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【生き抜く力の育て方】
たとえば異臭がした時、「なんの匂い?」なんてのんびり嗅いでいたら
命に関わります

2024.10.10

今回のテーマは「森の歩き方」。動物学者である今泉先生は、子どもたちの「生き抜く力」を育てるために、野外観察や自然体験が大きな役割を果たす、と語っています。
とても楽しくて、実は役にたつ森の歩き方。今泉先生のナビゲートで予習をしたら、今度の週末は親子で森へと出かけてみませんか!

自然のなかで感性と感覚と体力を鍛える

「子ども時代は勉強だけでなく、自然体験も大事」というのは、たくさんの人が言っていますね。
なぜいいのか。それはやっぱり、感性と知識が豊かになるからだろうなぁ、と思います。都会のビルしか知らなかったから、もやしっ子になっちゃうよね。
野外に出ると、ふだんの暮らしでは見られないものがたくさんあります。そこで養われるのが「観察眼」です。
周囲をよく見て、おもしろいものに気づく力。おかしなものを見つける力。それに、自然のなかで遊ぶと、体も鍛えられますね。

危険な時、瞬時に判断して体を動かすためには「経験」が重要

僕は動物の研究でずっとフィールドワークを続けてきたから、生き抜く力には自信がありますよ。
異常な音、匂い、気配がしたら瞬時に逃げる、隠れる、場合によっては立ち向かう!?

安全な日本では、そんな力は必要ないと笑いますか?
でも、案外そうとも言えません。だって、事故や事件のニュースは、毎日のように目にするでしょう? 
たとえば異臭がしてきたときに「なんの匂い?」なんていって、のんびりくんくん嗅いでいたら命に関わるかもしれない。「おかしい!」と思ったらすぐに息をとめて、匂いのしない場所へ走らなきゃっ。

瞬時に判断して体を動かすためには、やっぱり経験が重要です。
だから、感性と感覚と体を鍛えておくことって、現代人にとってもすごく大事なこと。都会で暮らすにも、森のことが役に立つんです。

下を向いて歩こう!

では、森に行ったら何を見ればいいのか?
僕は、森のなかでは下を向いて「落とし物」を探しています。木の葉っぱや地面の穴、動物の足跡やうんち、そういうものをチェックしながら歩くんです。
たとえば、左右対称に穴の空いた葉っぱを拾ったら、それはムササビがいる証拠。ムササビは葉っぱを半分に折ってかじるから、左右対称の食い跡になる。
かわいいでしょっ!
リスの食い跡もおもしろいですよ。日本のリスは松の実が大好き。松の実は、松ぼっくりのうろこ状の付け根についているんだけど、リスは実だけを器用にかじって残りをポイッと捨てるんです。その捨てられた芯が、なんとエビフライにそっくり!
森のなかにエビフライみたいな形のものが落ちていたら、楽しいよね。
思わず集めたくなるでしょう!
ほかにも、虫が卵を産みつけた葉っぱとか、クマが木の皮を剥いで樹液を舐めた跡とか、森のなかにはおもしろい痕跡があちこちに残っています。
森の中の落とし物をチェックしながら歩くと、森の景色が変わって見えるはずです。姿は見えなくても、ここそこに動物が暮らしていることがわかる。彼らの暮らしが想像できるようになります。

ムササビの食い跡。いろいろ。(撮影:小川ましろ氏)
リスの食い跡。松ぼっくりのエビフライができるまで。

夜の森でじっと息をひそめて

昼間の森に慣れたら、今度は夜の森に出かけてみましょう。
森に入ったら懐中電灯など灯りを消して、5分、10分、森の雰囲気を味わいます。僕たち人間は夜でも明るいのが当たり前の生活をしているから、真っ暗になると最初は怖い。
でも、動物たちは真っ暗な森のなかでもつまずくこともなく歩いているんです。
人間だって、目に頼れないとなったら、音や匂いから周囲の状況を察することができるようになる。視覚を遮断した経験をすると、聴覚、嗅覚、触覚など、視覚以外の五感が育ちます。
最初は怖くても、しばらくすると慣れますよ。動物は突然襲ってきたりしないから大丈夫。

必要な装備も自然とわかってくる

夜の森でも動物は活発に動いています。
ムササビが葉っぱを食べている音、動物たちの鳴き声、暗闇に光る目…。懐中電灯を片手に、夜の森を探検するのもおもしろいものです。
でも、やっぱり真っ暗な森でも自由に歩ける動物たちは、すごい。
僕なんか、懐中電灯が突然切れたときには、赤ちゃんみたいにハイハイするしかなかったものね。谷に落っこちたりしたら大変だから、手探りでジリジリと。
それ以来、懐中電灯は3本持っていきます。必要な装備も自分で学んでいくことが大事ですね。

都会でもできる自然観察

いくら森がおもしろい、自然体験が大切だって言っても、毎週のように出かけるのは大変ですね。
でも、実は都会のなかでも、自然観察はできるんです。街中の公園でも、じっくり見ればいろんな生き物がいます。昆虫や鳥、野良猫、それからモグラ。
川には魚も泳いでいるし、カメもいる。きれいなカワセミが飛んできたり、カモの赤ちゃんがよちよち歩く姿が見られたりするかもしれません。
また、川のほとりに小さなテントを張って待っていると、いろんな生き物が順番に水を飲みに来るのを観察できたりしますよ。

家の近所の公園で観察眼を養う

年に1回だけ「自然体験だ!」と森に行くだけでは、ちょっともったいないと思います。1週間に1回くらい、ちょこちょこと行って観察できる場所があるといいですね。

木があれば、必ず生き物はいます。
家の近所の公園で観察眼を養っておくと、大自然に出かけたときにも役に立ちます。
家の近所だって、たとえば昼と夜とでは様子が全然違うでしょう!?
夜の公園でジーーッと生き物観察するのなんて、ちょっとワクワクしますね。

ただし、怪しまれないように!

暗い場所で観察するには、何が必要かも子どもが自分で考えます。
「あれを持ってくればよかった…!」といった小さな失敗もしながら、自分で学んでいく。そうすると、毎朝の学校の支度も自発的にできるようになるかもしれないですね。

青春は返してあげられない。だから「今、この時に!」

子どもはどんどん成長します。
子ども時代って、振り返ると本当に一瞬で終わってしまうものなんです。
あとから「あのとき、もっと自然で遊んでおけばよかった」と後悔しても、青春は返してあげられない。
だから、やることは盛りだくさんで忙しいけれど、「いま、このときに!」、自然と触れ合う時間、体験を持たせてあげることって本当に大切。

まずは近くの公園や水辺から。
親子で楽しんで、自然観察の力を養ってもらえたらと思います。

今泉忠明(いまいずみ ただあき)
動物学者。動物学者・今泉吉典の二男として生まれ、動物三昧の子ども時代を過ごす。大学卒業後、多くの生態調査に参加。各地の博物館館長、研究所所長などを歴任。『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)他著書・監修書多数。

取材・文:浦上藍子(主婦の友社・暮らしニスタ)

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