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豊かな海、江戸前=東京湾の再生を目指す

2023.02.01

かつて東京湾沿いの海岸は、アサリやハマグリなど貝類、またカレイやアナゴなど江戸前を代表する魚の漁業が盛んでした。特に、波静かで遠浅な海で栄養豊富な好条件に恵まれた大森周辺は江戸時代から海苔の養殖業が盛んになり、それは将軍家に納められる高級な海苔でした。しかし、昭和30年代には東京湾沖の埋め立て工事が進み、海岸線の姿は大きく変わりはじめました。
そして今、東京湾はどう変わってきたものか、その多くを東京湾遊漁船協同組合にお尋ねしてみました。

国内初、遊漁船だけの協同組合

「海苔棚がどこまでも広がる大森で育ったんです」と、東京湾遊漁船業協同組合の飯島正宏理事長は話す。
同組合は、川崎から浦安までの江戸前といわれる東京湾奥で、遊漁船を営む船宿だけで組織された国内で最初の協同組合。「東京湾に生き、東京湾を守る」をモットーに様々な活動を展開しつづけ、来年(2024年)設立50周年を迎える。
「ハゼなんかは“湧く”と言われるほど、キスやカレイ、アイナメなど色々な魚が近くでいくらでも釣れました。ウナギも獲れたしアサリやハマグリも沢山獲れました。それが、昭和39年(1964年)の東京オリンピック前後を機に大きく変わってしまった」という。
当時、日本は高度経済成長期に入り、京浜・京葉の湾岸域は急速に埋立てが進み、各河川から生活廃水や工業廃水の流入もあって水質の悪化も大きな問題となった。
「魚が釣れなければ釣り船は成り立ちません。遊漁を続けるか、完全に陸に上がって全く別の仕事を探すか、選択を迫られたんです。そして『やっぱり自分たちには釣り船しかない、自分たちの海、江戸前の海を守って生きていこう』ということで仲間が集まってできたのが、うちの組合なんです」。

「船釣り客数調査」が貴重な指標に

国内初の遊漁船の協同組合として、スタート直後は何もかも手探りの状態だったという。
「海を守るといっても、埋立てや様々な工事が続いていて、多くの要望を出しましたが、なかなか受け入れられませんでした。その当時、遊漁はまだ社会的な地位が低く、職業として明確な位置づけがなくて、所管する官庁も定まらない状態だったんです」。
そこで1979年、まず「船釣り客数調査」を始めたという。
「組合員の魚種別、月別の釣り客数を調査して【東京湾に生きる】という冊子にまとめて毎年発刊することにしたんです。組合員数の変動もあって緻密な調査とはいえませんが、そうした調査はどこもやっていなかったので、いまでは東京湾の釣り物を知る、というだけでなく、年代ごとの東京湾の状況、釣り船業の変遷を知る上で、行政や関係機関にとって貴重な資料として利用していただいています」。

2001年から毎年行っている羽田の清掃

同組合では、昨年(2022年)5月に組合員総出で羽田空港東側の海岸一帯(羽田沖浅場)を清掃。海上保安庁東京海上保安部からも3名が応援に駆け付け、ペットボトルなどの漂着ゴミ150袋余りを回収した。
「清掃した一帯は、1975年から始まった羽田空港の拡張工事で埋め立てられた場所です。その際、海岸部の環境を守ろうということで私たちも運動して、8kmにわたる浅場の造成につながりました。海岸の浅場は海の生態系にとって極めて重要で、私たちにとっては「私たちが勝ち取った浅場」でもあり、その環境を維持する上でも必要だ、ということで2001年から毎年清掃活動を続けています」。
近年はマイクロプラスチックによる海洋汚染も問題になっている。毎年清掃をすることで、漂着物の変遷などから、都心の生活スタイルの変化、海の環境の変化も見えてくるという。

