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海の異変に立ち向かう五島列島福江島の未来への挑戦

2023.10.10

五島列島最南端に位置する福江島。その福江島南部にある富江町では、五島漁協協同組合 富江支所漁業集落が中心となって、地元の小中学校と連携した取り組みを始めた。海や魚に関心を持つ人を増やすことから、藻場が減少したり無くなったりする磯焼け問題や漁業関係の方々が苦労され獲った魚が流通できず未利用魚問題となっている現況など五島の海が抱える諸問題に向き合い解決策を模索しています。独自にさまざまな取り組みが進む五島列島だが、「五島モデル」といわれる行政による磯焼け対策も成果を見せはじめ、全国から多くの視察が訪れてもいる。そんな富江集落や五島市の取り組みを紹介しましょう。

「五島で未利用魚といえばニザダイ、イスズミ、アイゴです。私たち水産業関係者にとってこれらの魚は、海藻類を食べ尽くし海の生態系に害を及ぼす三大厄介者です。定置網の中に入っていろいろな魚と一緒に水揚げされることが多いのですが、この厄介者たちが流通に乗ることはほとんどありません。魚体から海藻類の匂いがするので市場では人気がないんです。五島の海は近年、厄介者の魚たちが海藻を食べ尽くすことによる磯焼けが広がり、藻場がなくなることから稚貝や稚魚が育つことができず、生態系への影響を及ぼしています。また、温暖化によって海水温が下がらず、冬場でも活発に海藻類を食べ続けるニザダイやアイゴなどの量が増えてきました。漁師からしてみると、ニザダイやアイゴが定置網にたくさん入るようになっても市場では売れない。従って、水揚げしても海に戻したり処分したりせざるを得ませんでした。地元の練り物企業「浜口水産」が処分対象となった未利用魚を定期的に購入してくれています(2023.8.25公開にて掲載)。これは漁業者としては大変ありがたいことなのです。ただ、最近は少し状況が変わってきました。長年、安値で取引されてきた魚の中から、人気が出て高値がつくようになった魚が出てきたのです。例えばオジサンという魚で、数年前まではニザダイやアイゴと同等の扱いだったものの、今は当時の10倍ほどの値段がつくようになりました。もともとクセがなく調理しやすい白身の魚だったのですが、魚体の色がきれいな赤色で見栄えがすることが価値を高め、フランス料理で魚のソテーの材料として注目され始めたのです。このオジサンはタイより安価で身もしっかりしていて、魚の価値がきちんと伝われば、未利用魚は減らすことができるという良い例かと思っています。ブダイやマトウダイも市場ではあまり人気がありませんが、フライにするとホクホクしておいしいんですよ。五島の魚に興味を持ってくださる方々には、選り好みせず、是非いろいろな魚を試していただきたいですね」

五島漁業協同組合富江・黒瀬支所・支所長の小原強志さん。五島の海と水産業の未来を考え、アイデアと行動力で富江集落独自の取り組みを進める。

漁業協同組合という立場から長年、五島の海を見てきた小原さんも、やはり海の変化を気にかけています。最近、南方系で沖縄ではお馴染みのグルクンが五島の海でも多く見られるようになったようです。間違いなく温暖化の影響なのだろう、また魚種によっては漁獲量が極端に増減することもあるため、魚が獲れなくても困るが、獲れすぎても困るという問題も起きています。
「スルメイカが獲れなくなりました。10年前までは毎日何十トンも水揚げされていたのですが、この10年間は限りなくゼロに等しい状態です。逆に今年はイワシが獲れすぎて、安値になってしまいました。自然が相手ですから魚量の増減や魚種の変化が起こるのは仕方がないことかもしれませんが、例え大漁であっても、獲れすぎで消費が追いつかず、その結果として未利用魚として処分されてしまう状況には、本当にもったいなく心痛める状況なのです。五島では行政による藻場修復事業や食害魚駆除のほか、浜口水産などの民間企業が磯焼けや未利用魚を減らすための独自の取り組みを行って頂けていますので、漁協としては心強く思っています」

子どもたちから募集した魚のイラスト。富江支所内に展示されている。応募全作品はカレンダーに転載して無料配布している。

五島の海が抱える問題に向き合うためには、海に親しみ関心を持つ人をもっと増やしていく必要があります。そんな想いから、小原さんが支所長を務める五島漁業協同組合富江支所では富江町集落の漁業関係者の方々と協力して、昨年より地元の小中学校に出張授業を行なっています。10年後、そして20年後を考えた時、五島の水産業に携わる人がいなくなるのではないか・・・という危機感が小原さんにはあり、子どもたちが魚に触れ合う機会を積極的に作り、五島の海の素晴らしさを直接、伝えていきたいと考えて活動をしています。
「漁師も高齢化し、水産業に携わる人も減っています。子どもたちが五島の海や魚に触れる機会を増やすことは、五島の水産業の未来を明るいものにするはずです。そのために出張授業や稚魚放流、給食に新鮮な魚を提供するなど、さまざまな取り組みを始めています。こういった試みを実行するには漁業者一人ひとりが同じ方向性、目的意識を抱き、後継者育成、資源保全などの未来投資をしようという協力体制がなければ、個人の力では成し得ないと考えます。その成果には時間がかかるかもしれませんが、海に関心を持つ人が増えることで、磯焼けや未利用魚などの五島の海が抱えるさまざまな問題を解決することにもつながっていくでしょう。学校と連携して行う取り組みを富江町から福江島全体、そして長崎県に広げていくつもりです」

富江町はサンゴ細工で栄えてきた町でもあり、その伝統をつなげていこうと昨年、富江漁協と学校が連携し授業を行った。サンゴ漁師自らが教壇に立ち、子どもたちにサンゴについて座学を実施。(画像提供:五島漁業協同組合 富江支所)

