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課題を乗り越え、社会の仕組みを変え、常識としよう。
素晴らしい体験ができるライフジャケット着用の世界。

2026.06.25

水辺でのライフジャケット着用の必要性は多くの人が知っているだろう。
しかし、実際には「自分は大丈夫!」「今回は必要ない!」と思い込み、海や川でライフジャケットを着用せずに楽しんでいる人もいるのではないだろうか。
水辺は学びにも遊びにも素晴らしい場所だが、万が一のリスクに対する備えは必要だろう。特に子どもにライフジャケットを着用させる大切さは大人がしっかりと認識したいものだ。
水辺を楽しむ行楽シーズンの夏を目前に、ライフジャケット着用の大切さについて専門家に話を聞いた。

夏の水辺は楽しい。でも、危険はすぐそばにある

まもなく夏本番がやってくる。
夏になると、海や川に遊びに行く人も多いだろうが、安全への備えはできているだろうか。
警察庁発表の「令和7年夏期における水難の概況」よれば、過去5年間の夏期における水難発生状況は概ね横ばいだそうだが、「ゼロではない」という事実は知っておくべきだろう。子どもの水の事故は毎年多くの尊い命を奪っており、本当に悲しいものだ。

子供の水難事故を防ぐためにできること

子どもの水難事故を防ぐために私たち一人ひとりができることは何だろうか。まず挙げられるのは、ライフジャケットを着用するという意識を持つことではないだろうか。
ライフジャケット着用の啓蒙活動は、自治体などによって継続的に行われている。しかし、「日本では、ライフジャケット着用の意識が社会にしっかりと定着していない」と話すのは、国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域人工知能研究センター・主任研究員である北村光司さんだ。
北村さんは、人工知能(AI)を活用し、事故防止や生活環境の課題解決など、より快適な社会の実現に向けた研究に取り組んでいる。

令和7年夏期(7~8月の2ヶ月間)における全国の水難概況。水難者は535人で、そのうち中学生以下は103人(19.3%)だった。ここ数年の発生状況は概ね横ばいである。(出典:警察庁「令和7年夏期における水難の概況」)

ライフジャケット着用が「当たり前」になるための3つの課題

「水辺でライフジャケットを着用することが“当たり前”になるためには、いくつかの課題があると思っています。特に子どものライフジャケット着用については、大人の意識改革も欠かせません。一つの課題を解決すれば済むというものではなく、複合的に取り組みを進める必要があるでしょう」
そう話す北村さんは、次の3点を大きな課題として挙げる。
・ライフジャケットの選び方
・ライフジャケットの着用方法
・着用を促す社会の仕組み

「どれを選べば安全か分からない」-ライフジャケット選び方

「国土交通省が定めた安全基準を満たしているライフジャケットには『桜マーク』と呼ばれる認証マークが付いています。小型船舶の乗船時にはこの桜マーク付きライフジャケットの着用が義務付けられています。
しかし、水遊びなどで使用される一般のライフジャケットには、未だ統一された認証制度がありません。製造企業や水辺の安全に取り組む団体の努力によって、安全性能が高いライフジャケットは数多く販売されていますが、安全基準を満たしていることを示す認証マークが複数存在しており、消費者にとって分かりづらい状況です。
さらに、ライフジャケットに安全認証マークがついていること自体が社会に十分認知されていないため、認証マークの有無が購入の際の判断基準になっていないのです」

国土交通省が試験を行い、安全基準への適合を確認したライフジャケットには、 「桜マーク」(型式承認試験及び検定への合格の印)が付与される。出典:国土交通省
水難事故を防ぐために入手すべきライフジャケットであるにもかかわらず、その安全性能が十分に伝わらなければ、結果として価格やデザインだけで選ばれてしまう恐れがある。そうなれば、着用していても十分な安全性が確保できない可能性もあるのだ。このような現況ではライフジャケット着用の意味もない。
現在、複数の認証マークが混在しているという課題はあるものの、少なくとも認証マークが付いている製品は、一定の安全性能が担保されたライフジャケットということでもある。認証マークの有無を確認することは、ライフジャケット選びにおける必須ポイントといえるだろう。

「ライフジャケット購入を検討している方は、ぜひ安全基準を満たした認証マークがあるかどうかを必ず確認して欲しいと思います。また、買う側だけでなく、売る側の意識も大切だと思っています。店頭販売でもオンライン販売でも認証マークの有無について、消費者に分かりやすく提示してもらえると、ライフジャケット選びで迷う人も少なくなるのではないかと思っています」と北村さんは話す。

着ているのに守られない?正しいライフジャケットの着用方法

出典*セーフキッズジャパン
2つ目の課題は、ライフジャケットの「着用方法」に関するものだ。
「事故を未然に防ぐためにライフジャケットを購入しても、間違った着用をしていては意味がありません。子ども用ライフジャケットは、浮力材が内蔵されたベスト型の固定式が推奨されていますが、着用時には身体にしっかり密着させる必要があります。しかし、子ども自身は適切な締め付け具合が分からず、ベルトをきつく締めるのを嫌がって、緩いまま着用してしまうケースもあるようです。その状態では落水した際にライフジャケットが頭から抜けてしまう可能性があります」

