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国際社会に共通するSDGsの目標すべてに関わる水問題を
身近な「流域」という視点で考えてみる

2023.09.25

気候変動による大雨や水害が増えている今、「流域」という考え方に注目が集まっているそうだ。森、川、海は繋がっており、上流の森を守ることは海を守ることになる。水は生活の基本であり、SDGsのすべての目標に関係していると語る水ジャーナリストの橋本淳司さんに、「流域」で水問題をとらえることの大切さについて教えていただいた。

「東京新聞SDGsアクション! キッズチャレンジDay2」ハゼ釣りの様子。(画像提供:東京新聞)

東京の水辺の豊かさを考える「東京新聞SDGsアクション!キッズチャレンジ3Days」がこの夏、親子向けに開催された。東京湾の生物多様性やその豊かさを考える連続講座で、Day1は東京湾とその水を守る森について学び、Day2は東京スカイツリー直下を流れる北十間川で江戸前の魚を代表するハゼの釣り体験し、Day3は江戸前のハゼを食べながら東京湾の豊かさについて学ぶという内容だ。ハゼ釣りを通して東京湾はじめ流入河川などの環境変化を親子に学んでもらうことができる体験イベントである。

「東京新聞SDGsアクション! キッズチャレンジ」Day1:水辺のワンダーへ、Day3:ハゼを食べ海を語ろう(画像提供:東京新聞)

このキッズチャレンジの注目すべき点は、Day1で森について学ぶことだ。森は川を通して海と密接な関係があり、日本の海を守るためにはまず森を保全することの重要性を知ることが大切だ。このテーマについて子どもたちに教えてくれたのは水ジャーナリストの橋本淳司さん。世界の水の現況を取材し問題点や解決方法について発信する橋本さん、この日の参加者に一番伝えたかったこと、それは「水の問題を“流域”でとらえる」考え方の大切さだという。

「東京湾と森の関係について話すにあたって、まず水の基礎知識として地球のどこに水はあるのか・・・と子どもたちに投げかけました。地球全体の水の量をコップ100杯だと仮定すると97杯が海の水で、残り約3杯が川や湖など陸上で得られる水ということになります。しかし、その3杯のうち2杯半の水は極地等で凍っています。残りのコップ半分も地底深くにあり取り出すことが困難です。つまり私たちが暮らしの中で使える水の量は、地球全体の水の量をコップ100杯とした場合、スポイトから垂れる1滴ほどの水しかないということになります。
ただし、これは時間が止まった世界での水の割合の話です。時間が止まった世界では水も動きません。でも、実際には水は動いていますね。海の水は太陽の熱で蒸発して大地に雨を降らせます。降った雨は地球の重力で低いほうへ流れていきます。雨は地面に染み込んだり、大地を流れて川となって海まで流れていきます。水は絶えず循環しているのです。では、どこを循環しているか。それはあとからお話ししますね。

さて、日本では飲み水はもちろん生活に必要な水に困ることがないので理解しにくいのですが、水はとても貴重なもので日々の生活に大きな影響を及ぼします。水に恵まれた日本のように水が豊富にある地域と、一方で水そのものが少なく衛生的にも問題を抱える地域があり、水問題からさまざまな諸問題を抱えている国や地域も少なくないのです」

時間を止めて考えると地球上の水はほとんどが海の水ということになるが、実際の水は絶えず循環している。(講演資料より抜粋/画像提供:橋本淳司、河川財団・プロジェクトWET「驚異の旅」)

水問題とは水が多い、少ないということだけではない。
水問題を抱える世界各地を訪れている橋本さんがバングラディッシュにおける体験を話してくれた。
「バングラデシュのある地域では日々の生活のために使う井戸からヒ素が検出されていました。健康被害に大きなリスクがあるヒ素汚染された水を、なぜ使うのか・・・と現地の人に尋ねたところ、それしかないからという答えでした。地球には健康被害が出ると分かっていても日々の暮らしのためにその水を使わざるを得ない地域の人たちもいるのです。この話、日本の子どもたちには驚きの事実だったと思います」

ヒ素汚染された水を使用するバングラディッシュの集落。(講演資料より抜粋/画像提供:橋本淳司)

水が多いデルタ地帯のような土地ではボートを浮かべて生活する場合もあるが、頻繁に洪水被害もある。水が少ない地域では毎日子どもが水を汲みにいかなければならない。水は人々の暮らしや生活の質に大きな影響を及ぼしている。特に子どもたちの日常を生活するための水から考え比較すると、その問題の深刻さと解決策の難しさが見えてくる。

「私が訪ねたエチオピアの集落の子どもと日本の子どもの日常、平日の生活を比べてみました。朝、日本の子どもは学校に向かいますが、エチオピアの子どもは水汲みに向かい3時間ほど歩いて水源に到着し水を汲みます。日本では給食の時間です。エチオピアの子どもはポリ容器に入れた10キロほどの水を抱えて帰路へと向かい、夕方に家に着きます。同じ時間に日本の子どもたちは家に帰りますが、残念なことにエチオピアの子どもは学校で勉強する機会もなく水汲みが最優先なのです」

