Story ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語。
#038 本城茂太さん―潮の満ち引きに、暮らしを重ねる。

釣りには、船を出して沖に向かう特別な一日もある。その一方で、暮らしの波間にそっと入り込む釣りもある。
本城茂太さんにとって、それは日常のすぐそばにあるものだ。
漁港前で雑貨店を営む彼は、開店前に一本、釣り糸を垂らしながら、お客様を待つこともある。
海まで30秒。のどかな漁港で、本城さんの一日はこの青とともに始まる。
元漁具倉庫の雑貨店

福岡市最西端、市内から車で約45分。人気観光地からもほど近い漁港に、古びた建物が並ぶ。使われなくなった漁具倉庫や船の修理小屋をリノベーションし、飲食店や雑貨店として再生させる取り組みが進むこの地域。港の縁に建つそのひとつが、本城さんの店だ。
本城さんはアパレル業界で10年以上のキャリアを持ち、2015年に独立。福岡・糸島の漁港に店を構え、長崎・波佐見焼のうつわとオリジナルアパレルを扱う。

店内には、色とりどりの波佐見焼、Tシャツなどオリジナルブランドのアイテムが並ぶ。「このデザインにはこんな背景があって」「実はこれ、こんな秘密があって」——。
どれにも本城さんなりの背景や思いが込められていて、ここでしか出会えないものばかりだ。
記憶の片隅にある、港町

本城さんは福岡県の内陸で育った。子どものころ、海に行けるのは1年に1回あるかないか。だからこそ、漁港の持つ空気が特別だった。
時間が止まったかのような昭和の佇まい、迷路のような小道、軒先に座っているおばあちゃんと猫、季節折々の草花。そこには、人々の暮らしの息吹が感じられる。
今でも時間ができると、店を抜け出して港町を散歩する。潮風に吹かれながら路地を巡る時間が好きだという。幼少期に憧れた風景が、今もこの町には残っている。

2年前、本城さんはそんな風景のそばへ、自ら店を移した。以前は車で3分ほどの人気観光スポット近くに店を構えていた。
「移転前は、観光客の方がひっきりなしに来店されていましたよ。でも僕は人と話すのが好きなので、今のこの場所で、ゆっくり店内を見てもらって会話できるのがいいですね」
県外から、海外からも、この奥まった漁港を目指して人がやってくる。
地球と、いつも話している
潮見表をもとに、スタッフのシフトを組む。いい潮が入る日は、店より先に海へ出ることも。
「毎日潮見表を見て、潮流や水温のことも考えるようになりましたよ。地球とコミュニケーションしてる感じ」
岸壁から海面を眺め、魚の気配が立つ場所を見つける。ルアーを流すと、2投で2匹釣れることもある。
玄界灘に突き出たこの半島は、アオリイカの魚影が濃いエリアとして知られている。普段はエギングを楽しみ、ときには活きアジを使ってアオリイカを狙うこともある。アタリを待ちながら駆け引きを楽しむ釣り方りで、道具の工夫も醍醐味のひとつだ。
「リールを試行錯誤するのが楽しくて。エギとは違う原始的な感じというか、狩猟感で血が騒ぐんですよ。ドキドキする時間が長過ぎて、心臓に悪い(笑)。でもそこが面白いんです」
一方で、待つ釣りの喜びもある。
コウイカを狙って2〜3時間、エギが微動だにしない時間が続く。この日も大きな動きはなかった。
片付けを始めようとしたその瞬間だった。
スローモーションのように、ラインが動く。ようやく訪れたそのアタリに胸が高る。
——そんな一瞬があるから釣りはやめられない。
結局この日は、食卓に運ぶ魚を釣ることはできなかった。それでも、海を眺めながら糸を垂らし、アタリを待つ。その時間もまた、この町で暮らす日々の一部なのだ。
お客様が誰も来ないときは、岸壁で釣り糸を垂らして、たまに振り返る。誰かが来ていないか、確かめながら。
釣りは、日々の暮らしの延長にある。
この町に溶け込む

地元の漁師さんが、ふらりと店に遊びに来る。店のTシャツを着た顔なじみと、他愛のない話をする。その様子はまるで旧知の友人のような掛け合いだが、初めて会ったのはお店が移転した2年ほど前のことだという。本城さんの方から話しかけたのだという。「釣りがしたいから、船に乗せてほしい」と。それから縁が続いている。
店には漁師さんをモチーフにしたTシャツもある。毎日この海で働いている人への、言葉にならないリスペクトだ。地元有志と始めた地域情報を紹介するポッドキャストもそうだ。特別なことをしようとしているわけではない。ただ、この場所で暮らし、この町の人たちと自然につながっていく。その積み重ねのなかで、少しずつ町に溶け込んできた。

釣るのは、その日家族が食べる分だけ

釣りから戻ると、台所に立つ。その日の海から持ち帰った魚を、
自らさばく。包丁を入れ、身を開き、波佐見焼の器に盛り付ける。本城さんは冗談まじりに、それを「献上の儀式」と呼ぶ。家族の食卓に並べるところまでが、自分にとって釣りなのだと言う。
「その日、家族が食べる分だけしか取らない。それで十分なんです」
海に必要以上のものを求めない。そんな考えは、日々の食卓に彩りを添える波佐見焼にも、どこか通じるものがある。
「毎日気兼ねなく使ってもらえるのがいい。軽くて丈夫で壊れにくい」
特別な日のためではなく、日常の食卓に置かれるために生まれた器。所有する喜びと、誰かと囲む豊かさ。釣りも、うつわも、誰かと分かち合ってこそ、その豊かさが生まれる。
潮が満ちれば海へ出て、引けば店に戻る。
そうやって、地球の鼓動に耳を傾ける一日が、また始まる。
■ショップ|HEY&Ho.
住所:福岡県福岡市西区西浦1235 西浦漁港内
営業時間:11:00~18:00
Text:Megumi Sato
Photograph:Fumio Kinoshita
Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」
私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。
その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。









