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温暖化が進めば、
日本の山から鮮やかな紅葉がなくなる日も…?
温暖化によって樹木の分布が変わってきている。より涼しい方向に移動しているらしく、近年の気温の高まりに樹木も影響を受けているのだ。また、温暖化は紅葉の色づきにも影響を与えている。このまま温暖化が進めば、日本の山が鮮やかに色づく紅葉の景色を見ることができなくなってしまうのだろうか。今、日本の豊かな自然を象徴するだろう樹木に何が起こっているのかを知っておきたい。

温暖化によって樹木の分布が変わった。
私たち人類が気候変動を意識し始めてから、どのくらいの年月が経つのだろうか。様々な対策を講じて気候変動と向き合ってきたが、すでに私たちの生活圏における環境は顕著に変わり始めており、特に温暖化による平均気温の上昇が続いている状況には具体的な対策だけではなく、どう適応していくべきか効果的なプラン創出も重要なことだ、と言えるだろう。
2018年、国立研究開発法人国立環境研究所では気候変動に関する情報収集・分析・提供を行う中核拠点として「気候変動適応センター」を設立。科学的知見を基に国や様々な団体に気候変動対策実施の支援や適応計画策定の手助けなどを行なっている。「適応」という考え方に軸を置いている点、これが同センターの特徴であり、自然環境にも社会活動にも資する道を積極的に模索している。
この「気候変動適応センター」において森林や植物の生態学を研究する主任研究員・小出大さんは、「当センターは気候変動の研究をするだけでなく、変わっていく自然環境に社会が適応を進めていくための情報発信や啓発活動も行なっています。生態系や土壌、水、大気などの研究者が集まり、多角的に気候変動を観測しています。私は気候変動と森林や植物との関係を研究しているのですが、研究結果を発表するだけではなく、最適な適応策も考えながら社会とコミュニケーションしていきたいと考えています」と、同センターの意義を語っている。
小出さんは、学生時代から気候変動が植物に与える影響に関心を持っていた。特に樹木への影響には関心が強かったそうだが、気候変動が樹木に与える影響を研究するには長い年月を要し、当然ながら分からないことも多かった。しかし、気候変動が社会に与える影響が年々大きくなるにつれ、ただ手をこまねいていても何も変わらないと調査方法を改めて検討し直し、植物の分布移動から気候変動との関係を調査することにした。
「樹木の分布が気候変動、特に温暖化によってどう変わったかを調査するためには、現在と比較するための温暖化以前の古い分布データが必要ですが、それはなかなか難しいのです。そこで、現在観測できる小さい個体である稚樹と大きい個体である母樹の分布域を比較する方法によって、樹木への影響を調査してみることにしたのです」

では、なぜズレが生じるのだろうか。
「比較的近年に定着した稚樹と、かなり過去(数十〜数百年前)に定着した母樹とでは定着年代に差があります。その過去と現在の間に起きた温暖化などの環境変化の分だけ、両者の分布域がズレているというとらえ方ができるのです」
小出さんは、日本全国2万箇所以上の場所で調査した環境省による植生調査データを用いて、302種における気温分布上の稚樹と母樹の差を解析。その結果、全体的に稚樹の分布が母樹の分布よりも寒い場所にズレている傾向を発見した。当然、この要因には温暖化の影響が考えられる。なぜなら降水量の増減や都市農村部からの窒素降下物などの影響があったとしてもその影響は局所的になるはずで、様々な樹種の稚樹の分布が全国的に一方向(より寒い方向/緯度が高い方向)に偏ったズレを示したことを考えると、日本全土に均質な影響を与える温暖化によるものと考えるのが妥当というわけだ。
「実際には野外で起こっていることはかなり複雑で、温暖化だけが稚樹の分布移動の要因ではないでしょう。しかし温暖化が要因の1つであることは推定できます。人間の1世代の寿命の中では分かりにくいものですが、気候変動は樹木にも明らかに影響を及ぼしているということは知っておく必要があると思います」
温暖化は高山帯の紅葉にも影響を与えている

紅葉は、葉の中で起こる色素の分解や合成によって現れる現象だ。赤く色づく葉は春先に葉の中で緑色と黄色の色素が合成され、秋になると緑色の色素が分解、新たに赤色の色素が合成されることによって葉の色が変わる。また黄色に色づく葉は、春先の緑色と黄色の色素合成ののち、秋に緑色の色素が分解されることで黄色が見えてくるという仕組みとのことだ。
いずれにしても、温暖化などの影響で冬が短く雪解けが早まると葉の開く展葉日も早くなり、紅葉する秋になった頃には、冬が長く展葉日が遅かった年よりも葉が古くなる。古く年老いた葉で紅葉する必要があるため色素の合成や分解がスムースに進まず、葉の色づきが悪くなっている可能性があると、小出さんは考えている。
「温暖化の影響で展葉日が早くなればなるほど、紅葉の時期には葉が古くなり、紅葉の色づきが悪くなるということです。全球気候モデルをもとに将来予測を行ったところ、温暖化に伴う雪解けの早まりが展葉日の早まりを引き起こし、強い温暖化シナリオ(※2)だと紅葉の赤みを示す指標値が15%程度減少することが予測されました」
長期的な気候変動による変化が紅葉に与える影響は気になるところだが、小出さんによると「年々変動による色付きの変化の幅が大きく、色づきの悪い年では紅葉の見栄えがすでに大きく低下し始めている」とのことだ。
「研究結果だけを見れば、温暖化と展葉日、そして紅葉の色づきとの相関関係に不安を感じる人もいると思います。しかし、ただ未来を悲観するだけでは何も変わりません。研究結果を踏まえ紅葉の色づきを予測したり、ベストな紅葉スポットを示したり、温暖化に適応しながら営む社会のあり方を示していきたいと、私は思っています」

日本では、紅葉を観光事業の柱にしている地域が多い。それだけ山が色鮮やかに染まる紅葉を楽しみにしている日本人は多く、さらに海外からの渡航者も見事な紅葉を楽しむ傾向も高まっている。しかし、真っ赤に色づいた山を見上げて楽しむことは先々いつまでも約束されているとは限らない。その要因の1つとして、温暖化は進んでいるのだ。ただ小出さんの言うように、未来を悲観するだけでは何も変わらない。自分ができる対策を講じながらも、どう適応して今を生きるのかを考えていきたいものだ。
※1:出典は国立環境研究所
※2、および※3:MIROC5とは東京大学、国立環境研究所、海洋研究開発機構によって共同開発された気候モデル「the Model for Interdiciplinary Research on Climate」の略称。小出さんは、この気候モデルとIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書で示された地球温暖化予測を表すRCPシナリオを使用して紅葉の色づきを研究。「強い温暖化シナリオ」とは、最も深刻な気温上昇の予測シナリオ「RCP8.5: 平均気温3.7℃(2.6〜4.8℃)上昇(現在/1986〜2005年との比較)」を指している。出典は国立環境研究所・森林総合研究所・信州大学。
- 小出大(こいで だい)
- 国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 主任研究員。専門は森林・植物の生態学。植物の分布や生長量が気候変動によってどう変化するのかについて研究している。
資料・画像提供:小出 大
取材編集:帆足泰子










