Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#028 阿部夏丸さん
—川から海へ、そして次の世代へ。釣りがつなぐ水辺の時間

1995年『泣けない魚たち』(講談社文庫)で数々の賞を受賞し、小説家としてデビューした阿部夏丸さん。川の生き物や自然をテーマにした作品を多く手掛け、子どもたちの心を描き続けてきた。
現在は創作活動の傍ら、地元の子どもたちとの川遊びを楽しんでいる。そんな夏丸さんの釣りスタイルは自然体だ。
創作の手を休め、ゆっくりと釣りの時間を楽しみたくなると、夏丸さんは冬の静かな海へも足を運ぶ。川とはまた違う落ち着いた空気のなかで、水面の変化を感じながら過ごす時間を大切にしている。そして向かったのはいつもの場所だった。
冬の英虞湾で静かな時間のなかへ

三重県志摩半島にある英虞湾(あごわん)の入江に着いた時、空はまだ夜の色を残していた。桟橋を歩いていくと、遠くの空が白み始め、目の前には滑らかな水面が広がっている。吐いた息が白く伸びるたびに冬の冷たさが身体にしみた。クルマから荷物を下ろしてゆっくりと準備を始める。

ロープが外され、ボートが沖へ滑り出す。低く唸るエンジンの振動が足元から伝わる。冷たい風が頬を撫でると、釣りをするワクワクがたかぶってくる。遠くには英虞湾の入り組んだ海岸線が見え、先ほどまで歩いていた桟橋が遠ざかる。沖へ出るにつれて、陸から切り離されていく感覚。

今日は筏(いかだ)での釣りを楽しむことに。静かな内海に筏が浮かんでいる。岸や船の上にはすでに釣り人の姿が見えるが、筏はまばらだ。空いている筏へと船頭が舵を切る。静かに見えた水面からは小さな波音が聞こえてくる。やがて、湾に浮かぶ目的の筏が見えてきた。

今回利用した鵜方浜釣センターの筏は屋根付きだ。デッキの上に屋形船のような小屋が建っており、夏は日よけ、冬は風よけになり、快適に釣りができる。

荷を下ろし、道具を整え、仕掛けを静かに水の下へ落とす。糸が水面に吸い込まれるように消えていく。ここでは筏からのチヌ釣りが人気で、大きな団子を作って海へ投げ入れるのが主流。

団子を使うのには、2つの理由がある。1つは匂いで魚を寄せるため、もう1つは海底までエサを守るため。団子でエサを包まないと、無数の小魚にエサをとられてしまうからだ。しかし、どうしたことか、今日は小魚の気配もなく、竿先がピクリとも動かない。

「川だったら場所を変えちゃいますよね。でも、動かないで待つのもいいんです」
その時間は、最初は長く感じる。だが次第に、風の向きや光の揺らぎ、小さな水面の変化に気づくようになる。時間の流れ方が変わっていく。風が吹き、止み、また吹く。水面が細かく光る。何も起きない時間が続く。魚の気配は薄く、あたりらしい変化もない。それでも夏丸さんの表情は変わらない。

エサを変えたり、仕掛けを変えたり、竿を動かして誘いをいれたり。何もしていないように見えて、その時間をしっかり味わっているようだ。魚のアタリはなくても、釣りをする時間そのものが、静かに積み重なっていく。

しばらくして、小さく笑った。
「釣れないのも、釣りですからね」
それは取り繕うでもなく、無理に納得しようとするでもない。ただ、いまの状況をそのまま受け止める言葉。何も起こらない時間もまた、釣りの一部なのだ。魚の反応はほとんどなかった。それでも、不思議と物足りなさはない。
「また来ればいい」
その言葉には、夏丸さんの釣りとの付き合い方が見えてくる。

しばらくすると小さなあたりがあった。釣り上げてみると、小さなフグだった。針を外して、そっと手にとって、顔を覗き込む。
「この目を見てよ、かわいいよね」
少年のような無邪気な笑顔で、楽しそうにしている姿が印象的だった。
釣りは生活のなかにある

太陽が高くなり、風向きも変わってきた。筏の上で数時間が経ち、そろそろ、迎えを呼ぶことに。クーラーボックスは空のままだが、釣果を気にする様子はない。そこにあるのは、釣りを楽しんだ充実感だけだった。

小さく揺れる筏で道具を片付けながら、穏やかな口調でこう話す。
「釣りはレジャーというより、生活の一部って感じなんですよね。夏は毎日のように子どもたちと川遊び、冬でも川へ遊びにいくし、仕事もキーワードが川と子どもと魚。その上、息抜きの趣味が釣りなんだから、釣りがなければ生きられない。だから、釣れても釣れなくても、水辺にいられるだけで、幸せなんです」
「人は大昔から水辺に暮らし、自然と話しながら暮らしてきたわけでしょ。今でも、そうですよ。老人は川沿いを散歩するし、恋人たちは夜の水辺で語り合う。みんな、意識はしていないけど、水辺が好きなんじゃないかな」