子ども用ライフジャケットは、「股ベルト」の重要性がよく語られるが、ライフジャケットを体に密着させるベルトについても、改めて注意を払いたいものだ。
もちろん説明書やWEBサイトで正しい着用方法が紹介されているものの、誰もが迷わず正しく着用できる仕組みづくりには、まだ改善の余地がありそうだ。北村さんも「テクノロジーやアイデアによって、さらに改善できることがあるのではないか・・・」と考えている。
令和7年夏期(7〜8月の2ヶ月間)における全国の水難事故死者・行方不明者数(中学生以下)の場所別構成比。水辺では海と河川での水難事故が圧倒的に多いことが分かる(出典:警察庁「令和7年夏期における水難の概況」)

「必要だとは思っている。でも、なかなか手に取れない」社会の課題

3つ目の課題は「着用を促す社会の仕組み」に関するものだ。
「年に1〜2回しか海や川に行かない人にとって、ライフジャケットの購入意向はどうしても低くなります。特に子どもは成長しますから翌年にはサイズが合わなくなってしまうこともあります。そのため、必要性を理解していても実際には購入をためらう人が多いのではないでしょうか」
こうした背景から、北村さんは「ライフジャケットは『買う』だけでなく、『借りる』という選択肢を社会に根付かせていくべきだ」と話す。

近年は、ライフジャケットのレンタルステーションも増えてきている。「例えば、水辺近くのコンビニなどでもライフジャケットのレンタルが可能になれば、海や川ではライフジャケットを着用するという意識がもっと社会に定着していくのではないでしょうか」と北村さんは期待を寄せる。

さらに、「2026年4⽉から⾃転⾞運転者に対する⻘切符制度が始まりました。この制度は、ライフジャケット着⽤を考える上でも参考になると思っています。違反者に対して反則⾦を科す制度についてはいろいろな意⾒があるとは思いますが、自転車の青切符制度のようにライフジャケットも着用することが常識という考えを社会に根付かせる必要があると思います。強制力だけで社会を変えることは難しいですが、誰もが気軽に利用できるようにレンタルなどの支援策と合わせて、社会の仕組みを整えていくことも⼤切だと思っています」と提言する。

令和7年夏期(7〜8月の2ヶ月間)における全国の水難事故死者・行方不明者数(中学生以下)の行為別構成比。水難事故は、泳いでいるときよりも水遊び中に多く発生していることが分かる(出典:警察庁「令和7年夏期における水難の概況」)

浅いから大丈夫、は思い込み。水は想像以上に、人を流す

水辺でのライフジャケット着用義務化については、理解や法整備の面で課題も多いだろう。しかし、ライフジャケットのレンタルが当たり前となる社会づくりは、積極的に検討を進めてもいいのかもしれない。
そして北村さんは、「社会の仕組みを変えていくためには、大人の意識変革がとても大切だ」と語る。
「海や川などの水辺での子どもの水難事故は、泳いでいるときよりも水遊びをしているときの方が死亡事故発生の割合が多いことが分かっています。『水深が浅いから大丈夫』『少し遊ぶだけだから』といった油断は禁物です。子どもの命を守るためには、大人が水辺の安全に関する知識を持っておくことが大切です」

北村さんが河川での水難事故に関して行った研究によると、河川では水深が深くなるにつれて、身体が受ける水流の力が大きくなるという。
川底が見えにくく、思わぬ深みに足を取られることもある河川では、陸上以上に注意が必要だ。また転倒して尻もちをついた場合は、水流を受ける身体の面積が増え、さらに強く流される流されてしまう危険性がある。川であっても海であっても、このような水難事故発生のリスクを周囲の大人が理解しておくことが、子どもの命を守るためには必要なのだ。

流速が同じでも深い場所に移動すると流される力が急激に大きく働く。実験条件では水深が30cmを超えると流される力の変化が大きくなっている。また同じ深さでも流速が速くなると流される力が大きくなることが分かる。
わずか16cmの水深でも尻餅をついてしまうと、水に流される力がより大きく働いてしまうことが分かる。

ライフジャケットは、命を守り、体験を広げるギア

水辺でのライフジャケット着用には、課題も多く、社会の常識として定着するまでにはもう少し時間がかかるかもしれない。しかし、北村さんは、「ライフジャケット着用の安全面だけでなく『着用することによって得られる素晴らしい価値』にも注目して欲しい」と話す。

「ライフジャケットは水辺での命を守る道具ですが、着用しているという安心感は、水辺での時間をより楽しいものにしてくれます。特に子どもにとっては、水遊びだけでなく、水際や水中に生息する生きものの観察など自然体験を通した学びの機会も、より充実したものにしてくれるでしょう。水辺を思いっきり楽しみ、好奇心を育むために欠かせないギア。それがライフジャケットなのです」

今年も、北村さんのような研究者や水辺の安全を考える団体、自治体など、多くの人たちが「水辺でのライフジャケット着用」に関する啓蒙活動を続けている。
売る側も買う側も、大人も子どもも、さまざまな課題はあるかもしれない。しかし今一度、ライフジャケット着用の必要性について考えてみたい。

ライフジャケットがもたらす安心感の先には、海や川から贈られる、素晴らしい体験が待っているはずだ。

資料提供:北村光司(産業技術総合研究所)
取材編集:帆足泰子
参考:

北村光司(きたむら こうじ)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 人工知能研究センター 主任研究員。
子どもの障害予防や介護環境などにおける問題を解決するために、データ分析や可視化のプログラミング、センサなどを用いた事故の再現実験や検証実験などを行っている。
NPO法人 Safe Kids Japanの理事でもある。