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人とプラスチックと化学物質
発生源トレーサビリティから考える「最適な関係」とは

2026.06.10

私たちの社会活動に欠かせないプラスチック製品。劣化することでマイクロプラスチック化するものもあり、生態系への影響が危惧されている。プラスチック製品には化学物質を使用した多くの添加剤が使われているが、マイクロプラスチックとなっても化学物質は含まれたまま大気や水を介して遠くへ運ばれる。マイクロプラスチックの問題は化学物質とどう向き合うかという地球環境問題でもあるのだ。人とプラスチックと化学物質の三角関係の最適解を改めて見つめ直したい。

「環境化学」という研究分野がある。自然環境の保全と環境問題の解決を目指す新しい分野であり、水や土壌、大気など、環境中に存在する化学物質がヒトや生態系にどのように蓄積し影響をもたらすかを研究する学問と言えるだろう。「化学物質」という存在に良いイメージを持つ人は少ないかもしれないが、現代社会において化学物質の活用を切り離すことはできない。化学物質は私たちの身の回りに深く浸透している物質なのだ。ただ使用している化学物質に「人や環境へのリスクが確認されたならば、規制のためのルール作りを急ぐ必要がある」と熊本大学大学院・先端科学研究部で環境化学を研究する中田晴彦准教授は言う。

「一般的に工業生産されるものは、化学物質による環境負荷を抑えるために一定の安全基準をクリアした上で製品化されていることは言うまでもありません。しかし雨や風、太陽光などにさらされ製品が劣化することで、添加剤として使われた化学物質が環境に流出し、結果として生態系にリスクをもたらす場合もあるのです」

これまで様々な化学物質に対して環境負荷が懸念されてきた。近年はマイクロプラスチックが環境負荷への大きな懸念となっている。

中田さんの研究は、環境中のマイクロプラスチックの汚染調査をするだけではない。紫外線などで劣化して長さ5 mm以下となったプラスチック片に含まれる化学物質を分析し、元々の製品は何だったのかを明らかにする「発生源トレーサビリティ」を行っている。その理由は、マイクロプラスチックの汚染源を特定してそこを集中的に対策することで、環境負荷の効果的な削減につながると考えているからだ。「原因あっての結果」なのだ。

近年、生態系に影響を与えるマイクロプラスチックが問題となっているが、中田さんは道路粉塵中のマイクロプラスチックに着目し、プラスチックに添加されている化学物質から発生源を追跡する研究を行なった。

「プラスチックの使用や車に乗ることを否定するつもりはありません。しかし、有害な化学物質を高濃度に含むマイクロプラスチックが生態系に与える影響は見逃せないところまで来ていると感じています。『毒を持って毒を制す』ではありませんが、プラスチック製品に添加された有害物質をトレーサーとして逆に利用することで、マイクロプラスチックの発生源を明らかにできると考えました。プラスチック製品の製造方法や使い方、環境負荷に対する考え方を見直すきっかけを社会に提供したいと思っています」

中田さんが研究を進めるにあたり集めた道路周辺のプラスチック製品。含有されている添加剤のプロファイルを調べていった。

中田さんの研究は、道路上および道路周辺で使用されるプラスチック製品の選定から始まった。熊本市内を中心に道路をひたすら歩き、道路粉塵中のマイクロプラスチック発生源になりそうなもの、すなわち道路塗料・道路標示・点字ブロック・反射板・工事用ポール・案内板、そしてプラごみであるビニール袋などのプラスチック製品142点を選定。路上で破損した一部を採取したり、DIYショップで購入したり、製品によっては専門業者から取り寄せたりしながら、それぞれの製品に添加されている化学物質の種類と割合を調査。可塑剤、酸化防止剤、紫外線防止剤、難燃剤、材質合成時の触媒など147種類の有機添加剤と17種類の重金属を検出、データベース化した。次に、熊本市の市街地から採取した道路粉塵に含まれるマイクロプラスチックを回収して材質と添加剤の化学分析を行い、48種類の有機添加剤と14種類の重金属を検出した。そしてプラスチック製品に添加された化学物質のデータベースと道路粉塵中のマイクロプラスチックから得られた添加剤のデータを併せて統計処理した結果、マイクロプラスチックのほとんどがタイヤや路面塗料などに由来していることがわかった。
「道路粉塵といえばタイヤの摩耗塵をイメージする方も多いかと思いますが、実際には路面塗料や反射材、点字ブロックなどもマイクロプラスチックの発生源となっていることが研究を通して分かりました。タイヤだけでなくこれらの製品に関してもマイクロプラスチックの発生源として認識されるべきでしょう」

ちなみに測定された道路粉塵中マイクロプラスチックの元製品の内訳は、タイヤ(30%)、路面塗料(26%)、点字ブロック(23%)、路面標示シート(9%)、反射板(7%)、ポール(1%)の順で、路面塗料が道路粉塵中のマイクロプラスチックの中で大きな割合を占めていることがわかった。
「今回の研究は、道路粉塵中のマイクロプラスチックと元のプラスチック製品にそれぞれ含まれる化学物質の組成を比較する『指紋照合』のようなものです。添加された化学物質のプロファイルを調べることで元の製品が何であったかを突き止める『発生源解析』の技術開発に貢献できたと考えています。プラスチック製品のデータベース化は大変な作業でしたが、研究室の大学院生がコツコツ一生懸命取り組んでくれました。化学物質をトレーサーとした明確なエビデンスを示せたことは、今後、自治体や企業が環境面をより考慮した道路整備を考えていく上で役立つと考えています」