五島列島福江島で始まった磯焼けや未利用魚に対するさまざまな試みがある、その一方で五島市による行政としての「磯焼け対策アクションプラン」を2019(令和1)年に策定し、五島沿岸の藻場の保全・再生に向けた取り組みを行なっています。
その背景には、五島の海から無くなってしまった藻場をもう一度再生したいという強い思いがあり、五島市産業振興部水産課水産振興班の里道誠二さんに伺ってみました。
「五島の海の磯焼けは本当にひどく、現在では沿岸部の藻場はほとんどありません。かつて五島の特産品であったヒジキを例にすると、1993(平成5)年には出荷量が年間300トンほどが、1998(平成10)年には二桁になり、2006(平成18)年以降は一桁まで落ち込みました。磯焼けの原因はさまざまありますが、五島市の場合、海藻を食べるイスズミやアイゴなどの食害魚の影響が大きいようです。以前は、これらの魚は海水温が下がる冬場の活動は弱まっていましたが、海水温の上昇により冬場でも活発となり、一年を通して海藻を食べているのです。本来、冬場に新芽が出て成長し、5~6月に収穫時期を迎えるヒジキは成長する間も無く食べ尽くされてしまいます」

五島市における「ヒジキ」の生産量の推移を表したグラフ。1998(平成10)年に大きく落ち込み、現在も資源回復はできていない。(資料提供:五島市産業振興部水産課「五島市 磯焼け対策アクションプラン」)

磯焼けが進み、藻場がなくなったことから五島の海の生態系が徐々に崩れ、住処を失ったアワビやサザエがいなくなり、産卵場所を失ったイカも獲れなくなっています。
この危機的な状況に対して、磯焼け対策「五島モデル」が動き出しました。
まず調査を徹底し、外洋と湾内向けの2つの対策をマニュアル化。外洋では仕切り網を設置して食害魚を対象としたトラップを仕掛け駆除することとし、湾内では磯焼けの原因である「ガンガゼ(ウニ)」を対象に海に潜って徹底的に駆除することにしたのです。
「マニュアルづくりには磯焼け問題に詳しい一般社団法人・磯根研究所の吉村代表に協力をいただきました。専門家のアドバイスを基づき、五島の各集落の漁業関係者が行動を起こしていったのです。海の中をやみくもに手を打つのではなく、漁業者が話し合いながら、以前から藻場があったところを優先的に海藻の種を蒔いています。成果も実り始めていて、2022(令和4)年春には13ヘクタールの藻場の回復が確認されました。30年前は2800ヘクタールの藻場が五島の海にあったことを考えると、13ヘクタールはわずかな面積かもしれません。でも根気よく続けることが大切だと思っています。長期間かかっても、五島の海に藻場を復活させたいと思っています」

左)磯焼けで藻場がなくなってしまった五島の海の様子。
右)藻場が回復した様子。その面積としては以前に比べ僅かだが、五島市では粘り強く藻場の再生を続けていく考えだ。(画像提供:五島市産業振興部水産課)

磯焼け対策を実施するにあたり、五島には漁業関係者で組織する「磯焼けバスターズ」という集団を結成。磯焼け対策のノウハウや技術を持つ漁業者で組織され、他の集落が磯焼け対策を行う際に指導したり、手伝ったりしている。五島列島の全体に危機感を共有して、協力しあって磯焼けに向き合っているのは特筆すべき動きです。

行政と専門家、そして漁業関係者の方々が知恵と経験で構築した独自の磯焼け対策「五島モデル」は、全国の磯焼けに悩む自治体にも参考になることでしょう。ただし、現時点ではイスズミやアイゴなどの食害魚に関しては駆除だけにとどまっており、活用する仕組みはほとんど整っていないのも事実です。その結果、食害魚を獲っても未利用魚として処分することになることが、厄介者と言われる食害魚活用は課題です。まずは未利用魚を活用した商品開発を、五島市としてもしっかり応援していきたいと五島市産業振興部水産課の里道さんは語っています。
「未利用魚を活用した民間の取り組みが五島市内にいくつもあることを心強く思っています。行政としての未利用魚の活用は課題ですが、私たち行政は先ず藻場を再生することに力を入れていきたいと思っています。再生した藻場で育った海藻も特産品にしていきたいですね。私の中学校時代は学校行事として海にヒジキの収穫に行ったものです。収穫は大変でしたが、大人となって振り返ればとても良い思い出ですし、ヒジキがなくなってしまった現在の海を再生したいという気持ちを強く持ちます。子どもたちによるヒジキの収穫体験は磯焼けのため途絶えていましたが、地元の漁業関係の方々の強い思いと力で2018(平成30)年に10年ぶりに復活させることができました。子ども時代に海の豊かさに触れておくことは大切なことですから、これからも体験活動を続けていきたいと思っています」

五島列島福江島で動き出した磯焼け対策と未利用魚活用の取り組み。五島の海に危機感をもった意志ある人たちが、独自の取り組みを進めていることがとても印象的でした。問題解決に動くことに意義がある・・・、そう語る彼らから、五島の海の異変に行動力で向き合う情熱を感じました。藻場再生に粘り強く続けていく意気込みを行動として示す五島市。行政として磯焼け対策に取り組むほか、「浮体式洋上風力発電」を日本国内で初めて設置するなど再生可能エネルギー事業にも積極的で、ブルーカーボン事業も進んでいる。
美しく豊かな五島の海から動き始めた取り組み、今は小さくても将来的には大きな影響力となって全国へ広がっていくことを強く願うばかりです。

取材編集:帆足泰子

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