羽田の環境改善を注視していきます

羽田はかつて江戸前の主要な漁場、釣り場が広がり、様々な魚が数多く釣れたが、大規模な空港の拡張工事が度重なり、その様相は一変。釣り物も激減した。
「羽田は『豊饒の海』といわれた江戸前を代表する釣場なんです。今後も埋め立てなど周辺では様々な工事が行われると思います。再生、復活といっても簡単ではない。ただ何もしなければ環境は悪くなるばかりです。地味な活動でも継続することでなんとか現状を維持することはできるんじゃないか、幸い近年行政も環境問題には関心を持って、私たちの話にも耳を傾けてくれるようになってきています」という。
「高度経済成長期、工事を急いで、浅場をどんどん埋めて、海岸は直立の深い護岸ばかりが並んでしまった。直立護岸は魚介類をはじめ海生生物の生息環境としては最悪で、海藻も育たないし、魚たちにとっては産卵も生育も難しい。こうした直立護岸を海生生物の生育に配慮した構造護岸にしてもらう。東京は日本経済の中心ですから、開発も必要だと思いますが、いま残っているわずかな浅場や干潟を狭い場所でもなんとか残していってもらう。小さくても、そうした場所が数多くあれば、海生生物の再生・復活の大きな力になると思うんです。羽田周辺の環境が良くなれば、江戸前全体、そして東京湾の環境改善につながるはずです」。

小中学生も参加して、稚魚を放流

同組合では毎年放流活動も行っている。昨年(2022年)は、関係の機関・団体とも協力して、7月にカレイの稚魚10,000尾、9月にカサゴの稚魚30,000尾、11月にメバルの稚魚13,000尾の放流を実施した。
「いずれも羽田沖浅場を中心に放流しています。放流にあたっては総合学習の一環ということで、大田区の小中学生にも参加してもらっています。地元の子供たちにこうした活動を知ってもらうと同時に、身近にある東京湾への関心を持ってもらえればという思いもあります」
同組合では、カサゴとメバルについて、放流魚の一部にタグを付けて放流、組合員などで羽田周辺海域の実釣を行うなど、毎年追跡・生態調査も実施している。

「江戸前の釣り」の復活を願って

「うちの組合のキャラクターにもしていますが、ハゼの復活も私たちの大きな目標です。デキハゼと呼ばれる稚魚は、夏場に結構釣れるようになっていますが、天ぷらサイズといわれる成魚になるとあまり釣れなくなってしまう」。
「ハゼは、かつては江戸前の庶民の釣り、どこでもたくさん釣れ、落ちに入る冬場も釣り船で多くの釣り客を集めました。ここ1~2年、わずかに復活の兆しもあるようでりますが、かつて湧くようにいた状況からすれば、全く予想しなかった超低空飛行が続いています」。
ハゼの激減については、この東京湾から干潟や浅場が無くなったことが挙げられ、一方で繁殖が拡大しているウミウの影響もあるかもしれないのです。
「いずれにしても、ハゼの復活には長い道のりがあると思います。さらに、私たちはカレイの復活も期待しています。東京湾でマコガレイが釣れなくなって何年経ったでしょうか。組合ではカレイはあまり釣れないけれど“江戸前のカレイ釣り”は残していこうと、2005年からカレイを狙って「江戸前釣り大会」を毎年開催してきました。コロナ禍でここ3年は中止せざるを得ませんでしたが、釣れなくても多くの釣り人が参加する人気の大会で、多くのメーカーさんにもご協力いただいている大会です」。
空港の拡張前は「羽田も大型カレイの好釣り場になっていた」ということもあって、2017年から羽田沖にマコガレイの稚魚を毎年放流している。
「ただ、カレイもまだまだ復活の兆しはみえていないのが現状です。東京湾の復活・再生は簡単な話ではありませんが、環境問題への関心は行政や民間企業、一般の人々の間でも広がってきていると思います。そうした声の後押しを力に、いずれ東京湾の環境が昔の姿に近くなり、かつての江戸前の釣りが復活してくれれば、と私たちも地道な努力を続け、長い道のりを歩き続けていきたいと思っています」と飯島正宏理事長は東京湾の未来を言葉にした。

文:千葉朗

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