道路標識の劣化の様子。下段の矢印は「自転車利用者は歩行者に注意しましょう」という文字が、時間の経過とともに徐々に消えていっている様子を示している。

道路粉塵中のマイクロプラスチックは川や海の生態系にも影響を及ぼしている。そんな現実について、中田さんから2021年に発表されたワシントン大学による調査研究を例に教えてくれた。
「1990年代以降、ワシントン州・シアトル近郊の河川では大雨が降ると産卵のために遡上したギンザケが大量死するという現象が見られたそうです。ワシントン大学を中心とした研究グループの長年の調査によって、道路から大気を経由して川に流れ込んだ化学物質の変化体が原因でギンザケを大量死させていたことを突き止めました。タイヤゴムに含まれている化学物質6PPDが大気中のオゾンと反応して6PPDキノンという物質になり、雨が降ると道路に落ち、雨水とともに排水路から川に流れ込み、川を遡上するギンザケに影響を与えていたのです」

タイヤの原料は石油由来のプラスチック素材であるため、その摩耗塵はまさにマイクロプラスチックだ。添加されていた化学物質を付着させたまま川に流れ込み、海へと流れ、生態系に影響を及ぼす。中田さんはマイクロプラスチックの環境負荷を考えるとき、その量や粒子の大きさだけでなく添加された化学物質の種類や濃度にも注目してほしいと言う。
「プラスチック製品はより高い品質を保つために化学物質である添加剤を必要とします。それ自体は不可欠なことですが、プラスチック製品はさまざまな要因で次第に劣化します。やがてマイクロプラスチックとなり有害な化学物質を含んだまま環境中に存在することになるのです。現在のプラスチック製品はこれらを想定して製品化されていないと思います。今後、プラスチックを生産する側には留意すべき課題になるでしょう」

中田さんの研究室が熊本市内のモニタリングポストから地下水を汲み上げて行った調査の様子。
地下水にもマイクロプラスチックが含まれていることがわかった。

マイクロプラスチックは、川や海だけではなく地下水にも及んでいる。
中田さんたち研究チームが地下水を調査したところ、マイクロプラスチックが確認されたそうだ。地表のマイクロプラスチックが土壌層を通過して地下水に届くなんて本当にありえるのか。中田さんはそれを確かめるため沖縄県の洞窟で実証的な調査を行った。人の出入りが少なくプラスチックの影響を受けていない洞窟内で、天井から落ちてくる水滴を採水しようと考えたのだ。「洞窟の天井から落ちてくる水にマイクロプラスチックが含まれていたら、地表から土壌層を通過したことの証明になるかなぁ・・・と。それを確かめる場所は人の出入りの少ない洞窟が適当と思ったのです」

そして、実際に洞窟の水からマイクロプラスチックが検出された。地表にあったマイクロプラスチックが土壌層を通り抜けて地下水層に到達していることが実証されたのだ。ただ、その濃度は低く低濃度だったのでマイクロプラスチックの影響は限定的との見通しを示した。
「今回はマイクロプラスチックのサイズが小さすぎて発生源を高精度に特定するには至りませんでしたが、マイクロプラスチックがどこからきているのかを調査し特定していくことは必要だと思っています。地下水からマイクロプラスチックが検出されたことは残念な驚きですが、私たちが提供するエビデンスが次のアクションにつながっていくと信じています」

沖縄での地下水調査のイメージ。路面や農地から土中に染み込み地下水となった水には、マイクロプラスチックが含有されていることがわかった。

プラスチック問題に関しては対策の必要性を感じながらもなかなか重い腰を上げられない社会の中、中田さんが行う「発生源トレーサビリティ」は、今後大きな役割を果たしそうだ。日本社会は何事も因果関係がはっきりしない段階では動きにくい傾向があるが、マイクロプラスチックの発生源と含有する化学物質に影響が認められるならば、エビデンスを持ってピンポイントの予防対策を行うことができるはずだ。プラスチック添加剤を化学指標とした点も、添加剤に含まれる化学物質について考える機運となりそうだ。人とプラスチックと化学物質の三角関係は切っても切れないもので、安直に否定していては社会的合意が得られず、結果的に何も前に進まない。だからこそ私たちは、人とプラスチックと化学物質の「最適な関係」を真剣に考えなければいけないのだ。

画像・資料提供:中田晴彦(熊本大学)
取材編集:帆足泰子


中田晴彦(なかた はるひこ)
熊本大学大学院 先端科学研究部(理学系)准教授。
専門分野は環境毒性化学、特に化学物質による地球規模の環境汚染や野生生物への影響について研究している。生物への影響が懸念されるマイクロプラスチックについても陸域から淡水域、海域まで幅広い環境を対象に調査を進め、プラスチック添加剤の環境負荷に関する研究を行っている。また生来の歴史好きが高じて旧大名家の墓室副葬品や歴史文化財の化学分析も展開している。