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日本近海・・・、魚やサンゴ、海藻まで北に分布域を広げている。
私たちは、どう向き合っていけばいいのだろうか。

2026.05.11

近年の気候変動によって海水温が上昇し、海洋環境は大きく変わり始めている。自らが棲みやすく適した水温を求め、分布域を移動させる生物は多い。日本沿岸でも魚種によって生息域が変わってきており、例えば北海道でのブリ水揚げは海水温上昇により激増し、2020年には全国1位の漁獲量を記録。道南から羅臼まで広い範囲で、「極寒ブリ」ブランドとして定着してきた。また、熱帯・亜熱帯に生息していたはずのサンゴも北寄りに分布域を移動させて、太平洋側の北限は千葉・神奈川県沖、日本海側の北限は佐渡島が北限とされてきたが山形県鶴岡市沖でもサンゴが発見されている。
一方、藻場は減少している。魚やサンゴに比べて分布域を広げるスピードが遅いことが大きな原因となっている。気候変動が続く中で、私たちは海とどう向き合っていけばいいのだろうか。

「サンゴは動物か、それとも植物か?」、色鮮やかで枝分かれしているような形の種類もあることから植物を思わせるが、実はサンゴはイソギンチャクやクラゲを含む「刺胞(しほう)動物」の仲間で、触手を伸ばしプランクトンを捕食する。私たちが一般的にサンゴとしてイメージするサンゴ礁を形成する種類は石灰質の硬い骨格を持つ。褐虫藻(かっちゅうそう)と共生し、褐虫藻が光合成から作る栄養を得ているという。

「サンゴは陸上における森林のような存在」と語るのは、国立環境研究所・気候変動適応センターでサンゴや海藻の研究を続ける熊谷直喜さんだ。
統計学やモデリング、さらにシミュレーションを活用した分析を得意とし、海の実態に数字的裏付けをもたらす存在として、フィールド調査を中心に活動する海洋生物学者から頼りにされることも多い研究者として知られる存在だ。
「サンゴは海中において複雑な構造物の群集、すなわちサンゴ礁を作ります。動物でありながら、さまざまな海洋生物に隠れる場所や産卵場所を提供するだけでなく、海水の流れを和らげるなど防災面でも欠かせない役割を果たしています。森林が多様な生物の棲みかでありながら、防災面でも大切な存在であるのと同じです」

サンゴ群集と海藻藻場は多様な生物を育むだけでなく、ブルーカーボンや防災面でも役立っている。

サンゴといえば、近年は温暖化の影響を受け「白化している」という報道を目にすることがある。その実態はどうなっているのだろうか。
「サンゴの白化にはさまざまな原因がありますが、海水温が上がることで白化してしまうことはあります。しかし再び通常水温に戻れば、サンゴは少しずつ回復していきます。サンゴの白化は、必ずしもサンゴの死ではないのです」

サンゴの白化とは、体内に共生させている褐虫藻を放出することで起こる。褐虫藻を放出するとサンゴの白い骨格が透けて見えるため「白化」と呼ばれるのだ。放出の原因は海水温上昇だけではないが、サンゴの生息に適した海水温(25℃〜28℃程度)を大きく上回り30℃を超えてくると共生している褐虫藻を放出し始め白化していくという。故に通常水温に戻るなどサンゴにとっての環境ストレスが軽減されれば褐虫藻が再増殖し元の状態に戻っていく。ただし、環境が回復しなければ白化の状態が長く続き、サンゴは死滅してしまうのだ。

熊谷さんによれば、この日本では1998年・2016年・2024年と3度、沖縄近海でサンゴの白化が多く見られたそうだ。
「サンゴは一度白化しても環境が元に戻れば回復することができますが、近年の環境変化は気になるところです。サンゴにどのような影響をもたらすかは注意深く見ていく必要があると思っています」

白化してしまったサンゴの様子。気候変動はサンゴにもさまざまな影響を与えている。

そして今、日本近海ではサンゴの分布域が北上しているそうだ。気候変動による海水温の上昇傾向が続いていることが原因の1つであることは間違いないだろう。サンゴは幼生を海中に漂わせ着底させることで分布域を広げるのだが、環境変化に対してより適した水温環境を求め北上していると熊谷さんは考えている。
「日本の沿岸域の水温上昇傾向が続く環境下において分布域を変えるスピードを調査したところ、魚、サンゴ、海藻の順番でした。機動性の高い魚はいち早く生息に適した水温の場所に移動します。その次に続くのがサンゴで、幼生を海流に乗せ移動していきます。幼生は数週間ほど海流に乗って移動することができるので、魚には及びませんが、徐々に北方に移動し分布域を広げることができます。そして、環境変化への対応に最も時間を要すのが海藻です」

