Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#018 大野隼男さん
−人生に必要のないことを考え、自分に必要なことを忘れさせる−

フォトグラファー大野隼男と釣りの関係性
クリエイターには釣り好きが多い。
それは単なるイメージではなく、決して偶然でもなく、その関係性には確かな理由があるはずだ。
釣具メーカーDAIWAを運営するグローブライド社は、「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。
釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。
そこに、クリエイターとの親和性のヒントがあるのでは。釣りはなぜ、クリエイターを魅了するのか。
その答えを探るべく、最近釣りの魅力に取り憑かれたというフォトグラファーの大野隼男氏に話を聞いた。
氏による撮り下ろし写真とともに、クリエイターを魅了する釣りの魅力を通じて、大野氏のクリエイティブの源泉を紐解く。

不安を抱いていた将来への活路を開いた写真への興味
—大野さんがフォトグラファーの世界に進もうと思ったのはいくつぐらいの時だったんですか。何かきっかけがあったのでしょうか。
僕が通っていた高校は校則が存在しないぐらい自由な校風で、そういう環境で伸び伸びと育ったこともあり、卒業後に普通に会社に勤めている自分が想像できなかったんです。親からも「あなたにサラリーマンは無理」って言われるぐらいで(笑)。
—どうして無理だって言われたのでしょうか。
みんなと同じことをする、みんなと同じ輪の中で活動するっていうのがあまり得意ではなく、ちょっと浮いているような子供だったかもしれません。協調性がないというわけではないのですが。
将来に関しては中学生の時から不安に感じていたのですが、映画や音楽が大好きで部屋には音楽誌やファッション誌から切り抜いた写真などが壁全面に貼られていて、写真なら自分もやっていけるかもしれないという思いはありました。




—映像や写真などビジュアル関連に興味があったんですね。
最終的に写真の世界への後押しとなったのは、映画の中で写真が出てくるシーンがあってそのシーンを見た時に写真って良いなと思い、フォトグラファーになるための専門学校に進学しました。
—専門学校を卒業してからすぐにフリーでお仕事をされたんですか。
学生時代も含めて5年間はアシスタントでした。その後に独り立ちをしてファッション誌からキャリアをスタートさせました。いちばん興味があったのは音楽だったんですけど、好きだからこそあえて撮りたくないという思いもありました。
—「撮りたくない」と思ったのはどういう理由からですか。
その当時の感覚だとファン目線になってしまう事が嫌だったからです。
—高校時代にファッション誌も愛読されていたならファッションも好きだったんですよね。
好きでしたね。僕の10代後半は「the Antwerp Six(アントワープの6人)」の影響で、古着×ハイブランドのような着こなしが流行っていました。僕が最初に目指したのはスタイリスト兼フォトグラファーでした。ですがアシスタントを経験して、フォトグラファーの仕事だけでも大変なのに、さらにスタイリスト業まで並行してやるのは無理だと思い写真一本に絞りました。



見る人の想像力が入り込めるように写真に余白を生む
—現在はアーティスト写真から広告、ファッションと幅広く活躍されていますが、ジャンルによって被写体に対するアプローチも異なるものでしょうか。
僕の場合はジャンルによってアプローチは全く異なります。例えばファッションは洋服とモデルありきなのですが、自分の好きな世界を作れる場所のようにも感じます。広告の場合は現場に集うプロフェッショナルが自分の役割に徹して共通のゴールを目指していく感じ。ファッションには明確な答えはないような気がしますし、ファッションは時代であり、新しい気持ちにさせてくれるポジティブなエネルギーを感じます。広告はコンセプトを含めて先にゴールを共有していることが多い。その違いだけでも自分が被写体とどう向き合うのかというのは変わってきます。全てにおいて大切にしているのは「どう撮って、どのように見えたら面白いか」という自分の視点です。あとは被写体もチームもクライアントも望まないことはしたくないですね。
—大野さんは過去のインタビューでご自身の作品の「余白」について話していました。写真における「余白」の重要性とはどういうものなのでしょうか。
僕は写真というのは見る人のメンタリティによって印象が変わると思っています。
—メンタリティが違えば今日と明日でも変わる?
変わるはずです。青空の写真は10代の時ならただの風景写真のようにしか思えないはずですが、年齢を重ねて大人になればいろんな情景が重ねってきてときには涙を流すことだってあると思います。僕は写真というのは見る人の想像力によって拡張していくメディアという考えです。だからこそ、その想像力が入り込める「余白」という存在が写真にとって重要になってくるのではないでしょうか。
—その余白を生み出すためにフォトグラファーとして意識していることはありますか。
自分の感情に素直になる事、目に見える物をどう感じるか考える事、人の話しを聞く事でしょうか。
—現在の大野さんのフォトグラファーとしてのスタイルを確立したようなターニングポイントはありますか。
僕は「自分の好きなやり方で撮っていく」と決意した事です。24歳で師匠から離れて、それから3年間は雑誌社の社員カメラマンとして月の半分は会社の仕事、残りの半分は自分への依頼をこなすという働き方でした。そこで自分に直接オファーがあった仕事でやったのが、当時の雑誌で主流だったきれいなライティングとは真逆のアプローチです。それを評価してくれる声が多くて、自分のやり方は間違っていないと自信が持てた瞬間ですね。
釣りは写真のことから離れることができる唯一の時間
—もしかしたら釣りとの出会いも人生のターニングポイントかもしれませんが、釣りを好きになったきっかけはなんだったのでしょうか。
1年ぐらい前にプライベートで八丈島を訪れたときに現地で知り合った人がすごい釣り好きだったんです。僕からすると「そんなに夢中になれるもの?」と疑問だったのですが、とにかく楽しそうなので自分でもやってみるかと。それまでは釣り堀ぐらいしか経験はなくて、釣りを楽しんだ記憶はなかったです。
—現在では大野さんも釣りに夢中になっているんですよね。何が理由だったのでしょうか。
八丈島で釣りをしたというのが大きかったです。いろんな種類の魚が釣れましたし、ロケーションも最高に気持ち良かった。魚の知識も皆無だったので、釣れるたびに新しい生き物との出会いがあったんです。前回の平野太呂さんの記事にもありましたが「有意義な無駄」というのは本当にそうで、24時間写真のことを考えているような僕が、釣りをしているときだけは写真のことから離れることができるんです。


