Story

#026 原田知征さん
—バケツいっぱいの釣りから、考える釣りへ

2026.02.06

長崎県の離島、壱岐島の北部、勝本町。観光の島として知られる壱岐のなかでも、勝本はとりわけ“漁の町”としての輪郭が濃い場所だ。
イカ釣り船がひしめき、港のそばに商店が残り、昔ながらの町並みがどこか懐かしい。

この町で「魚に合うクラフトビール」を製造する原田知征さん。焼酎蔵の家に生まれ、焼酎由来の白麹を使ったクラフトビールの醸造や、県内外のイベント出展をほぼ毎週のようにこなしながら、この島、この町の魅力を発信し続けている。

海と共にある島で、幼い頃から身近にあった釣りは、大人になって、経営者になって、どのように変化していったのか。店先に正月飾りが掲げられ、新年らしい空気が漂うなか、年始のエギングのひとときに密着させてもらった。

釣りは“当たり前の風景”だった。毎日20杯、30杯

原田さんの釣りは、幼い頃から生活のなかの風景として存在していた。小さい頃の遊びといえば、商店街を走り回ってボール遊びをするか、山に秘密基地を作るか、海釣りに行くか。

「ちっちゃい時は本当に、何か釣れれば楽しかったですね。食べるのが楽しみというよりは、釣ること、釣れること自体が楽しくて。バカみたいにバケツいっぱい釣ったりとかするんですけど、母は『こんなに釣ってきてどうするの?』みたいな感じになって」

「僕の父とじいちゃんもイカ釣りをしていて、毎年秋、10月くらいになると、仕事終わりにイカ引き(小船に乗ってエギを引っ張って狙う、勝本に根付いた釣り方)に出て、20杯、30杯と釣ってくるんですよ。本当に毎日」

たくさん釣れたイカ。墨の処理に文句をいいながら、その日のうちに両親が捌いていく風景も、なんだか楽しかったという原田さん。食べ切れないものは干したり、お裾分けしたり。

「この辺では、お裾分けでもらってきた魚を『魚が泳いできた』っていうんです。あんまり買うっていうことがなくて。ここの朝市も、この辺りの漁師と、山の方の農家が物々交換し合ったのが始まりだそうで」

暮らしのなかに釣りが根付いている勝本町。新鮮な魚もイカも、当たり前の存在だった。撮影中にも、同じく釣りに来ていた親戚のおじさんに出会った。そのくらいこの島では、釣りが身近にあり続けている。

高校までは、この島を出たかった

いま、勝本で醸造所兼タップルーム『ISLAND BREWERY』を構え、移住の促進などまちづくりにも携わる原田さんだが、若い頃は「とにかく島を出たい」と思っていた。

「高校までは本当に、この島を出たくて仕方なかったんですよ。遊ぶところも何もないし、やっぱり外の世界は眩しく見えていて」

島の外には刺激がある。都会のスピードや、選択肢の多さが眩しく見える。東京農業大学に進学し、酒造りを学びながら島を離れて暮らす時間を重ねるほど、反対に壱岐の良さが見えてくる感覚を覚えたという。

「自然の豊かさだったり、空気の綺麗さだったり、人がせかせかしていない感じだったり。あとはもう、すべての食べ物が美味しいなと思って」

それからは毎年のように、大学の友達を連れて帰省するようになったという。壱岐島の時間、魚、空気感。再発見した地元の良さを案内し、好きになってもらう。酒造りを継いでからも、もっと壱岐島を知ってもらうためにどうしたらいいかを考えた時、自然と「魚に合うビール」という発想が立ち現れてきた。


「やっぱり乾杯の一杯目はビールで、でもそこにあるのは壱岐の美味しい刺身で。普通のビールで飲むのはもったいないって気持ちがあって、『魚に合うクラフトビール造り』を始めました」

ISLAND BREWERYのロゴマークは、壱岐島に根付くイカ釣り漁船の放電灯がモチーフ。「壱岐を、勝本を、人々が自然と集まってくる場所にしたい」という願いが込められている。

「イカ引きは作業」「エギングは戦略」“考える釣り”のおもしろさ

「大人になってからの釣りは、釣るのを楽しむというより、『美味しい魚を食べたいから、食べる分を釣る』みたいな形になっていきました」

壱岐に戻り仕事を始めてから、父親や祖父がしていたイカ引きに行くようになった。船でゆっくり流しながら釣る“イカ引き”。それはどこか、漁に近い。

「イカ引きは、どっちかと言えば作業ですね。船を出して、竿を出して。竿の先に鈴がついてるんですけど、イカが触りだすとチリチリって鳴り出すんですよ。で、グーって引くと、もう釣れちゃう。釣りあげるんじゃなくて、糸を手繰り寄せる感じ」