海藻は胞子を海中に漂わせることで分布域を広げるのだが、サンゴとは異なりすぐに海底に着底してしまうことから生息環境を大きく変えることが難しい。そのため海水温の上昇などの海の環境変化に対応できずに死んでしまうことも多いワケだ。
「魚、サンゴ、海藻。どれも大切な海洋生物ですが、いま最も危惧すべきは海藻です。気候変動による海の環境変化が早く、そのスピードに素早く対応することができないのです。加えて、日本の沿岸域ではもともと南の海域に生息していた植食魚類(主に海藻や海草を食べる魚)が温暖化の影響を受けた暖かい海流に乗って北上しているため、逃げることもできず食べられてしまうようになりました」

四国南西部。大型褐藻(コンブ類、ホンダワラ類)が生息しない海域にて、熊谷さんが実験的に四国産のホンダワラ類を設置したところ、あっという間にブダイが寄ってきて食べ始めたとか。旺盛なブダイの食欲を前に、海藻はなす術なくひたすら食べられていく。

熱帯域の暖かい海水は黒潮に乗って日本に運ばれてくる。アイゴやブダイなど南方系の植食魚類も暖かい黒潮に乗って運ばれ、日本の沿岸域の藻場を食べるようになった。近年の日本近海では温暖化の影響を受け、冬でも以前ほど海水温が下がらなくなったため、アイゴやブダイなどが冬でも活発に海藻を食べ続け、日本の沿岸域から藻場がなくなりつつある。藻場はサンゴ同様に、海洋生物の産卵や子育ての場として活用される大切な「海のゆりかご」だ。しかし、海水温上昇とそれに伴う植食魚類の増加という海洋環境の変化のスピードに、海藻は対応できないのだ。

北方に分布域を広げるスピードが遅い海藻藻場がなくなってしまうと、その海域の生態系は大きく変わる。海藻がなくなった場所には南方からサンゴが新たに移住し、日本の温帯域でもサンゴ主体の生態系が拡大していくことも想定される。サンゴ主体の生態系に変化すると、従来そのエリアで食用としていた魚種も変わってしまう可能性がある。

サンゴの移動とともに温帯に分布域を変えつつある植食魚類を私たちが積極的に食べることで、海藻藻場を復活させることもできるのではと熊谷さんは考えている。写真はアイゴとアイゴを刺身や天ぷらにしたもの。

では、止まらない気候変動の中で魚やサンゴと比較して、より大きく影響を受ける海藻をどのように守っていけばいいのだろうか。
「海藻藻場を守る取り組みは大きく3つの方法が考えられます。植食魚類やウニなどを駆除すること、海藻そのものや種を海底に植え付け増やすこと。海藻が増殖しやすいように沿岸の海洋環境を整えることです。しかし気候変動による影響が続いていく以上、日本の沿岸には南方からの植食傾向の魚がさらに増えていくでしょう。海藻を植えるだけでは食べられてしまうので植食傾向の魚やウニの駆除を続けることが大切ですが、労力的にも経済的にもとても難しいのが現状です」

分析研究だけでなく、自ら海に潜って海藻やサンゴのフィールド調査も行う熊谷さん。最近はDiver Data-Modeler(潜ってデータを取りモデリングもする研究者)と自己紹介することもあるそうだ。

残念ながら、気候変動の流れを止めることはもはや難しいだろう。それでもできる限りの対策を講じていくことは大切だが、同時にどう適応していくかを考えることも必要な視点だと改めて思う。熊谷さんは、すでに変わり始めてしまった日本近海で見られるようになった新たな魚種にも注目してほしいと言う。
「気候変動による海水温上昇に合わせて魚は適温を求め移動しています。サンゴも北上を続け分布域を広げています。日本の海洋環境はすでに変わり始めているのです。食べ慣れた魚ばかりに価値を置くのではなく、見慣れない魚にもぜひ注目してほしいと思います。南方から来た魚は形も色も独特なものもありますが、食べればおいしい魚はたくさんいます。販売する側も消費する側も、魚への向き合い方を考え直すタイミングに来ているのではないかと思っています」

キャラクター好きの日本人なら南方から来た見慣れない少し変わった「ブサかわいい、そんな魚でも面白がる気質があるはず」と熊谷さんは微笑む。ただ、どんなに日本の海洋環境が変わろうとも「多様性あふれる沿岸域の生態系は守りたい」と強い思いを語ってくれた。

魚種が代わり、サンゴが増え、海藻が減ってしまった海に囲まれた日本。
そんな未来が来るのだろうか・・・!?
そのとき、私たちの暮らしはどう変わってしまうのだろうか。
気候変動による変化を食い止める努力と冷静に見つめる視点、そして適応する柔軟性が私たちに求められているのだろう。

資料・画像提供:熊谷直喜(気候変動適応センター)
取材編集:帆足泰子

熊谷直喜(くまがい なおき)
国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 主任研究員。
研究対象は造礁サンゴ群集や海藻藻場。気候変動に伴う生態系の変化観測、観測記録のデータベース化、生態系への気候変動影響の解明・将来予測などを行っている。