—釣りを本格的に始める前はどうやって気分転換をしていたんですか。
僕はあまり外に飲みにも行かないし遊ぶってことをほとんどしないんです。趣味らしい趣味といえばランニングですが、それも写真のことを集中して考える時間でもありました。僕の頭を空っぽにしてくれたのは釣りが初めてかもしれません。
—釣りによってリセットできることは大野さんの仕事にも好影響を与えていますか。
仕事で頭がいっぱいになることは多々あって、そういうときに自分をリフレッシュさせる意味でも釣りという選択肢ができたのは良かったです。釣りが直接的に仕事に好影響を与えているかはわかりませんが、人生を楽しむ選択肢が増えていることは間違いないです。
—大野さんがいかに釣りにハマっているのかが伝わってきます。
僕は近いうちにアメリカで生活することを考えていて、そうなると日本ほど仕事に追われることもなくなるはずです。自分の時間が増えたら何をして過ごそうか今から考えるだけでワクワクしています。ありがたいことに今は忙しくさせてもらっていて毎日充実しているのですが、釣りの充実度はそことは真逆の位置にある感じです。
人生に必要のないことまで考えてしまう「有意義な無駄」
—「クリエイターは釣り好きが多い」という考えをどう思いますか。
クリエーションも釣りもとにかく頭を使って考える必要があります。その点ではリンクする部分はあって、さらに考えた先にロマンが生まれるというのも共通していることだと思います。僕は釣りをしていると海底の地形のことをすごく考えるんです。どんな魚が棲んでいるのか、ここで根掛かりが起きたのはこういう地形に違いないとか、そういう想像もロマンだと思うんです。
—キャッチするために頭をフルに使って考える。それはカメラの前の被写体も釣り糸の先の魚も同じかもしれないですね。
被写体のモデルさんを最も魅力的に撮影するために骨格や体型までを考えてライティングや関わり方を決めますし、釣りにおいても同じようなことかもしれないですね。



—今回は大野さんに船上での撮影も依頼しましたが、写真と釣りの充実度は真逆だとしたら無理なお願いをしてしまったのでしょうか。
いや、面白かったですよ。撮影を依頼されるときは「被写体をこういう風に撮ってほしい」という風に言われたりするのですが「ルールはないので自由に撮ってください」と言っていただけたので最初に考えていた撮影プランから変更して、本当に自由にやらせてもらいました。
—撮影した写真はその場で見せていただきましたがアートの写真集のようで驚きました。炎天下で撮影したとは思えない幻想的な雰囲気が漂っていました。
最初はドキュメンタリーのような記録的な写真を撮るつもりだったのですが、釣りと写真についての話しの所に載る写真なので「光と色」をキーワードにして撮影しました。

—船上では船長と話し込んでいましたね。
人と話し込むことで考え方を整理して、自分なりの解釈を生み出していくのが好きなんです。先ほど「有意義な無駄」という言葉がありましたが、人生において考えなくてもいいことを考え続けたり、自分にとって考え続ける必要があることを忘れさせてくれたり、釣りをするために休みを作るということが有意義ですし、それでいて貴重な休日を全て釣りに費やすというのは無駄なことのようでもある。だからこそ釣りは「有意義な無駄」と僕は解釈しています。
—大野さんにとって釣りを好きになったからこその発見とはなんでしょうか。
自分のためのゆっくりとした時間を作っていきたいと思う気持ちと繋がっているように感じます。アメリカでの生活を考えたのも日本は仕事のサイクルが早すぎるので、もう少しじっくり長く付き合えて時間をかける仕事のやり方にシフトしたいと思ったからなんです。旅もしてみたい気持ちもあります。
—旅先の異国の地でも釣りをするかもしれないですね。
すると思いますよ。すでにアメリカだったらどんな魚が釣れるんだろうとよく想像しています(笑)。「自分のためのゆっくりとした時間を作る」というのは釣りに出会っていなくても考えていたことでした。ただ、釣りと出会ったことでこれからの自分の人生で贅沢な無駄な時間が増えていくのかなとは思います。
Photo : Toshio Ohno(CEKAI)
Model : Shuhei Kai
Producer : Yusuke Soejima(QUI)
Edit : Ryota Tsushima(QUI)
Art Director : Masahiro Kikuchi(STUDIO UNI)
Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。