が私たちに求められている。

相田卓三(あいだ たくぞう)
東京大学・卓越教授 理化学研究所CEMSグループディレクター。
1984年東京大学大学院工学研究科博士課程修了。助手、助教授を経て、1996年より東京大学大学院工学系研究科教授となり、2022年には東京大学で5人目の卓越教授となる。さまざまな革新的機能材料を開発し、世界を驚かせ続けている。
数多くの門下生が国内外の大学・研究所で活躍。趣味は電子管楽器演奏。

画像提供:相田卓三
取材編集:帆足泰子