Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#034 粕谷哲司さん
—釣れないから、知りたくなる。 シーバスを追いかける理由

小田原・酒匂川(さかわがわ)河口。普段は湾岸の都市型フィールドで夜のシーバスを追うことが多い粕谷さんにとって、まだ明るさの残る浜は、少し勝手の違う場所でもある。
粕谷哲司さんは、バンド『Yogee New Waves』の元ドラマーとして知られ、現在はMichael Kaneko、Keityとともに『brkfstblend』で活動するミュージシャンだ。FUJI ROCK FESTIVAL出演や台湾・タイでのアジアツアーなど、国内外で活動の場を広げている。中学2年生でドラムを始めてから、ずっとバンドのなかで音を鳴らしてきた。

その一方で、週に一度のペースで海にも通う。ここ数年、粕谷さんが強く惹かれているのがシーバス釣りだ。
主にやっているのは夜の釣り。潮の満ち引きや風向き、ベイトの居場所によって、その日の状況は少しずつ変わる。
ルアーを通す棚や動かし方を探りながら、その日の一匹に近づいていく。
この日も、風の向きや水の色、波の出方を見ながら、その日の海がどんな状態なのかを確かめるように視線を動かしていた。
一度は遠ざかった釣り
釣りを始めたのは、小学校低学年のころだった。
きっかけは、友達と読んでいたバス釣りの漫画だという。
「埼玉なので海よりも川の方が身近で。漫画を読んでて『やりたいよね』って話してたら、友達の釣り好きなおじいちゃんが連れていってくれたのが最初ですね」

スピニングリールと竿を買ってもらい、湖や川にも行ったものの、思うようには釣れなかった。
さらに、車がなければなかなか釣りには行けない環境で、釣りは少しずつ遠いものになっていったという。
中学2年生で始めたドラムは、その後も途切れることなく続いた。大学で本格的にバンド活動を始め、卒業後は音楽を軸に生きてきた。
忘れられない釣りの感覚
止まっていた釣りをもう一度動かしたのが、友人から譲り受けた車だった。
もともとは、音楽機材を積んで動くために必要になったものだ。

当時よく通っていた西荻窪の店で車を手に入れたことを話すと、店のマスターに「じゃあ海釣りでも行かない?」と誘われたという。
山口出身で昔から釣りをしていたその人に、サビキやフカセなどを教わりながら、少しずつ釣りの楽しさが戻ってきた。
ただ、そのなかでも粕谷さんの気持ちは、少しずつ別のほうへ向かっていく。子どものころ、漫画を読んで惹かれたルアーフィッシングだ。

「そこから『俺はルアーをやりたい』って思うようになって。バス釣りの思い出があったんですかね。東京に住んでるし、しかも釣りやすいって聞いていたので、シーバスを狙ってみようと思って始めた感じです」
自分で調べて、一人で車を出した最初の日。場所は、まだ投げ釣りができたころの湾岸エリアだった。
「今考えるとシーバスがいなさそうな場所なんですけど、そこで一人で初めて投げたら、シーバスが一本取れて。本当にすごく小さい、30センチくらいだったんですけどね」

その時のことを思い出しながら、粕谷さんは笑う。
「とにかく感動して、大声で喋ってて。『やったー!』って。一人で(笑)」
夜中の海で、自分で見つけた場所に立ち、投げた先で魚が応えてくれた。
「これで釣れたら面白いなと思っていたら来てくれた。その感覚が忘れられなくてハマったような気がします」
うまくいかないことの方が長く続く
シーバスのどこに惹かれたのか。そう尋ねると、粕谷さんは「奥深さですかね」と答えたあと、少し間を置いてこう言った。
「本当に難しすぎるんですよ」
潮位差、天候、ベイトの位置。自然の条件が少し変わるだけで、釣果も大きく左右される。

「全部が自然で起こっていることじゃないですか。人間では決めきれないところに、どうアジャストしていくのかが難しすぎて。どこを通せばいいか、10センチ変わるだけで釣れるか釣れないか変わる世界なんですよ」
魚がいることはわかっている。けれど、通し方が少し違うだけで反応はない。そのわずかなズレを、何度も考え続ける。

「個人的に昔から、うまくいかないことの方が長く続くというか、うまくいってないからこそ、もっと知りたくなるというか」
「友達と釣りに行くことも多いんですけど、30歳のいい大人3人で知恵を集めてやって、それでも一匹も取れないのが逆に面白くて」
帰り道は、ラーメンを食べながらも、車のなかでも、ずっと反省会になる。