国や地域が変われば、生命にとって欠かせない水によって日々の生活が大きく変わってしまうのです。
さて、水がないと生活はどう変わってしまうでしょうか。
「エチオピアのような自然環境と社会環境の地域では、水がなければ生活できませんから水汲み仕事が優先されてしまい、小・中学校へ行く時間がありません。水を中心としてSDGs(持続可能な開発目標)を考えてみると、さまざまな問題がよく分かってきます。水、この問題を直接想起させるSDGs目標6「安全な水とトイレを世界中に」。しかし、水汲みのため学校に行く時間が取れないことはSDGs目標4「質の高い教育をみんなに」、水汲みに行くのは女性と子どもが多いという現実はSDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」といったように深く関係しています。そもそも水はSDGsのすべての目標と関係しています。水は生活の基本だからです。いま、子どもたちは学校の授業でSDGsについて学ぶため17の目標についても知っているようです。しかし多くの日本の子どもたちが17の目標を1つずつ考えてしまい密接につながるはずの他の問題に気づきません。SDGsの本質が見えてこないのです。水を通してSDGsの17の目標を改めて考えてみると、他のさまざまな目標に大きく関わっていることがわかったと思います」

エチオピアと日本の子どもの日常を比較。世界には水汲みのために教育の機会を失う子どももいるのだ。(講演資料より抜粋/画像提供:橋本淳司)
水を通してSDGsを考えてみると、水の問題がさまざまな問題に関係していることがわかる。(講演資料より抜粋/画像提供:橋本淳司)

近年、大きな問題となっている気候変動も水と大きく関わっている。水の多い地域では気温が上がると、空気中の水蒸気量が増え、湿度が高まり強い雨が降り、豪雨災害を引き起こす。水の少ない地域では気温が上がることで土に含まれる水分が蒸発しやすくなり乾燥が進み、水不足や干ばつが深刻化する。
SDGsに目標13「気候変動に具体的な対策を」があるが、気候変動と水は緊密な関係にあり、同時に達成しなくてはならない目標だといえるだろう。では、私たちは水についてどのような行動を起こしていけばいいのだろうか。
まずは自分たちが暮らす「流域」に着目してほしい、と橋本さんは強調した。

「さて、水がどこで循環するかを考えてみましょう。それが下の図で示した『流域』です。東京湾とその水を守る森をテーマとすれば、東京湾に注ぐ多摩川を例に、水がどのように河川に集まってくるのか・・・白地図上で確認してもらいます。水の流れに着目し多摩川の本流だけでなく支流や沢などもなぞって色を付けてみると、山に降った雨が徐々に集まり多摩川に流れ込み東京湾へと流れていることがよくわかります。都市部に暮らしていると忘れがちですが、東京湾の水は多摩川上流域の森から流れてきているんですね。森が元気でないと海に注ぐ水にも影響が出てしまいます。大量に木を切れば森は保水力を失い災害が発生しやすくなります、また水の少ない固い土となれば微生物なも棲みにくくなり、まさに生物多様性も失われます。海について考えるときは、海に注ぐ川の上流域の森についても考えてみて欲しいのです。森から鉄やリンなどの栄養分が雨水や地下水に溶け、川に流れ込み、流域の生き物に栄養を与え、海に注ぐのです。つまり流域は川・海を含めた広い範囲のことで、流域圏はそこに暮らす人間、生息・生育する生物にとって共同体といえます。利水、治水、水環境に関連するさまざまな問題は流域圏にあります。水枯れ、豪雨災害、地下水汚染なども、問題が発生した点だけに注目するのではなく、上流域から中流域、下流域へ、また、地表水から地下水へと、流域圏全体の水の流れを面的に考える必要があるでしょう。自分がどの流域に属しているかを知っておくことは、地球環境を考える上で、とても大切なことなのです」

森・川・海の問題を点で考えるのではなく流域として面で考えることが大切だ。(講演資料より抜粋/画像提供:国土交通省)
東京湾には多摩川のほか荒川や鶴見川なども流れ込んでいる。地図上の川をなぞってみると、海の水がどこから来ているかがよくわかる。(講演資料より抜粋/画像提供:河川財団・プロジェクトWET「流域探し」)
森と水の関係は、水の問題を考える際の原点でもある。(講演資料より抜粋/画像提供:橋本淳司)

水の問題はさまざまな問題とつながっている。貧困や教育の問題は水が豊かな日本では想像すること自体が難しいかもしれないが、地球上で起こっている水に関連する厳しい現実は知っておくべきだろう。その上で日本にも気候変動や環境変化、さらに大きな被害が近年続く豪雨などによる自然災害を考えたとき、楽観視できない水問題がある。橋本さんが唱える「流域産流域消」という考え方を私たち自身が暮らしている「流域」に関心を持ち、水の流れ、役割について考えることは、自然と社会と向き合う行動の第一歩となるはずだ。

橋本 淳司
水ジャーナリスト
アクアスフィア・水教育研究所 代表
武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹

1967年群馬県館林市生まれ。学習院大学卒業後、出版社勤務を経て現職。国内外の水問題とその解決方法を各種メディアで発信する。『水辺のワンダー』『水がなくなる日』『67億人の水』『日本の地下水が危ない』など著書多数。自治体や企業に水に関する啓発活動を行うほか、政策提言なども行なっている。

資料・画像提供:橋本淳司(東京新聞講演資料より抜粋)

取材編集:帆足泰子

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