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私たちはすでに吸い込んでいる、大気中に広がるプラスチック汚染。

2023.02.16

海に浮遊するプラスチック容器。細かく砕け、マイクロプラスチックとなり海を汚染しているという報道。日々見聞きする情報から、日常生活から排出されたプラスチックは海が終着点だと思っていないだろうか(?)。海はプラスチック汚染の終着点ではない。プラスチックは紫外線や波で粉砕され、マイクロプラスチックとなり、海から大気中に放出されているのだ。この「大気中マイクロプラスチック」に危機意識を持つ人はまだ少ないが、近年の研究から、自然環境や人体への影響が懸念され始めている。大気中マイクロプラスチック研究で世界をリードする早稲田大学理工学術院 創造理工学部 環境資源工学科の大河内博教授に、少しずつ実態が解明し始めた大気中マイクロプラスチックについて、教えていただいた。

Photo/富士山観測所
画像・資料提供:大河内博 教授

環境に影響を及ぼすマイクロプラスチックの研究は、海洋プラスチックの調査から始まったと言われている。そのため研究者による論文数も圧倒的に多く、実態解明に向けた研究が世界中で進んでいる。しかし大気中マイクロプラスチックの研究はまだ始まったばかりと大河内先生は語る。

大気中マイクロプラスチックの研究者は少なく、環境や人体への影響はほとんどわかっていません。海面に漂うプラスチックや海底に沈むプラスチックの調査は行われていますが、海上の波飛沫によって大気中に舞い上がるマイクロプラスチックの調査は始まったばかりで、詳細は分かっていないのです。フランス沿岸部を調査したチームの研究によると、年間14万トンほどのマイクロプラスチックが大気中に放出されていると推計されています。
しかし、海から放出されたマイクロプラスチックが大気を通じてどこを漂い、どこに、どれくらい運ばれているのか調査が進んでいません。また、大気中マイクロプラスチックは海から放出されるものだけではありません。タイヤの粉塵など、都市部を中心とした陸域から放出されるものもあります。プラスチックを原料とするマイクロカプセルを使用した肥料や農薬の散布にも問題が指摘されています。大気中マイクロプラスチックは目に見えないので実感しづらいのですが、今、まさに目に見えない恐怖が私たちの周りに広がっているといえるでしょう。

図版/地表を巡る

マイクロプラスチックの定義は5ミリメートル以下。一般的に定義されているこのサイズは、海洋生物の消化管における物理的な閉塞以外の影響を考慮したものです。下限値は0.3ミリメートル。これは海洋マイクロプラスチックを採取する網の目サイズから導き出したもの。
一方、大気調査の場合は目に見えるような大きいサイズは重力で地上に落ちるので研究対象とはならず、主にPM2.5といわれる2.5マイクロメートル以下のサイズを対象とする。このサイズになると目には見えないので、私たちは知らないうちに大気中マイクロプラスチックを吸い込んでいる可能性が非常に高い。そこで大河内先生は2021年から環境省のプロジェクト「大気中マイクロプラスチックの実態解明と健康影響評価」研究を率いて日本全国や東南アジア、さらに北極でも研究を行なっており、その現況をお聞きしてみた。

日本では大気中マイクロプラスチックの研究が始まりましたが、地球規模での研究にはまだ至っていません。PM2.5のサイズだと肺の奥まで入ってしまう可能性が高く、人体への影響は決して無視できるものではありません。ブラジルの調査では、すでに人間の肺からマイクロプラスチックが見つかっています(ご遺体から検出)。別の調査からは血液や母乳、胎盤、便などから見つかっています。つまり、マイクロプラスチックが体の中に入っていることは、すでに明らかなのです。

図版/肺の奥

魚の胃袋からマイクロプラスチックが見つかっていることを考えると、これらを食べる人間が食べ物や飲み物からマイクロプラスチックを摂取している可能性は、残念ながらイメージできる。しかし呼吸によってもマイクロプラスチックを摂取しているという事実は非常に衝撃的だ。人間の呼吸は1日に約2万回。当然止めることはできず、このままプラスチックによる大気汚染が改善されなければ、私たちは大気中マイクロプラスチックを吸い続けていくことになるのだが、この点を少し詳しくお聞きしてみると・・・

