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地球環境が大きく変化する今、
私たちには「海洋リテラシー」が求められている
~ディスカバーブルー水井涼太さんが教える海の学び①~

2023.05.08

「海洋リテラシー」という言葉をご存知だろうか。「海洋リテラシー」とはアメリカの海洋研究者などによって提唱され、その後ユネスコによって世界に促進されている海洋教育の概念だ。
「海が人類に与える影響と人類が海に与える影響を理解すること」と定義され、7つの基本原則が掲げられている。日本にもこの概念は紹介されているが、海洋リテラシー向上への取り組みは進んではいない。気候変動や海洋汚染など地球環境の変化が懸念されている今、私たちが「海洋リテラシー」を高める意味を考えてみたい。海の課題解決に取り組むソーシャルベンチャー、特定非営利活動法人ディスカバーブルーの水井涼太さんにお話をうかがった。

最初に、海洋リテラシーの基本7原則を紹介しておきたい。

1.地球には、多様な特徴を備えた巨大な一つの海洋がある。
2.海洋と海洋生物が地球の特徴を形成する
3.海洋は気象と気候に大きな影響を与える
4.海洋が地球を生命生存可能な惑星にしている
5.海洋が豊かな生物多様性と生態系を支えている
6.海洋と人間は密接に結びついている
7.海洋の大部分は未知である
(東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センターによる「Ocean Literacy for All」翻訳より)

掲げられた7つの基本原則を見ると、どれも特別なことを言っているわけではない。誰もがよく知る常識である。しかし、その常識をどこまで理解しているだろうか。そして、自分たちの行動と海の存在を日頃からつなげて考えているかと言えば、多くの人がそうではないだろう。気候調節や二酸化炭素の吸収など、海は地球環境と生命の存在に欠かせないものであり、地球に暮らす全員が海について考える責任を負っている。そのため海洋リテラシーを高めることが世界的に促進されているわけだが、日本では海に関する体系的な学習の機会はほとんどない。では、学校などで海を学ぶ機会の少ない子どもたちの海洋リテラシーを高めるには、どうすればいいのだろうか。
「日本は海に囲まれた国なのに、多くの人が海についてあまり知りません。学習指導要綱の中にも海に関する記載は少なく、子どもたちが学校で海について学ぶ機会はほんのわずかです。近年は海洋プラスチック問題を総合的学習の時間で取り上げることも増えているようですが、海の本質を知らないままでは、本当の課題解決にはつながらない。まず、海に関心を持つことから始めてほしい」と水井さんは問う。

SDGsへの意識の高まりとともに海洋プラスチック問題に注目が集まり、海岸清掃などさまざまな活動が各地で見られるようになった。しかし、海の学びは海の豊かさを知ることが大事だと水井さんは考えている。
「海洋プラスチック問題は深刻です。そういう意味では海岸清掃は意義ある活動でしょう。特に子どもたちは達成感を感じやすいと思います。しかし、なぜごみを捨ててはいけないのか、自分たちが捨てたごみがどのように海に流れ着くのか、流れ着いたごみが海の生き物にどのような影響を与えるのかという理解が、海岸清掃だけで子どもたちの中にしっかりと形成されるかは疑問です。子どもたちには、海の環境問題を考える前に、まず海の豊かさを実感する体験が必要ではないでしょうか。多様な生物を育む海に触れることで、この海を守るために自分は何ができるのかと考えていくプロセスが大切なのです」

