Story

#029 元日本代表・枩田優介さん
—船長として守るもの「安全に帰すのが一番。釣らせるのは、その次」

2026.03.19

福井の海辺で生まれ育ち、実業団のパナソニックパンサーズに入団。そして日本代表として国際大会にも出場した元バレーボール選手・枩田優介さん。華やかな競技歴を持ちながら、いまは地元で釣り船OCEAN QUEENの船長を務めている。

一見すると「スポーツ選手の次の人生」に見える。けれど話を聞いてみると、それは少し違った。枩田さんにとって船長という仕事は、新しく始まった人生というより、ずっと身近にあった海にようやく戻ってきた感覚に近いのかもしれない。

海のそばで育ち、海へ戻ってきた

「僕は子どものころから一切ゲームをやらないんですよ。ファミコンとかプレイステーションとか流行ったんですけど、そんなのは一切欲しくなくて。それよりも釣り竿を買ってくれとか、そんなことばっかり言っていました」


福井の海辺で生まれ育った枩田さんにとって、海は生活のすぐ隣にある当たり前の風景だった。
学校が終われば海へ行く。釣りをしたり、貝を取ったり、ただ遊んだりする。

「ずっと子どものころから釣り舟がやりたくて。どうしたら早くバレーボール辞めれるかなって思ってました。一日でも早くやめてやろうと思って」

冗談のように笑うが、話ぶりは本気。
中学のころには、海上保安庁の潜水士になりたいと思っていた時期もあったという。

身長が高かったことがきっかけでバレーボールを始め、実業団のパナソニックパンサーズでプレー。
ミドルブロッカーとして長くチームを支え、全日本代表として国際大会にも出場した。
それでも、本人の気持ちはずっと海にあった。

「選手になってある程度年齢を重ねると、それなりにお金ができるわけですよ。そうすると内緒でこっちに小さい船を置いて、自分で後輩を連れて釣りに行ったりとかしてました。」

未練なく、契約更新のタイミングでスパッと引退を決めたという枩田さん。
地元に帰り、実家の料理屋で鮮魚の仕事を三年ほど手伝い、その後、大きな船を購入して釣り船を始めた。
いまは釣り船を軸にしながら、季節に合わせてわかめの養殖や定置網、潜り漁なども行っている。

「釣らせる」より先に、絶対に守るもの

出船前には、まず船を係留場所から出す。エンジンを回し、オイルを見る。船体もひと通り確認する。休みの日でも船へ行き、気になるところは自分で直す。
業者に任せる部分があっても使い勝手と安全面だけは最後まで自分の目で確かめる。

「釣り船は、とにかく安全にお客さんを乗せていって、安全に何事もなくお客さんを帰すっていうのが一番の目標。釣らせるのが次なんですよ、僕は」

客は釣りに来ている。釣れたほうがいいに決まっている。
枩田さん自身も「めちゃめちゃ釣らせたい」と言う。
それでも、一番先に置くのは安全。その順番だけは変わらない。

「本当に海ってすごく怖くて。自分が船を出すルーティンは必ずやります。自然だから毎日状況は変わるけど、何かいつもと違うなっていうときはすごく気が張ったりしてますね」

慣れているからこそ、海の怖さを知っている

海に出てからも、気を抜く時間はほとんどない。魚群探知機、ソナー、潮流計、レーダー、GPSプロッター。
さらに、エンジンルームや船内の死角を映すカメラも確認しながら、船の状態と海の様子、客の動きを同時に追っている。

「みんな慣れた慣れたって言うんですけど、慣れが一番ダメなんで。常にレーダー見てます。近寄ってくる船がないかとか。毎日ビビってますね、本当に。普通の人は海の怖さを多分そこまで知らないんですけど、怖い思いもいっぱいしてますから」

とにかく安全、慣れが一番怖い、そう繰り返す姿が印象的だった。
海に慣れているから怖くないのではない。慣れているからこそ、怖さを知っているのだ。

「釣り船ってお客さんを乗せて初めて儲かるじゃないですか。だから乗せればお金になるんですけど、でもそこまで無理はしないです。お客さんも楽しみに来てるから。」

無理をして船を出せば売り上げになる。それでも危険なら絶対に踏み込まない。この線引きを守ることが、船長の責任なのだろう。

「釣らせたい」という強い気持ち

もちろん、慎重なだけで船長の仕事が務まるわけではない。安全を守ったうえで、やはり釣らせたい。その思いも強い。
ある日のInstagramには、こんな投稿があった。

—(投稿文引用)

どこに行っても何をしても手も足も出ませんでした。
頑張っていただいたお客様、大変申し訳ございませんでした。
久しぶりにこんな悔しい思いをしました。
絶対忘れる事なく頑張っていきます!