1日約2万回という呼吸数を考えると、大気中から摂取するマイクロプラスチックの量は食べ物や飲み物から摂取する量よりも、実は遥かに多いのです。呼吸によって肺に取り込まれたマイクロプラスチックは肺胞まで入っていきます。さらに、ナノサイズのプラスチックは肺胞壁を通過して毛細血管に入り込み、血液によって全身に回るのです。母乳は血液から作られるので、血液にマイクロおよびナノプラスチックが入ると母乳にも影響が出てしまいます。おそらく脳にも回っていると推察されます。
大気中マイクロプラスチック問題は3つの点に注目して考えなければなりません。
1つ目は大きさです。ナノサイズまで小さくなったプラスチックは血管に入ってしまうので、人体への影響が大きくなる可能性は高い。
2つ目は形状です。マイクロプラスチックは細片化する過程で一つひとつが異なる形状となりますが、中でも細長く尖った形状や繊維状のものは肺の組織に突き刺さり、体内に留まりやすいと考えられています。突き刺さったマイクロプラスチックが、長い年月を経て人体にどんな影響を与えるかはまだ不明です。
3つ目は化学物質です。プラスチックはその製造工程で難燃剤や酸化防止剤などさまざまな化学物質が添加されている場合が多く、また環境中でさまざまな有害化学物質を吸着するとも言われています。
これら3つの点を考えると、やはり大気中マイクロプラスチックは人体に取り込んでいいものとは思えません。もちろん大気中マイクロプラスチックの研究はまだ始まったばかりですから、呼吸によって体内に摂取されたマイクロプラスチックが人体にどのような影響を及ぼすかは分かっていないので、現時点で過剰に心配する必要はないでしょう。ただ、健康被害が明確になってからの対策では遅いと思っています。
大気中マイクロプラスチックの研究は今すぐ全地球的に取り組まねばならない課題なのです。

大河内先生が全国各地で行なっている調査の中でも石川県能登半島で行なっている調査からは、興味深い結果が報告されている。能登半島の方が東京の都市部よりも大気中マイクロプラスチックの濃度が高かったのだ。これは大陸から偏西風に乗ってやってくる大陸由来の越境汚染と日本海由来の海洋マイクロプラスチックの影響だと見られている。また富士山頂の積雪からマイクロプラスチックが検出された。登山者が足を踏み入れない場所で採取した雪から見つかったため、登山者の衣服から直接落ちたものではなく、自由対流圏に吹く偏西風で大陸から運ばれてきたマイクロプラスチックだと考えられている。このような地球規模、見逃せない事例について大河内先生から・・・。

マイクロプラスチックの問題は、その地域だけの問題ではありません。私たちの日常の中から排出されたプラスチックは川などから海に流れつき、紫外線や波で粉砕され、マイクロプラスチックとなり、その一部は大気に放出されます。それらは大気中を漂い、雨によって山に降り注ぎ、川を通って、再び海へと流れていきます。つまりマイクロプラスチックは、大自然の大気循環や水循環の中で永遠に回り続けているのです。また大気中に漂うマイクロプラスチックは風に乗って、全世界を巡ります。自分が排出したプラスチックが自分とは関係のない地域に、大気中マイクロプラスチックとなって多大な影響を及ぼしている可能性もあるのです。私たちは、プラスチックの排出と環境問題にもっと真剣に向き合わなければ、地球を循環する大気中マイクロプラスチックの量は増えていくばかりです。

図版/大気汚染

プラスチックは紫外線などで劣化・分解する際に、メタンを放出する。メタンは二酸化炭素よりも温暖化に影響を与えるといわれており、大気中で分解を繰り返すマイクロプラスチックは気候変動にも大きく関与しているのではないかと懸念されている。このままでは自然環境への影響だけでなく、目に見えない大気中マイクロプラスチックが、いつの間にか人体を蝕む可能性は高い。私たちは大気中マイクロプラスチックの存在をしっかりと認識し、プラスチックの削減や適切な処理に取り組んでいく必要があるだろう。
大河内先生は環境省や気象庁気象研究所、他大学の研究者などと連携して、大気中マイクロプラスチック研究をさらに深めていくために準備を進めている。
「地球環境の改善に役立つ研究を日本から発信したい」と意気込みを熱く語ってくれた。大気中マイクロプラスチック研究において、世界をリードする大河内先生の今後の研究に期待したい。

大河内博 教授
早稲田大学理工学術院 創造理工学部 環境資源工学科教授。(公社)大気環境学会 常任理事、環境化学会 理事。ガイア(生きている地球)の健康管理を目標に、水・物質循環の視点から環境化学研究を展開。『空気・水・森林の化学情報を解読し、人と自然の共生を探る』をモットーとする。

取材編集:帆足泰子

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