Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#014 赤羽修弥さん
「あの日、身体に刻まれた手応えが、僕の釣りの原点。」

小さなザリガニ釣りから始まった冒険は、やがて自然と向き合う人生へと変わっていった──。

釣りを通して、身近な魚や水辺の生態から思考を広げ、地球環境とのつながりや理科的な視点にふれる──そんな「学びと発見」に満ちた、子ども参加型のワークショップ。会場では、目を輝かせながらルアーに色を塗る子どもたちの姿と、ひとりひとりに寄り添いながら、やさしく語りかける赤羽さんの姿がそこにあった。
釣り歴は50年以上。そんな赤羽さんの原点について話を伺った。
少年時代の“手応え”がすべての始まり
赤羽さんの釣りとの出会いは、小学校3、4年のころ。駄菓子屋で買ったイカをタコ糸に結び、近所の田んぼでザリガニを釣った。
「こっちは釣り上げたいから引っ張る。向こうはそれを嫌がって引っ張る。その“引かれる感覚”が楽しくて」
──それは、身体に刻まれた感動の記憶。

「釣りは、魚とつながるスポーツなんです。糸を通して魚と駆け引きをする。そのやりとりが本当に面白くて。当時はまだあまり釣りを知らないので、リールを使って遠くへ投げればいっぱい釣れるんじゃないかと思っていました。情報も少なかったから、古本屋で買った釣り雑誌を読み漁っていましたね。特に夢中になったのは、当時連載されていた日本を代表する釣り漫画。『あんな釣りがしたい!』とワクワクしながら情報収集するうち、ふだん通っていた池にもブラックバスがいるらしいと知って、さらにのめり込んでいきました」


ただ、当時は釣り=“暗い趣味”という印象が強く、友人にはなかなか言えなかったという。
「自分のなかでは、キャスティングして、リズムよく巻いて、動きで誘って、という感じがスポーツっぽいなと思っていたんですが、周りにはうまく説明できませんでした。学校でもやっている人は少なくて。でも近所で同じように釣りに夢中な同世代と出会ったりして、そこからつながりが生まれていきました」
そうしてどんどん釣りにハマっていった赤羽少年は、やがてアメリカに“バスプロ”と呼ばれる職業があることを知る。
「こんなに面白いことで生活できるなんていいなぁと思いましたね。そこから、競技の世界に足を踏み入れていったんです」
釣りが教えてくれる自然との付き合い方
今回のイベントでは、ルアーペイントの前に赤羽さんによる講演も行われた。魚の生態や行動、肉食である魚がルアーに食いつく理由などを、イラストを交えてわかりやすく解説。子どもたちは楽しみながら学び、クイズでは積極的に手を挙げる子も多かった。


また、このイベントは、釣りの魅力を伝えると同時に、「魚が元気に生き続けられる豊かな海や川、湖を守るにはどうしたらいいか」を一緒に考えることもテーマのひとつだった。赤羽さんはイベントにかける想いをこう語る。
「釣りの楽しさはもちろんですが、自然の大切さ、豊かさに触れてもらいたい。うちの子もゲームばかりで、なかなか外に出たがらない。でも自然のなかにでると、いろんな新しい発見がある。そういう体験を、子どもたちにも味わってほしいんです。
自然のなかでは、ときには痛い思いや、びっくりすることもあります。たとえば林に入ったら蜂がいたり、夏には草が茂っていて足元が見えず、陸だと思って踏み出したら、そこが川や湖で落っこちちゃったり……。でも、そういう経験を重ねることで、『これ以上進んだら危ない』という感覚が育っていく。危険察知能力みたいなものが、だんだん身についてくるんです」
自然とのふれあいは、ただの娯楽にとどまらない。子どもたちの“生きる力”や感性の根っこを、じっくりと育んでいく──釣りは、そんな学びの入り口でもあるのだと、赤羽さんは知っている。
自然にふりまわされるからこそ、面白い
その実感を、次世代へと手渡すように。今回のイベントでは、自身の経験から得た発見や気づきを、子どもたちにていねいに伝えていた。
「まずは魚を知ること。どんな場所にいるのか、どんな生活をしているのか、なにを食べるのか。たとえば、春は産卵に向けてエサをたくさん食べる。夏は涼しい場所にいる。そういった行動パターンをふまえて、自分が魚だったら──と想像して釣りをするんです」

