Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#033 narumiyashiroさん
—観るも乗るも楽しむ 陶芸家の毎日を潤すサイクリング

春風のように颯爽とサイクリングロードを疾走していったその姿を見て、彼女の生業を当てることのできる人はそう多くないだろう。
凛とした佇まいの、サイクリングジャージに身を包んだnarumiyashiroさんは、陶芸家である。

「観る」ことから始まった自転車生活
陶芸家というと、眼の前の制作に粘り強く向き合う「静」のイメージがある。夥しい色彩に塗れた画家のアトリエや、のみを振るう音が鳴り響く彫刻家のそれと比べて、陶芸家の仕事場は色彩も音も、かなり控えめだ。雑音の無い制作過程の中には、己の内面と向き合っていく静謐さがある。
しかし目の前のnarumiさんは溌剌としていて、自転車がとにかく楽しくて仕方がないんです、と朗らかに笑う。それは乗ることと観ること、両方ともだという。そもそも、narumiさんのロードバイクとの出会いは、「観る」ことから始まった。

「街乗り用としてロードバイクは持っていたんですが、ひょんなことから観るようになったツール・ド・フランスからロードレースに惹き込まれました。ヨーロッパの街並みに自転車の隊列が走っている絵が美しかったのと、戦略やアシストが鍵を握る、単純なフィジカルスポーツではないところが興味深くて」
ツール・ド・フランスは特殊なスポーツだ。1日で200km近く走るレースが3週間も続くため、必然的に中継の放送時間は長くなる。1日で4時間ほど流れる日も珍しくない。観る側にも持久力を問うものだが、narumiさんにとってはそれがむしろ都合が良かった。

「観る」から「乗る」へ広がる楽しみ
「陶芸の作業中にレースを聴くようにして観ることができるので、自分のライフスタイルと相性が良くて。ツール・ド・フランス関連の音声コンテンツなどもよく聴いていたんですが、その中で 『観る人は乗った方がよりレースを楽しめる』という言葉があって。なるほど、と思ったんです」
すかさず持っていたロードバイクのペダルを、選手が使う固定式のビンディングタイプに交換して、narumiさんの本格的なロードバイク生活が始まった。調べ物が好きな性格もあって、全身サイクリングウェアになるまでにもそう時間はかからなかった。映像で観るツール・ド・フランスの選手気分で走るのは、楽しかった。

「選手たちとはレベルが全然違いますけど、山を走ってみたい、あんな風に走ってみたいって思いが止まらなくて。それで乗り始めたら、自転車ってこんなところを走れるんだ、こんなに長い距離を走れるんだ、こんなに楽しいんだ、って想像以上で」
「観る」ことから始まった世界が、徐々に自分のものになっていく感覚。自らの身体を使うスポーツだからこそ、深く理解できることがある。
「最初は上り坂の途中で止まっていたのが、回数を重ねるごとに足をつかずに上り切れるようになりました。中継で見ていたプロの選手たちは低い姿勢ですごい速度で走りますが、そのすごさは自分が乗るようになって肌で実感しました。そのすごさが、自分の延長線上にあることを実感できたのも嬉しかったですね」

自分の内面と向き合うものとしての自転車と陶芸
ランニングもしたというnarumiさんだが、ロードバイクがどうやら肌に合っていたよう。単に、観戦が好きだったからという以上に、自らの内面と向き合うスポーツだったからという側面も強いようだ。それは陶芸の制作にも通じるところがある。
「ロードバイクで走っていると、集中していって無になる感覚があるんです。これは陶芸にも近いと感じます。陶芸は手を動かしながら、自転車は身体を動かしながらですが、どちらも自分の内面にフォーカスしていくのを感じます。その感覚が好きなんです」

narumiさんのアトリエにお邪魔して、その制作風景を見せてもらった。やはりというか、陶芸の作品が生み出される場所は静かで、外とは時間の流れ方が違うように思われる。
narumiさんは慣れた手つきで粘土の空気を抜いていく。菊練り、という作陶の最初の段階の作業だが、練られた粘土にはすでにある種の美しさがある。その粘土は流れるように、ろくろに据えられ、narumiさんが指を添えると、たちまち鉢の形が立ち現れた。


それはあっという間の出来事で、そしてどこまでも静かな作業だった。しかし先程の「手を動かしながら内面にフォーカスしていく」というnarumiさんの言葉を思い出すと、この洗練された動きの中にも精神的な極度の集中と、身体的なせめぎ合いがあったはずだ。静かに見えても、中にはエネルギーが満ちている。とてもそれを「静かな」と形容するのは憚られるほどに。

それはやはり自転車に通じるところがあるかもしれない。乗り慣れたサイクリストの走りは、外から見れば洗練されていて無駄がなく、静かに見える。しかしその実、内面では限界ぎりぎりまで追い込みながら苦痛に耐えていることもあれば、いつアタックを仕掛けようかと燃える熱情を秘めていることもある。静の中には動があり、動の中に静がある。対極に見える陶芸と自転車には、共通点がある。narumiさんがロードバイクにのめり込んでいるのも、自然なことなのかもしれない。

本場イタリアへ、自転車レースを観る旅
ロードバイクはnarumiさんの生活の少なくない部分を占めている。自分が乗るようになって、ロードレース観戦の解像度がぐっと上がり、そして現地で観戦したいという熱も高まった。ロードレースの本場はヨーロッパ。昨年、narumiさんは思い立ってイタリアへ飛んだ。ツール・ド・フランスに並ぶ世界三大レースのひとつ、「ジロ・デ・イタリア」を観戦するためだ。
「いつかは現地観戦できればなぁと漠然と思っていたのですが、友人から行けるなら今行きなと言われ、勢いで決めました。もともと歴史が好きで、イタリアには興味があったので、イタリアの自転車競技に関する映像や書籍を目にすることが多くて、それでジロに行くことにしたんです」


現地で観た本場のレースは、期待を裏切らなかった。のみならず、自転車が文化として根付いていることにも感銘を受けたという。
「街に自転車レースがやってくることが、当たり前のことになっていて心地よかったですね。電車に乗れば自転車乗りがそのまま自転車の格好で乗ってきますし、おじいちゃんもおばあちゃんも自転車でレースの沿道に来ていたり。当たり前に自転車が生活の中にあることを、ちょっとうらやましく思いました」

心潤う、ささやかな豊かさを
生活の中に、ささやかな豊かさをもたらしてくれるもの。これはnarumiさんにとって大切な心の拠り所だ。彼女が陶芸を通じて差し出すものは、日々の暮らしの中で瑞々しくいられる時間。
「言ってしまえば、自分の作る作品は無くても困らないものです。でも、このお皿があるからちょっとお料理がんばろうとか、お気に入りのマグカップがあるからゆっくりコーヒーを淹れようかなとか、毎日が少しでも潤うようなそんな時間をお届けできればと、おこがましくも思っています」
そしてnarumiさんにとって、毎日を潤してくれるもの、それが自転車だ。
「自転車で行ったことのない場所に行けたり、自分の身体ってこんな風に使えるんだって気づいたり。それがきっかけでイタリアを旅したり。どんどん見える世界が拡がっていって、自分の毎日が豊かになっているのがすごく嬉しいんです」
今日もnarumiさんのアトリエではろくろが回る。自転車の車輪も、やっぱり回っている。

Text :Yufta Omata
Photo: Taro Ikeda
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。