父親と一緒に釣りへ行くことは何度もあったが、そのなかで原田さんが自分から「おもしろい」と続けているのは、知人に誘われて始めたエギングだ。

「車に竿を積んでおいて、仕事終わりにパッとできるじゃないですか。それがすごい楽で。今日の波ならどこがいいかなとか、風や波を考えて移動して。島だから車で30分も走れば風裏(かぜうら)に入れる。釣りができない日が、基本ないんですよ。極端にいえば、その日に食べる一杯が釣れればいいので、ラフに楽しめるエギングが楽しいんですよね」

「エギもいろいろ持っているんですが、やっぱりその時に釣れる色だったり、形だったりっていうのがあって。本当はイカにどれが好みか聞きたいけど、もちろんそれは聞けないので……自分で考えてセッティングを変えて、それで釣れた時がすごく嬉しい。それが、自分の考えがフィットしたから釣れたのか、たまたまなのかは、まったくわかんないんですけどね」

正解は見えない。だから仮説を立てて、試して、変えてみる。子どもの頃の「バケツいっぱい釣れた喜び」や、「食べるためのイカ引きという作業」とは違う、エギングだからこその「考えたことが当たった喜び」が、そこにはある。

一言でいえば同じ「釣り」でも、目的や手段によって、人生のなかでフィットする形は変わっていくのかもしれない。

釣りと経営に通ずる感覚

釣りの最中に、原田さんがふと口にした言葉がおもしろい。

「ある意味、エギングってすごく戦略的で。ある意味、ビール造りや経営と一緒みたいな」

「お店は朝10時から夜の10時まで営業していて、その合間に醸造して。そうすると事務作業がたくさん溜まってくるので、家に帰るのが夜中の12時ぐらい。ビール造りを始めてから、ほとんど休みを取ってなくて」

それでも原田さんは、それが楽しいと語る。

「僕、糖化や発酵の実験がやっぱりすごく好きなので。温度を変えたりとか、ホップを入れるタイミングを変えたりとか……毎回、ビール造りで何かしら変えているんですよね。それをイベントでお客さんに飲んでもらって、話して、ダイレクトに反応が返ってくるっていうのが、すごく楽しいんです」

この“ダイレクトに返ってくる”感覚が、釣りに似ているという。
潮、風、波、色、レンジ――自分が立てた仮説が、ある瞬間に「釣れる・釣れない」で返ってくる。釣れなくても、また次の仮説が立つ。

釣りの「ベイトに合わせて色を選ぶ」感覚と、経営の「ターゲットに合わせて商品を立てる」感覚。

この2つが原田さんのなかで地続きにあるから、釣りの時間は息抜きや美味しい魚を得るための手段であると同時に、“考える楽しさ”として、忙しさの合間にも続いていくのだと思う。

生活のそばにあり続ける釣り

子どもの頃の釣りは、ただ釣れることが楽しかった。大人になってからは、美味しい魚を釣るための行為になった。そしていま原田さんにとっての釣りは、考える時間になっている。

潮や風を読み、場所を変え、道具を替える。正解は見えず、外れることもある。それでも仮説を立て、試し、反応を受け取り、また次を考える。

釣り方も、距離感も、人生のフェーズごとに変わってきた。それでも釣りは、ずっと生活のそばにあり続けている。

「いまはとにかく美味しい魚を釣りたい、それだけですね」

12月の繁忙期のあと。久々のエギングだったそうだが、釣れたイカの透明でキラキラとした姿を見て、原田さんは嬉しそうだった。そして翌日も仕事の合間を縫ってまた海に向かった。


■プロフィール|原田知征(はらだ ともゆき)|ISLAND BREWERY オーナーブルワー
1975年長崎県壱岐島勝本町生まれ。明治20年(1887年)創業の原田酒造に生まれ、幼少期から酒造りの現場に親しむ。東京農業大学農学部醸造学科で発酵と醸造を学び、26歳で壱岐に戻り焼酎造りに従事。花酵母を用いた麦焼酎の開発などに携わる。2021年、壱岐島初のクラフトビール醸造所 ISLAND BREWERY を設立。「魚に合うビール」を軸に、壱岐の食と暮らしに寄り添うビールづくりを続けている。


Text by Fuumi Mori
Photograph by Sean Hatanaka

Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」

私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。 その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。