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土壌酸性化は宿命か? 土と生き物の複雑な関係

2023.07.14

土とは、岩石の風化によって生まれた砂や粘土に動植物遺体が腐った有機物(腐植という)が混ざったものと定義される。月にも火星にも土はなく、生命が存在する地球だけの特産物だという。地球に暮らす生き物の繁栄を支えてきた土だが、土壌汚染や酸性化、砂漠化など、今、私たちは土にまつわる問題を多く抱えている。
今回、土壌学者の藤井一至さんが土について教えてくれた「土の成り立ち」と「土壌酸性化」の不思議に迫る。

現在確認できる地球最古級の土壌。1000万年前に米・バージニア州で誕生。

今から約5億年前、岩石砂漠しかなかった地球に土を誕生させたのはコケ類と地衣類だった。コケ類と地衣類という光合成のできる生物が登場したことで、その遺骸(有機物)と砂や粘土が混ざり合って土が生まれたのだ。そして約4億年前にシダ類が登場し、湿地帯に根を張り繁茂することで、地球最初の本格的な森と土を作った。枯死したシダ植物は水の中に沈み、堆積し、長い年月をかけて泥炭土(未分解の植物遺体の堆積した土)になっていった。ちなみに泥炭土が地下の高熱・高圧条件下で変質したものが石炭である。
このように地球の歴史と植物と土の関係はとても深いと、藤井さんは語る。
「シダ植物の後に針葉樹が登場し、その下には風化した白い砂ばかりの残るポドゾルという土が誕生しました。1.5億年前くらいのことです。土の生成は地球の歴史と深く結びついており、地殻変動や気候変動、動植物の進化と連動してさまざまな土が生まれていきました。現在、世界の土はおおよそ12種類に分けられます。有機物が豊富で肥沃なのがチェルノーゼムという土です。穀物を育てるのにもっとも適している土で、チェルノーゼムの土がある地域は世界の穀倉ともいわれ、北米プレーリーやアルゼンチン、そしてウクライナなどに広がっています。肥沃な土は世界に平等に分配されているわけではなく、肥沃な土と貧栄養な土の地域があるため、土はたびたび争いの原因となってきました。ここ100年で世界の人口が5倍に増加しました。21世紀中には100億人になるといわれています。しかし地球全体の耕地面積は約15ヘクタールで頭打ち。人口が増えたからといって耕作面積が等倍で増えるわけではありません。しかも、無理な耕作や気候変動によって土壌劣化も進んでいます。つまり今後、食糧不足になるリスクが高まっているのです。私たちは土の肥沃さを維持向上しながら作物の収穫量を高める努力が必要といえるでしょう。ちなみに日本の代表的な土は火山灰を由来とする『黒ぼく土』です。黒ぼく土は酸性ではありますが、有機物が多く、通気性と排水性が良い土です」

地球における土壌の歴史。約5億年前、地衣類とコケ植物とともに土が誕生した。恐竜が繁栄していた時代はマツが多く、酸性土壌が広がっていたと推測できる。

人口増加と食糧不足がこれからの課題の1つとして注目される中、砂漠化(塩類集積などを含む)や土壌酸性化といった土壌劣化はとても大きな問題である。人間による土への向き合い方の問題もあるが、研究を進めると、実は植物たちが自ら土を酸性に変えている側面もあることがわかった。
「植物は土の中から水とともにカルシウムイオンやカリウムイオンを吸収します。その代わりに根から酸性物質(水素イオン)を放出するのです。そして微生物は落ち葉を分解する際に土の中に酸性物質(有機酸、炭酸、硝酸など)を放出します。植物や微生物が放出する酸性物質によって、土は徐々に酸性に傾いていきます。生き物が生きる上で、土の酸性化は宿命といえるでしょう。土の酸性化が進むとアルミニウムイオンが溶け出し、植物の根の成長を阻害します。さらに植物の生育に必要なリンが水に溶けにくくなり、作物は生育不良になってしまいます。作物を育てることを考えると、できる限り土を中性に近い状態に保つ努力が必要になります」