忙しさが続くほど、水辺で過ごす時間が持ちたくなるという。日常から少し距離を置きたくなるのだろう。
「釣り人って、釣れない、釣れないって、すぐにぼやくくせに、誰も釣りを止めないでしょ。結局、魚がほしいわけじゃないんだよ。釣りに没頭する、自分だけの時間がほしいんだよね」

海の上の筏では、ただ時間が流れていく。風向きが変わり、水面の光が揺れるのを感じながら過ごすのが心地よい。遠くで船の音が響き、やがて消えていく。竿先に変化がなくても、その場に身を置いているだけで満ちていくものがある。
何かを足すのではなく、余分なものが少しずつ抜けていく。そんな感覚が、釣りへと向かう理由の一つになっているのかもしれない。
回り道の先に見えたもの

夏丸さんは35歳で小説家となったが、それまでは会社員として猛烈に働いていたという。
「朝から、夜中まで、休日も取れずに仕事三昧。今では、考えられませんけど」
しかし、無理な仕事を重ねるうち、心や体に無理が生じた。

退職したのは、長女が1年生になる年。どうせしんどい思いをするのなら、自分の好きなことをやりたいなと、会社を辞めたという30代で無職になることに不安はなかったのか。
「さて、これからどうしようかなと。で、結局、気がついたら川にいました。子どものころ、兄弟喧嘩をして泣かされたときも、よく川に来てましたからね」
自然と足が向かったのは、やはり昔から親しんできた水辺だった。

水辺で過ごす静かな時間の中で、これからのことをゆっくり考えるようになった。昔から絵が好きだったこともあり、絵本を描こうと思った。それも、大好きな魚とりの絵本を。しかし、思うように描けなかったという。
「子どものころの魚とりの興奮や、魚釣りの感動が鮮烈過ぎたんでしょうね。いくら描いても、自分自身の納得がいかない」
結局、出来上がったのは絵本ではなく、思ってもいなかった小説だった。
川という原点

夏丸さんが幼いころ、近所には川と池があったという。それは特別な思い出というより、日常の風景だった。小学校一年のとき、父親に連れられて川で釣った一匹の魚。その記憶はいまも残っている。何匹も釣れるようになると感動は薄れていくが、子どもが初めて魚を釣ったときの表情を見ると、自分の原点をいまでも思い出すという。

だからこそ、水辺で過ごす時間は、特別な出来事ではなくいつしか暮らしの一部になっていったのだろう。人の暮らしは便利になっても、身体の感覚は昔と変わらない。水の音や鳥の声に耳を澄ますと穏やかな気持ちになり、忘れていた感覚がふっと戻ってくる。
川辺で子どもたちと遊ぶ時間

翌日、夏丸さんは子どもたちと川へ向かった。冬の海の静けさとは対照的に、川辺には軽やかな空気が流れている。石を拾い、水面をのぞき込み、小さな生きものを探す子どもたちの声が、静かな水音に重なる。
子どもたちはそれぞれの興味のままに動いている。先に答えを渡さない。自分で気づいた瞬間こそが、いちばん強く残るからだ。釣ることだけを目的にせず、自然のなかで遊ぶおもしろさをまず感じてもらいたい。——それが夏丸さんの思いでもある。

小さな魚を捕まえると歓声が上がった。その驚きと喜びは、言葉になる前に身体へ刻まれていく。夏丸さんは少し離れた場所に立ち、子どもたちの後ろ姿を見守っている。前を歩かず、後ろからそっと目を向ける。夢中になっている背中には余計な考えがない。ただ目の前の出来事に向き合う、その時間が何より大切なのだ。

釣れる日も、釣れない日もある。
それでもまた水辺へ向かう。
冬の海で過ごす静かな時間。
子どもと笑いあう、にぎやかな時間。
水辺で過ごすそのひとときは、人生の折々で楽しみ方を変えながら続いていく。
年齢も、立場も、役割も変わっていく。
それでも変わらないのは、水辺で過ごす時間の楽しさだ。
釣りは特別な出来事ではない。暮らしのそばにあり、これからも人生に寄り添い続けていく。
また水辺に立てばいい。それだけで十分なのだ。
■プロフィール|阿部夏丸|小説家・絵本作家
1960年、愛知県豊田市生まれ。 幼稚園の絵画講師や書店店長などを経て、1995年にデビュー作の小説「泣けない魚たち」(講談社文庫)で坪田譲治文学賞、椋鳩十児童文学賞を受賞。近作は「青く塗りつぶせ」(ポプラ社)など。
Text by 渡辺圭史
Photograph by 畠中ショーン
Directed by 森風美
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。










