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「こどもを真ん中に」、未来を見つめる吉川優子さん、
こどもの安全と事故予防を提唱する新たなステージへ。

2023.10.25

子どもの安全と事故予防に関する啓発活動を続ける一般社団法人吉川慎之介記念基金の代表理事・吉川優子さんが新たなステージへと活動を進め出している。事故当時まだ幼い5歳の慎之介くんの水難事故を機に一般社団法人を設立し、子どもの安全を守るための活動を精力的に推し進めてきた。その事故から10年余が過ぎ一つの節目を迎えた今、吉川さんはどのような想いでこれからの未来を描いているのだろうか。

愛媛県西条市で取り組む子どもを事故から守る活動「Love&Safetyさいじょう」のプレゼンは救命具普及を訴えるものであった。(画像提供:日本子ども安全学会/第10回大会の発表資料を転載)

2023年9月30日(土)、東京都目黒区の東工大蔵前会館において「日本子ども安全学会」第10回大会が開催された。オンラインを含め約100名が参加し、子どもの安全に関わる多くの有識者による研究発表が行われた。一般社団法人吉川慎之介記念基金が主催するこの大会は、2013年(平成25年)に設立された「吉川慎之介君の悲劇を二度と繰り返さないための学校安全管理と再発防止を考える会」を発展させた活動として、保育・教育・学校管理下で発生する事故について学び、それらの事故に共通する問題点について研究・検証を広く共通認識を高めるための勉強会として毎年開催してきた。ひとりの主婦がけん引してきた、「日本子ども安全学会」の活動を今大会をもって終止符を打つと決断したのだが、この活動を終える理由と、新たに歩みを進める明日への想いについて吉川優子さんに伺ってみた。

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「日本子ども安全学会」第10回大会を終えて改めてこれまでを振り返ってみると、10年という月日の中でさまざまな出会いや学びがありました。回を重ねるごとに子どもの安全に関心を寄せる人たちが次々と参加いただけるようになり、10回目の今回は最も参加者が多い大会となりました。以前より子どもの安全に社会が強く関心を抱くようになった結果だと実感しています。

「日本子ども安全学会」第10回大会の様子。子どもの安全に関する取り組みや研究を行う有識者や団体からの発表が行われた。

なぜ、10年という歳月をかけて発展させてきた「日本子ども安全学会」に終止符を打つのかというと、この安全学会そのものが吉川慎之介記念基金による遺族主体の活動だからです。

2012年、幼稚園のお泊まり保育の際に我が子・慎之介は川に流され亡くなりました。幼稚園とは法廷で争うこととなり、2016年には刑事責任、2018年には民事責任を認める判決が裁判所から幼稚園に言い渡されました。事故当時は子どもの事故防止策や事故後の検証、当事者への対応などについて何ひとつルールもなく途方に暮れました。また同時に、似たような状況に置かれている遺族が多いことを知り、吉川慎之介記念基金を立ち上げ活動を開始しました。しかしながら、私は一般の主婦で子どもの安全に関する知識も人脈もありませんでした。そのため、「日本子ども安全学会」を通じて、多くの有識者や子どもの安全に関心を寄せる方々とつながって、さまざまな立場の方と学び合う機会を共有したいと考えたのです。
安全学会を設立し大会を開催してきたことによって、たくさんのご縁をいただけたことには感謝しています。しかし、裁判に区切りがついた今、遺族としての旗振りにも区切りをつけたいと考えるようになりました。この10年で多くの方が安全学会に参加し、子どもの安全のための研究や取り組みを進めていただけましたので、今後は遺族という立場に留まらず、より多くの有志による新しい体制で安全学会が再スタートすることを希望しています。そして私自身も、子どもの未来を考える一個人として、新たなステージで活動を始めたいと考えています。子どもの安全に関する研究や発信を行う「NPO法人Safe Kids Japan」をはじめ、子どもの事故を防止する地域づくりを提唱する「NPO法人Love&Safetyおおむら」、CDR(チャイルド・デス・レビュー)を広める活動に尽力されている小児科の先生、全国の自治体にライフジャケット普及を呼びかけている「ライジャケサンタ」などとご一緒に、子どもの未来のために活動していきたいと思っています。

CDR(チャイルド・デス・レビュー)を広める活動に尽力する小児科の木村あゆみ医師は、このCDRの考え方と必要性を訴えるプレゼンであった。(画像提供:日本子ども安全学会/第10回大会の発表資料を転載)

そのためには、まず子どもたちを見つめ直すことから始めたいと考えています。
子どもの安全に関するこれまでの取り組みは、大人の意見や社会の論理から考えることが多かったように思います。誰のための取り組みなのか、何のための取り組みなのか、改めて原点に立ち戻って、しっかり子どもたちと向き合えるよう改めていこうと考えています。2023年4月には「こども家庭庁」が発足しました。数年前と比較すると社会が子どもに目を向け始めていることは確かです。最近は「こどもを真ん中に」という言葉もよく聞かれるようになりましたが、掛け声だけに終わらせてはなりません。大人は子どもたちの声に本気で耳を傾け、行動へと繋げていく社会の在り方、そして環境デザインを考えていきたいと思っています。

一方、情報発信に関しては、メディアの方と協力しながら進めていきたいと思っています。これまでの活動は、『子どもを亡くした親の訴え』として報道されることが多くありました。もちろん、起きてしまった辛い事実を報道することは大切です。事故後の再発防止などに関する報道も増えてきましたが、未然防止に向けた様々な問題や課題をどうしたら改善できるのかという示唆も併せて報道として伝えてほしいのです。子どもの安全に関する有益な研究や活動をしている人はたくさんいます。そういう人たちの地道な活動などによって、子どもの安全が守られ、『何も起きなかった』としても、それは、ニュースになりにくいかもしれません。しかし、何も起きないために子どもの安全を考え、そして取り組んでいることがあるはずなのです。メディアにはそういう取り組みにこそ焦点を当てていただきたいと思いますし、報道してもらいたいと思っています。社会全体が子どもの安全を自分事として、そして行動していける未来を目指していきたいです。

吉川さんは数年前より教員を目指す大学生に向け登壇している。水難事故予防と子どもの安全・事故予防については、未来を担う若い世代への啓発活動がとても重要だと考えている。(画像提供:吉川優子)

慎之介の事故を通して向き合ってきた子どもの安全への活動でしたが、本当に多くの出会いと学びを得ることができました。この出会いと学びを活かして、これからは新たなステージでの活動へと歩みを進めたいです。未来を担う子どもたちみんなが安心して暮らせる社会をつくるために、力を尽くしていきたいと思っています。

吉川優子さん
一般社団法人吉川慎之介記念基金 代表理事。長男の慎之介くんの水難事故をきっかけに、2014年7月に一般社団法人吉川慎之介記念基金を設立。同年9月には「日本子ども安全学会」を発足させ、子どもの安全に関する有識者の研究発表の場を作った。水難事故予防と子どもの安全・事故予防の啓発活動を幅広く行っている。

取材編集/「日本子ども安全学会」第10回会場の撮影:帆足泰子

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