釣れなかった日は本気で悔しい。帰港したあともその理由を考える。天候、潮の向き、魚礁のどちら側に魚がついていたのか、その日なぜ外したのか。

「全部考えますよ、帰ってからも寝ないで考えます。寝られないです。やっぱりダメなときも覚えておかないと」

たとえ釣れた日であっても、なぜ釣れたのかがわからなければ次に再現できない。だから、必ず答え合わせをする。船長仲間と連絡を取り合い、自分でも釣りに出かけ、毎日海と向き合う。その経験を積み重ねることで得られる“読み”がある。

「釣らせたいから常に考えるし、情報を仕入れて、今日どこ行こうか考える。やっぱり一日一日違うからその繰り返しです。その分、自分が狙った釣りで、自分の読みが当たったときはすっげー楽しいですよね」

人生最後のマグロ釣り

これまでで印象に残っている客を聞くと、枩田さんはひとりの男性の話をしてくれた。

「78歳の男性で、どうしても死ぬまでにマグロを釣りたいって言うんですよ。だから、練習するんだったらいいよって言って」

マグロ釣りは危険も大きい。魚は大きく、糸で指を切る事故もあれば、海へ引き込まれる危険もある。だから、誰でも気軽に乗せるわけにはいかない。マグロに引かれる力を体で覚えてもらうため、港でハーネスをつけさせ、バイクで引っ張った。

「こんな感じだよ?本当にいいの?って。それでもいい、やってみたいと。だから絶対に釣らせてあげたいっていう気持ちでした」

一度目はバラしてしまい、二度目は横につききりで声をかけ続けた。巻いて、巻いて、と。
やがて250kgのマグロが上がると、その78歳の男性は飛び跳ねて喜んだ。

帰り際、その人は自分のマグロ釣りの道具をすべて枩田さんに託していった。

「もう満足だから。これで釣りは終われるって」

釣果だけではない魅力

枩田さんが目指しているのは、もっと気軽に来られる船だという。イカ釣りなら、手ぶらで来る人もいる。竿も仕掛けもレンタルできる。釣れた魚は血抜きや神経締めまでして渡す。実家が料理屋だったこともあり、その作業は慣れたものだ。

釣り船は敷居が高い、道具がないと行きにくい、ルールが厳しそう。そう感じる人は少なくない。だからこそ、できるだけ入りやすくしたいのだという。

印象的だったのは、船の雰囲気が船長ひとりでできているわけではないことだった。初心者がいれば、常連さんが横につき、釣り方を教えることもあるという。釣れなかった人がいれば、常連さんが魚を分けてくれる。分けすぎて、手ぶらで帰る人もいるんだとか。

「うちの常連さんめちゃめちゃいい人たちで。本当に助けてもらってます」

船長が作る空気は、船に集まる人の空気にもなる。枩田さんの船には、初心者でも入りやすい空気があり、それを常連たちも一緒になって支えている。釣果だけではない魅力があるとしたら、たぶんこういう部分なのだと思う。

「来てよかった」と思える船を目指して

枩田さんはこれから目指す船長像について、こんなふうに話していた。

「やっぱり自然が相手で釣れない日は絶対あるので。でも、今日も来てよかったなって思えるような船の船長。そういう風に言ってもらえるようになりたいなって。試行錯誤していますね」

元日本代表という肩書きはたしかに目を引く。けれど実際に話を聞いてみると、枩田優介さんという人を動かしているのは、福井の海を、釣りを楽しんでほしいという思いだった。

船長という仕事は、安全を守り、釣りを楽しませること。
海の上で過ごす、その人の一日に寄り添う仕事でもある。


■プロフィール|枩田優介(まつた ゆうすけ)|OCEAN QUEEN船長

1982年、福井県福井市茱崎町(ぐみざきちょう)生まれ。身長200cm。越廼中学校でバレーボールを始め、福井工業大学附属福井高校、東海大学へ進学。大学在学中に全日本代表に選出され、2005年にVリーグのパナソニックパンサーズへ入団。ミドルブロッカーとして10シーズンにわたりプレーし、日本代表として国際大会にも出場した。現在は福井県越前エリアで釣り船の船長として活動。イカメタル、タイラバ、ひとつテンヤ、ジギング、近海たて釣り、中深海など、四季を通じた幅広い釣りに対応している。


Text by 森風美
Photograph by 畠中ショーン

Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」

私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。 その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。