Story

#031 岩崎勉・竜太さん親子
—親子の思い出と今をつなぐものは「釣り」、遺伝する楽しむマインド

2026.04.24

子どものころの記憶をたぐると、父に連れられて釣りに行った日のことを思い出す。
日本には、そんなかつての少年少女が少なくなさそうだ。
岩崎竜太さんもその一人だ。少年時代に父と行った夜の防波堤釣りが、人生の最初の釣りの記憶として残っている。

釣りがあるから、いまも思い出せる一日

「10歳のころ、家の近くにある防波堤へ父が夜釣りに連れて行ってくれました。お腹が空いちゃって、牛丼を食べて帰ったことを覚えています。子どもなんてそうそう夜に外出できないから、その日のことは記憶に残っていますね」

もう30年以上の思い出を口にする竜太さんの隣で、父の勉さんは、「そうだったねぇ」と昔を懐かしむ。その目尻は緩んでいる。
その時は、きっと父の思いつきだったに違いない。とある親子の、なんでもない一日。けれども、釣りがあったからこそ、いまも思い出せる大切な一日になった。

今日も、70を超えた父と40を超えた息子は、一緒に釣りに出ている。

南伊勢の海に魅せられた父

青森県の港町出身の勉さんにとって、海は幼いころから身近な存在だった。
釣りは食卓を豊かにするための日常であり、素潜りで魚を突くこともあれば、大潮の時には海藻を採ったりもした。

やがて海運関係の仕事に就き、名古屋へと住まいを移す。
妻となった女性は、三重県南伊勢町の小さな漁村の出身だった。そこにもまた、豊かな海が広がっていた。

次第に幼少期の釣りの記憶がよみがえり、週末になると南伊勢に通うようになる。
魚を釣っては義父と酒を酌み交わす日々を重ねるうちに、勉さんは南伊勢にすっかり魅了されていった。
そこは、どこか故郷を思わせる海だった。



勉さんはしばしば子どもたちを伴って南伊勢を訪れていた。そのため竜太さんは幼少期からその海の豊かさに触れている。
夏休みの思い出の多くは、南伊勢町の祖父母宅で過ごした日々だという。

やがて勉さんは定年を前に退職し、南伊勢町へと移り住んだ。

すっかり大人になった息子は、横浜に住んでいるにも関わらず帰省の度に釣りをしたいというので、近所の港やレンタルボートを借りて釣りをするようになった。リアス海岸を有する南伊勢の海は豊かで、魚は面白いように釣れた。

そうした時間を重ねるうちに、竜太さんの帰省の頻度も自然と増えていった。
フォトグラファーとして東西を奔走する日々の中でも、時間を見つけては南伊勢に立ち寄り、父を釣りに誘っている。

親子の船、その名も「うおつり丸」

この地に馴染んできた勉さんに、「そんなに釣りが好きなら船はいらないか」と知人から声がかかった。5年ほど前のことだ。

そうして勉さんは、「うおつり丸」の船長になった。
乗客は家族とその友人だけ。小さなその船で、近場の海を楽しんでいる。

うおつり丸の舵をとるのはいつも勉さんだ。竜太さんは自身でも船舶免許を持っているが、操船することはほとんどない。
父として、船長として、常に勉さんは安全に気を配っている。
息子は、頼れる父がいることが嬉しそうだし、父もまた、息子に頼られるのが嬉しそうでもある。

家族の数だけその形はあってしかるべきだが、岩崎家はちょっと変わっているかもしれない。
息子は父を「ツトムさん」と呼び、父は息子を「ドラゴン」と呼ぶ。名前が竜太だから、ドラゴン。
しかしその名とは対照的に、竜太さんはおっとりしている。釣り場に着いて、いざ釣り開始、という段になってもあくせくしない。

そしてそれは、父のツトムさんも同じだった。その共通した穏やかさには、あぁ、この2人は親子なんだなぁと思わせるものがある。
ひらがなで「うおつり丸」という、のほほんとした印象を与える船の名称も、岩崎親子にはぴったりだ。

ジギングに夢中

2人が楽しむのはジギング。メタルジグを落としてはシャクる、動きのある釣りだ。
竜太さんがうおつり丸に持ち込んで、それまで餌釣り一辺倒だった勉さんもやるようになった。

「じっと待つ釣りは退屈だね。ジギングの方がいいよ。自分で誘って釣りたいからさ。巻いてきてガツン! ジイー!と糸が出ていくのはジギングの醍醐味だよね」

すっかりジギングに熱中している様子の2人。ジグを速くシャクったり、あるいはゆっくりシャクったり。それぞれのリズムで海と対話する。

「きたよ!」

竜太さんの竿が曲がった。水深80mの底から上がってきたのは、丸々と太ったウッカリカサゴ。南伊勢の海ではよく釣れる魚だ。

釣った竜太さんも嬉しそうだけれど、それ以上に勉さんが嬉しそうにしている。

この日は凪で、水面は鏡のよう。風もなく、時折船体が水を噛んでちゃぷんと音を立てるくらいで、平穏そのものだ。
リアス海岸の南伊勢らしいゴツゴツと した岸壁とのコントラストに、この海に魅せられた勉さんの気持ちもわかるような気がする。

人に釣ってもらいたい、楽しんでもらいたい

その後、竜太さんがイズカサゴを釣り上げて、この日の釣りは終了。
勉さんにはアタリがなかったけれど、やっぱりニコニコと嬉しそう。

うおつり丸には釣り好きな息子の友人が乗船することもままあるが、勉さん自身は「とにかく釣って楽しんでほしい」と自身の釣り竿よりも舵を握る時間の方が長い。

「自分も釣りたいけど、人に釣ってもらいたいという気持ちの方が強いみたいなんだ。人に喜んでもらえると、自分も嬉しいからさ。楽しいのが一番だよね」と勉さん。

竜太さんは最近、父のそうした血が自分にも流れていることを感じるという。

「自分のやっているフォトグラファーの仕事にも通じるところがあるのかもしれません。写真で人に喜んでもらう。もちろん対価はいただきますが、喜んでもらえるとやっぱり自分も嬉しい。釣りも、誰かと競争するよりも今この空間を楽しめればいい、と思います。このマインドは父から引き継いだものかもしれません」

長らく横浜に住んでいた竜太さんは、昨年三重県内へと引っ越してきた。南伊勢へは1時間ほどの距離のところだ。その理由を、「やっぱり、釣りだよね」と笑う。帰省という名の釣りの機会も自然と増えていった。

うおつり丸は釣りの時間であり、家族の時間でもある。いくつになっても父と子は、父と子のままだ。
そしてひとたび釣り竿を握れば、2人は揃って少年になる。

30年以上前の防波堤での夜釣りがそうだったように、この日のこの釣りもまた、親子にとっては「なんでもない一日」だったのかもしれない。
親子がいつまでもあの夜釣りを思い出せるように、この日うおつり丸で過ごした時間も、いつかふと思い出すことだろう。

穏やかな、凪の一日の記憶とともに。


Text :Yufta Omata
Photo: Taro Ikeda

Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」

私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。 その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。