「今日は魚の動き方がいつもと違ったよね、なんでだろうねって話しながら帰るときがすごく楽しいんです。簡単にみんなでバクバク10本20本取れた日よりも、『よくあの1匹を取ったね』っていう日の方が、僕は好きですね」
感覚と理論のあいだ
粕谷さんは、釣りの間に何度もルアーを替えていく。
その選び方について聞くと、「直感と理論、半分ずつですね」と言った。

「ルアーを買う時に動画とかで動きを見て、だいたい水深は何センチって決まってるじゃないですか。これはどちらかっていうと頭で理解する理論のほう。でも実際に釣れるかどうかは、使ってみて手に伝わる感じで『これは良いルアーかも』と、感覚的なところも多いです」
理屈だけでも足りないし、感覚だけでも足りない。そのあいだを行き来しながら答えを探す。
「感覚と理論のあいだをちゃんとやらないと取れないっていうのが、面白いのかもしれないですね」

「最近のマイブームは、ルアーの腹がオレンジかピンクのやつ。前は側面で見てたんですけど、やっぱり魚は下から見てるので、腹の色をすごい大事にした方がいいなって、ここ2年くらいの気づきで」
たくさん買って、試して、そのなかで少しずつ自分の感覚ができていく。その過程もまた、釣りの時間の一部になっている。

ドラムと釣りに共通してあるもの
話を聞いていると、粕谷さんのなかで釣りとドラムは、どこか似た感覚のものとして並んでいるようだった。
「ドラムも、知れば知るほど奥深いんです。今35歳ですけど、たぶん70歳まで続けてもまだ模索している気がします 」
やればやるほど、わからないことが増えていく。その感覚は、釣りにも通じている。

「いつだって叩けないのが悔しいし、叩けた時は嬉しいし。釣れないのが悔しいし、釣れた時は嬉しいし。すごくシンプルな感情。あと、プレイヤーに個性があるのも似ている気がしてます」
学生時代にやっていたスポーツは、頂上を目指すものだった。けれど音楽と釣りには、人それぞれの個性があるのだと粕谷さんは言う。

「音楽をやっていると、人それぞれ『自分にはこれ』という個性があるじゃないですか。釣りも少し似てるところがあると思っていて。同じ場所で同じ魚を狙っていても、自分だから釣れる一匹、という感覚があるんですよ」
粕谷さん自身は、魚にリアクションしてもらうような釣りが好きだという。
「絶対にそこにいるのはわかっているけど、どんなルアーを通しても反応しないときに、ちょっとルアーを動かすことで、もうわからないけど食いついちゃえ、という状況を作るのは好きかもしれないですね」
悔しい思いがある人生の方が面白い
釣りを始めたことで、自然の見え方も変わったという。
東京で暮らしていても、海や川に通うなかで、人は自然には抗えないのだと強く感じるようになった。
「自然にはかなわないなって、より思いましたね。天気とか雨が降ったり風が吹いたりとか、あと潮の流れの要素とか、そういうのには絶対に人間が抗えないんだなっていうのを身をもって感じました」

その感覚は、ドラムの音作りにも返ってきた。湿度や空気の状態によって、ドラムは鳴り方や音の質感が変わる。だからこそ、その日の環境に合わせてチューニングを考える感覚が、以前よりも自然に入ってくるようになったのだという。
「自然にはどうしても勝てないっていうのを身をもって知ったから、そこには抗うんじゃなくて、こっちが合わせるしかない、みたいな」

思うようにいかないことのほうが、きっと多い。
だからつい、次を考えてしまう。
「悔しい思いがないよりは、悔しい思いがあるくらいの方が人生は面白いのかもしれません」
波の音が続く夕方の海で、粕谷さんはまたルアーを投げる。
すぐに手応えが返ってくるわけではない。それでもまた考え、海に向かう。
■プロフィール|粕谷哲司(かすや てつし)|ミュージシャン/ドラマー
1991年生まれ。バンド『Yogee New Waves』の元ドラマー。2023年夏にMichael Kaneko(Vo/Gt)、Keity(Ba)とともに『brkfstblend』を結成。70〜80年代のAORやソウル、サイケデリックロックを下敷きに、現代的な感覚と遊び心を織り交ぜたサウンドで注目を集める。2025年に1stフルアルバム『brkfstblend』をリリースし、FUJI ROCK FESTIVAL出演や台湾・タイでのアジアツアーなど、国内外で活動している。
Text by 森風美
Photograph by 畠中ショーン
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。