陸から流れ出たプラスチックごみが海を漂う。水井さんが活動拠点とする相模湾でも大雨のあとはごみが寄せ集められてしまう場所もある。

私たちが海洋リテラシーを高めるためには、具体的にどんなアクションを起こしていけばいいだろうか。水井さんがアクションに必要な3つの視点を教えてくれた。

「まず、海には陸上とはまったく異なるデザインの生き物がいることに注目してほしいです。日本近海は全海洋生物25万種のうち13.5%に当たる3万3千種以上が確認されており、世界的にも生物多様性が高い海域です。海の生物というと魚を思い浮かべる人は多いですが、日本近海の3万3千種のうち最も多いのが軟体動物門(貝・タコ・イカの仲間)で26%、次いで節足動物門(エビ・カニの仲間)が19%、魚を含む脊椎動物門(魚類、哺乳類など)は13%に過ぎません。海は陸上の環境と異なるため、生物の体の構造や暮らし方も大きく異なり、その様子を観察するだけでも海の神秘に触れる楽しみがあります。ディスカバーブルーでは神奈川県の真鶴町三ツ石海岸で海に親しむイベント『磯の生物観察会』を行なっていますが、磯を数時間観察するだけで、驚きと発見を体験することができます。三ツ石海岸の磯にはカニは10種類以上、ナマコは5種類以上もいるんです。その多様性を目にするだけで大人も子どもも大興奮で、海への興味・関心が一気に高まります。潮の満ち引きで環境が変化する磯は生物多様性の宝庫です。陸とは違うデザインの生き物が生息する磯で遊ぶことは海の生き物に興味を持つための最初の体験として、とてもいいと思います」

生物に覆われた人工漁礁。岩や漁礁など基盤が安定し、流れなどの環境が良い場所にはさまざまな生物が集まる。
磯での生物観察には、タイドプール(潮だまり)の中や石をひっくり返して自ら生物を発見する喜びと驚きがある。

2つ目の視点は、海と山の関係に着目することだ、と続けている。
「海における植物プランクトンの役割はとても重要です。植物プランクトンはとても小さな生き物ですが、季節や栄養などの条件が整うと光合成を行って膨大な有機物を生産します。そして、この植物プランクトンをエサにして動物プランクトンが増え、その先の食物連鎖へとつながっていくのです。植物プランクトンが増えるためには太陽の光だけでなく、窒素や炭素、リンなどの栄養素に加え、光合成のためには鉄分が必要です。これらの多くは陸上の森から川を通って海に供給されています。上流にある山の森がきちんと保全され豊かな自然を維持していることで、森の豊富な栄養素が海に流れ込み、植物プランクトンや海藻が増え、豊かな海となるのです。海と山はつながっています。海を知ることは山を知ることでもあるのです。自分たちが日常的に飲んでいる水道の水はどの山から流れてきて、どの川を通って海に注いでいるのかについて興味を持つことは大切です」

森で育まれた養分を河川が海に運び、その養分が海の植物プランクトンや海藻を育てるのだ。
冬から春の始めにかけ植物プランクトンが少ない時期は海底に光が降り注ぎ、海藻が繁茂する。

3つ目の視点は、海が直面している危機を自分ごととして考えることである。温暖化による海水温の上昇と生態系の変化、海洋酸性化、海洋プラスチック問題など、海はさまざまな危機に直面している。まずは自分たちが暮らす流域の先にある身近な海の環境を守りたいと思えるようになってほしい、と水井さんは言う。
「海が直面する危機として最も注目されているのは海洋プラスチック問題ですが、プラスチックごみの多くは雨によって集められ、川を経由して海に運ばれたものです。つまり私たちの生活の場から海に流れ出てしまっているのです。この事実を自分ごととしてとらえるために、自分たちが暮らす地域の川が流れ出る沿岸域の海にどんな生き物がいるか、ぜひ興味を持って調べてみてください。自分が捨てたプラスチックごみが海に流れ出たあとに、どの生き物にどんな影響を及ぼすのかということを想像することができれば、海洋プラスチック問題を自分ごととして考えることができるはずです」

相模湾沿岸の真鶴町の海岸でピンセットを使って集めたプラスチックごみ。5ミリ以下のものはマイクロプラスチックと呼ばれる。

海は地球上に暮らすすべての人のものである。公共のものだからこそ、海を守るためにどうすべきかをみんなで意見し合う社会であることが理想だ。そのためには海への理解と知識が必要で、一人ひとりが海洋リテラシーを高める必要がある。地球環境が大きく変わり始めた今、地球環境と地球上の生命を育む海を守ることは誰にとっても自分ごとなのだ。

次回は、海洋プランクトンについて水井さんに教えていただく。すべての生き物を支えるプランクトンの生態は驚きに満ちている。プランクトンを知ることで、海への理解をより一層深めていきたい。

水井涼太さん
特定非営利活動法人ディスカバーブルー代表理事。
「Life with the Ocean ~いつまでもこの海と暮らしていくために~」を理念とし、新しい持続可能な「人」と「海」との関係構築を目指して活動する。海を「守るべき遠くの何か」ではなく、「自分たちのもの」として大切にしていく価値観を広めていきたいと考えている。

画像提供:特定非営利活動法人ディスカバーブルー

取材編集:帆足泰子

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