12種類に分けられる世界の土壌分布の様子。チェルノーゼムが最も肥沃な土といわれ、日本やニュージーランドには黒ぼく土が多いことがわかる。

世界の穀倉と言われる北米やウクライナに広がるチェルノーゼムの土は中性なのだとか・・・。日本は火山灰の影響を受け、黒くて歩くとボクボク音がする黒ぼく土という火山灰土壌が多い。やや酸性に傾いているそうだ。
ちなみに日本の酸性化した土を中和させるため畑に石灰(炭酸カルシウム)を加えることを提唱したのは、童話作家の宮沢賢治。酸性土壌に強い問題意識を持ち苦闘した先人の一人である。石灰を加えることで酸性化した土が中和されることが知られるまで、日本では畑で作物を作るのに苦労したと思われる。しかし水田稲作は酸性土壌に苦労することは少ない。田んぼに水が張られると、山から流れてくるカルシウムや土の中の鉄の還元作用によって酸性土壌が中和されるのだ。気候や風土、作物の育て方など、土との関係はなんとも不思議で複雑だ。

水田では土の中の鉄の還元作用によって酸性土壌が中和される。酸性土壌が多い日本で水田が発達したのは必然かも知れない。

土の酸性化は人間の活動による化石燃料の燃焼などによる酸性雨が原因の一つともいわれるが、植物が自ら土を酸性化しているという事実は驚きでもある。ただ植物や微生物の立場から考えると、岩石や土に含まれる鉱物を素早く溶かすために酸性物質を放出しているだけで、土の酸性化は単純な土壌劣化とはいえないと、藤井さんは考えている。
「土と生き物の関係はとても複雑で、土が酸性化することは必ずしも悪だとは言えません。しかし人間が撒いた化学肥料による土壌酸性化については知っておく必要があるでしょう。20世紀初頭、ハーバー・ボッシュ法の発明により大気中の窒素ガスを利用した窒素肥料の大量生産が実現しました。穀物や野菜の生産性が飛躍的に上がり人口が急増。撒けば撒くほど作物を収穫できる化学肥料という“麻薬”に世界中が依存していきました。窒素肥料を大量に撒くと、植物に吸収されなかったアンモニアが残留します。アンモニアが硝酸に変化することで、土壌酸性化が進んでしまうのです。窒素肥料は作物の生産性を上げ人口増加を可能にした明るい側面と、土壌酸性化という環境問題を引き起こした負の側面があるといえます。窒素肥料は温暖化とも無関係ではありません。窒素肥料を微生物が分解する過程で二酸化炭素の300倍もの温室効果がある亜酸化窒素を排出します。亜酸化窒素の75%以上は農業によるものだといわれています。窒素肥料による温暖化の責任を農家だけに押し付けることはできません。人口増加に対応する食糧増産を求めてきた社会全体で考えるべきことなのです」

農業で使用する窒素肥料は土壌酸性化や温暖化に大きな影響を与えている。しかし人口増加を考えると収穫量を増やすことは必要であり、農業のあり方は社会全体で考えていけなければいけない問題だ。
植物は土からカルシウムイオンやカリウムイオンを吸収し、根から酸性物質(水素イオン)を放出する。植物の生育のためには土の酸性化は宿命でもある。

環境問題は環境の問題ではなく人間自身の問題であり、今こそ自らを見つめ直すチャンスでもある、そして土の可能性にもっと着目してほしいと藤井さんは語る。
「深さ1メートルの土は大気中に存在する炭素量の2倍、植物体の3倍の炭素蓄積が可能です。土は陸上で最大の炭素貯蔵庫なのです。しかし温暖化によって微生物が活性化すれば数千年も眠っていた腐植が分解され、大気中の二酸化炭素が増加してしまう可能性があります。土の可能性をどう活かすかは人間の考え方次第と言えるかもしれません。また酸性化についても、自ら酸性物質を放出する植物たちは酸性化する土とうまく付き合い進化してきました。人間が自ら引き起こした変化に対抗するには知恵や技術が必要です。土を改良することも劣化させることも、わたしたち次第なのです」

土の成り立ちや酸性化の仕組みを知ることは、環境問題への新たな視点となりそうだ。
土の全容はいまだに解明されておらず、土を人工的に作ることはできないのだという。だからこそ未知なる土を知ることは面白く、さまざまな可能性が満ちている。

藤井一至さん
土壌研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界、日本の各地を飛び回る。第1回日本生態学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞などを受賞。著書『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。

画像・イラスト提供:藤井一至

取材編集:帆足泰子

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