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人はなぜ溺れるのか、「水」と「流れ」のリスク。
~川の水難事故のメカニズム~ (対談後編)

2023.01.23

川とは、「水があり」「流れている」場所のこと。
人間は水の中では息ができない。つまり、「水があり」「流れている」という川の自然環境では、どうしても水難事故が起きやすいのです。特に日本では山が急峻なため、川は場所によっては急流となってしまう。そんな川の特徴を知っておくことも、川の水難事故を防ぐためには必要なことだろう。
河川財団「子どもの水辺サポートセンター」主任研究員の菅原一成さんと吉川慎之介記念基金代表理事の吉川優子さんによる対談前編では、「川の水難事故の概況」を確認しながら事故を防ぐための課題について話しが交わされました。その後編となる今回は「川の水難事故のメカニズム」。
このメカニズムを知っておけば、防げる事故は多いのだ。

画像出典:河川財団「水辺の安全ハンドブック」 イラストレーション/山下航
河川財団 菅原一成さん(以下 菅原) 川の事故、特に溺死はなぜ起こるのか(?)、その理由を端的に言うと、人間は肺呼吸する生き物だから、ということになります。口と鼻が水没することで呼吸が困難になり、溺死に至るわけです。そのクリティカルな状況に至るまでには転落する、流される、深みにはまるなど、いくつかの要因が挙げられますが、最終的には顔が水に没し、呼吸が困難となり酸素を取り込めない状況が続くことで溺死に至ります。逆を言えば、顔さえ水面から上に出ていれば、助かる可能性は非常に高いわけです。
吉川慎之介記念基金 吉川優子さん(以下 吉川) やはりライフジャケットの着用が必要ということですね。「川に行くな」「川で遊ぶな」と片づけてしまえば簡単なのかもしれないけど、川には心を癒してくれる美しさと自然と触れ合う楽しさがあります。そんな魅力ある川で楽しむことを禁じてしまうことは非常に残念なことです。だからこそ、川を思いっきり楽しむために「川の事故のメカニズム」を知っておくことが大切なのです。
菅原 重要なのは「流域」を知るという考え方です。大地に雨が降るから水があり、高低差があるから水が流れるのです。水は高いところから低いところに流れます。そして、その川に水が集まる範囲を「流域」と呼びます。「流域」は山の尾根で分かれ、同じ「流域」内に降った雨は高いところから低いところへと流れて川として集まります。水は質量があるので、たくさん集まると重たい物質になります。雨で水量が増し、流れが速くなることで、途方もない大きなエネルギーになるのです。川は「水があり」「流れている」ということを理解し、水難事故に備えることが大切なのです。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」リスクと対策例 Sheet36
吉川 深さにも注意したいです。流れの早い「瀬」は浅く、流れの穏やかな「淵」は深い。一口に川といっても、場所によって深さや流れは一定ではなく、それらが複雑に絡み合っているということも知っておきたいですね。今いる場所が浅くても、一歩先に深みがあるかもしれないのです。このリスクは軽視してはいけません。また意外と知られていないのは「大人は子どもよりも下流にいるべき」ということです。大人が子どもよりも上流にいた際に子どもが流された場合、川の流れが速いと救助が間に合わなくなります。わずか数秒で、子どもは手の届かないところに流されていきますから、もし万が一、子どもが流されたとしても受け止めることができるよう、大人は子どもよりも下流に位置することがとても大切ですね。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」リスクと対策例 Sheet38
出典:河川財団「No More 水難事故2022」リスクと対策例 Sheet54
菅原 川には流れがあります。流れることで物を移動させようとする力が発生します。流れが速くなればなるほどその力が大きくなります。流そうとする力に対し、抵抗しようとする力が小さいと流されることになります。膝下程度の浅さでも、子どもの体重は軽いので、流れに対し抵抗しようとする力は大人より小さい。つまり、同じ条件では大人より子どもは流されやすいのですよ。もちろん大人でも油断は禁物。1メートル/秒だった流速が2メートル/秒になると、流水によって足にかかる水の力は「なんと約4倍」になります。膝下程度の深さでも流れが速くなれば、大人でも流される可能性は十分にあります。流れだけでなく増水などにより水位の上昇も加わると、流れがさらに速くなることと、その流れがあたる面積が大きくなり、リスクはさらに高まります。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」リスクと対策例 Sheet58
吉川 川の流れはリスクでもありますが、楽しめることもたくさんあると思います。流れがある川という自然を楽しむためにも、なぜ川で水難事故が起こるのか、そのメカニズムを理解した上で、きちんと準備をして川遊びを楽しむようにして欲しいと思います。そしてライフジャケットの着用が子どもだけでなく、大人にも広がっていくといいですね。川に遊びにきた時に大人がライフジャケットを着ていれば、子どもの意識の中に「ライフジャケットを着なければいけない」というスイッチが入りますから。やはり大人の行動は子どもに意識づけるためにも大切なのです。
菅原 「川の事故のメカニズム」を理解することは、すぐには難しいかもしれませんが、まずポイントとして知っておいて欲しいことは3つです。1)雨と川の関係、自分たちがいる川の流域全体の天気のことです。雨が降れば水量が増します。水量が増せば普段よりも流れが速くなります。その当日だけでなく、前日の流域内の天気にも注意を払うことが非常に大切です。2)川には流れがあるということ。流れが速かったり、流れがあたる面積が大きくなりますと、子どもはあっという間に流されてしまいます。浅瀬だから大丈夫だと油断せず、大人は常に子どもよりも下流側に立ち、目を離さないことが大切です。3)なによりも大切なことは大人も子どももライフジャケットの着用です。水面から顔さえ出ていれば、呼吸ができます。これはとても重要なことです。きちんとしたライフジャケットの着用が溺死するリスクを大きく下げるのです。このように大人が「川の事故のメカニズム」を知っておけば準備もできますし、いざというときに落ち着いた対処もできます。子どもの水難事故は、川を知ることで減らすことができるのです。そして、川での大人の意識や行動が子どもの命を守る、ということを改めて理解して欲しいと思います。
菅原一成さん
公益財団法人河川財団「子どもの水辺サポートセンター」主任研究員。水辺体験活動の普及推進事業や河川・水教育の普及等に取り組みながら、水難事故防止の調査研究にも携わる。川の指導者養成の全国組織「RAC(川に学ぶ体験活動協議会)」トレーナーとしても活動中。
河川財団:https://www.kasen.or.jp
子どもの水辺サポートセンター:https://www.kasen.or.jp/mizube/tabid324.html
吉川優子さん
一般社団法人吉川慎之介記念基金 代表理事。お泊り保育の川遊びの最中に当時5歳だった息子・慎之介くんを川の事故で亡くした経験から、同基金を立ち上げる。さらに「日本子ども安全学会」を発足し、教育現場における安全危機管理について広く勉強会を行っている。
吉川慎之介記念基金:https://shinnosuke0907.net

取材編集:帆足泰子

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