「本当は“今日はこういう釣りがしたい”という理想もあります。でも自然相手だと、気象条件や水の透明度、水位の変化などによって、思い描いていたスタイルがまったく通用しないこともある。そんなときは、ぐっとこらえて、その日の状況に自分を合わせていくんです。耐えることも多いけど、そのぶん、釣れたときは本当に嬉しいんですよ」
そんな赤羽さんの釣りを支えるのが「道具」だ。
「魚がその時期に食べているものに似せたルアーを選んだり、水の濁りや透明度によって色を使い分けたりします。透明な水ならナチュラル系、濁っていればシルエットがはっきりする黒っぽい色など。その日の自然に合わせて工夫していくうちに、気づけば道具がどんどん増えていって(笑)」
釣りは、読み・工夫・観察の積み重ね。だからこそ、だれにでも自分のスタイルで楽しめる懐の深さがあるという。
「小さな子どもからご年配の方まで、それぞれのペースで楽しめるのが釣りのいいところ。川釣り、海釣り、繊細なタックルでじっくり挑む釣り──いろんなスタイルがあるからこそ、だれでも自然とつながることができるんです」
釣りを通して広がる世界
イベント後には、保護者からも多くの感想が寄せられた。「これをきっかけに釣りをはじめたい」と話す家族、「ふだんは色塗りが嫌いなのに今日は夢中になっていた」と驚く声、「親としては食べられる魚を釣ってほしい」といった実用的な意見までさまざまだ。
ある保護者は、「子どもが小学校3年生になって、ちょうど理科の授業が増えてきた時期だったんです。『理科ってなに?』というタイミングで、こういうイベントに参加できて本当に良かった」と話してくれた。


「釣りは、ただ魚を釣るだけじゃないんです。地形や季節、自然の動き──いろんなものが関わっているので、自然と視野が広がる。そこから植物や動物など、広い世界への興味も広げていける。それが釣りの魅力のひとつですね」
「私も若いころは“釣ること”だけを考えていました。でも、いまは釣れない時間にも豊かさを感じられるようになってきました。紅葉の色の移ろいや、星空の美しさ……そういう自然の変化にも目が向くようになったんです」
そう語る赤羽さんのまなざしは、少年のようにキラキラと輝いていた。未来の担い手たちに釣りの魅力を伝える“橋渡し役”として、経験や知識を惜しみなく注ぎながらも、子どもたちの自由な発想や感性から、新たな気づきを受け取る姿がそこにはあった。
「万博公式キャラクターを描いていた子もいましたし、図鑑を見ながら特徴を忠実に再現している子もいた。それぞれに思いを込めながら塗っていたのが伝わってきて、本当に感動しました。いろんな色の感性や創造性があって素晴らしかったですね。実際に使ってみたいと思うほど完成度が高いものもありました」






目の前の子どもたちが夢中で塗り上げたルアー。そこには、大人では思いつかないような自由さと、まっすぐな感性が息づいていた。そんな瞬間のひとつひとつを、嬉しそうに見つめる赤羽さん。そのまなざしの奥には、釣りとともに歩んできた年月と、変わらぬ探究心がある。
「釣りはもう、私にとっては人生そのもの。50年以上やってますけど、毎回違う発見があるんですよ。昨日と同じ場所に行っても、風の向きや水温が少し違うだけで、魚の反応が変わる。それが面白いんですよね」

フィッシングプロアングラー。東京都出身。霞ヶ浦を拠点に開催されているW.B.S.プロトーナメントのスタープレイヤー。同水系で競われたBasserオールスタークラシック3連覇という前人未到の記録を達成したレジェンド。
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Text by Eiko Ueda
Photograph by Takeshi Kudo
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。