Features

「子どもの安全で町おこし」を目指し、ライフジャケット着用を発信し続ける
「Love&Safetyさいじょう」

2023.11.10

2012年7月20日、愛媛県西条市を流れる加茂川において、幼稚園が実施したお泊まり保育で吉川慎之介くんが川に流され亡くなった。このことをきっかけに一般社団法人吉川慎之介記念基金が設立され、子どもの安全に関する活動が始まったことは、このコンテンツ:Featuresでもご紹介してきたとおりだ。一方、この事故を機に西条市では水の事故に関する意識が高まり、事故から6年後の2018年には市民団体「Love&Safetyさいじょう」の活動が始まっている。セミナーやシンポジウムなどを通してライフジャケット(救命具)着用の大切さを発信し続ける「Love&Safetyさいじょう」の代表・山﨑敦子さんに具体的な活動などをお聞きしてみた。

「Love&Safetyさいじょう」は2012年7月の事故当事者の保護者を中心に構成されている。事故当事者というのは、当時幼稚園に通っていた子どもたちである。吉川慎之介くんが亡くなった川の事故では、他にも3名の子どもが流されていた。山﨑さんのお子さんはたまたま近くにいた人に助けられたが、事故後の子どもの悲しみと苦しみは計り知れないものだったという。

その当時を振り返り、「Love&Safetyさいじょう」として活動を始めた切なる想いを山﨑さんは、「私たちの活動が始まったのは2012年7月の慎之介くんの事故がきっかけです。事故からしばらくは幼稚園との裁判を抱えていましたので、他のことに意識を向ける余裕はありませんでしたが、4年後の2016年に幼稚園に刑事責任を認める判決が降りたことで、気持ちを少し整理することができたのです。裁判では『子どもを水辺で遊ばせる際には、ライフジャケットなどを準備・装備し安全を確保する必要があった』という事実認定が成されたこともあって、もう二度と悲しい事故を起こさないために何かしたい・・・。私たちにできることはないのかと考え始め、被害者家族を中心に有志が集まって子どもの安全のために活動を始めることになりました。活動といっても“ママ友”の集まりのようなもので、仕事や家事の合間に自分たちができること、というスタンスで続けています。ただ個人では活動の幅も狭まるので、長崎県大村市で子どもの安全について活動する『Love&Safetyおおむら』にのれん分けしていただく形で、2018年『Love&Safetyさいじょう』として市民活動をスタートしたのです」

「Love&Safetyさいじょう」ではメンバーの久保一平さんを中心に、幼稚園や小中学校に講義とプールでの実技をあわせた出前授業も行っている。

事故、そして裁判を経て始まった「Love&Safetyさいじょう」の活動は、ライフジャケット(救命具)着用の啓発を中心に、楽しくポジティブに、そして無理強いすることなく働きかけるように心がけている。子どもの安全に関わるさまざまな発信を続けてきた結果、「Love&Safetyさいじょう」の活動は西条市において確実に根付き、その思いは広がりつつある。セミナーやシンポジウムの開催を通して「Love&Safetyさいじょう」の想いに共感する人も増えている。

これまでの主だった活動を挙げると、
一つは2019年7月20日、慎之介くんの命日に行った『水辺の活動と安全を学ぶ 子ども安全セミナー』だ。吉川慎之介記念基金が主催したセミナーに『Love&Safetyさいじょう』が共催して、西条市の保育や学校教育に携わる多くの市民が参加したセミナーで、のちに西条市と愛媛大学の地域連携事業『子ども安全管理士講座』へと発展した。
二つ目は、その大きな活動として2020年 8月に『Love & Safetyさいじょう』主催で行った『西条 水辺の安全プロジェクト』だ。この地を流れる加茂川でカヌー体験に参加した子どもたちから「楽しみながら、安全について学ぶことができた!」、「ライフジャケットを着たので、思いっきり楽しめた!」と嬉しい声をたくさん頂き、フィールドワークの重要性を再認識したことだ。
「やはり体験は大事ですね。川の深さや水の流れ方など、実際に川に入ってみないとわからないことがありますから、座学だけではダメなんですよ。子どもたちがフィールドで体験することの大切さを感じたプロジェクトでした。また2022年には子どもの安全に関するシンポジウムを開催しました。多くの人たちとの意見交換をしたことから、より多くを学ぶことができました。こういった活動のほかに、教育現場への啓発活動を積極的に行なっています。ライフジャケット着用の啓発は子どもの意識改革が何より大切です。川や海などの水辺ではライフジャケットを着ることが当たり前になってほしいのです。今後も学校への協力依頼を粘り強く続けていくつもりです」

「西条 水辺の安全プロジェクト」の様子。子どもたちは加茂川でのカヌー体験の中で、ライフジャケット着用の大切さを学んだ。

「Love&Safetyさいじょう」が活動を継続していくにあたっては行政との連携も欠かせない。西条市では消防署などでライフジャケットの貸し出しができるようにレンタルステーションを設置するなど、子どもの水の事故をなくすための地道な努力が続けられている。
「小さい町ですから行政とのコミュニケーションは図りやすいと思いますが、行政に頼りっぱなしでもいけませんし、自分たちで動くべきところは動いていく必要があると思っています。ただ加茂川は西条市にとって大切なものですから、行政も市民も、川での事故を二度と起こしたくないという意識は強いと思います。2012年の事故当初にすぐに現場に来て対応してくれた西条市の職員の方がいるのですが、事故の翌年から毎年、事故があった7月に市役所の有志の方々と事故現場となった川岸周辺の草を刈ってくれています。当時、草が生い茂ることなくきちんと道が示されていれば、川が増水したときに子どもたちが逃げ場に迷うことなく動けたのではないか。そんな思いから活動を続けてくれています。西条市にはいろいろな立場や思いから、子どもの安全に取り組んでいる人たちがいるのです」

メンバーの久保一平さんが作成した「加茂川MAP」。実際に川に入って深いところや流れが速いところなどを確認しMAPを制作した。

「Love&Safetyさいじょう」の活動は規模こそ決して大きくはないが、子どもと最も強い関係にある保護者を中心とした活動であり、子どもの安全を心から願う気持ちで溢れている。こういう地道な活動が各地に広がっていくことで、親も子も、子どもの安全を自分ごととして考えられるようになるのではないだろうか。
最後に「Love & Safety さいじょう」が目指す未来をお聞きすると、「西条市を子どもの安全で町おこしする」と、山﨑さんは力強く語ってくれた。

「今年も7月に市役所の有志の方々による川岸の草刈りがありました。私たちも参加しようと思い、何気なく娘を誘いました。彼女は『いいよ』と明るく返事をくれましたが、実は事故以来、現場となった川辺には行ったことはありません。現在高校2年生ですが、11年ぶりに訪れたことになります。事故がフラッシュバックするのではないかと心配でしたが、草を刈り、川辺で慎之介くんにお線香をあげたことで、彼女の中で気持ちに少し整理がついたように感じました。ここまでくるのに実に11年間かかったのです。子どもだけではありません。私は今でも玄関で子どもを見送るときに『帰ってこなかったらどうしよう』『事故に遭ったらどうしよう』と不安でたまらなくなります。おそらく一生、この不安は消えないでしょう。子どもの事故は当事者だけでなくその家族も、辛く悲しい思いを抱えて生きることになります。だからこそ親も子も、そして社会も、みんなが子どもの安全にもっと目を向けてほしいのです。事故は起きてからでは遅い。未然に防ぐ取り組みこそが大切なのです。水辺に行くときはライフジャケットを着用する、たったそれだけのことが子どもの未来を守ることにつながるのだと、みんなに分かってほしいと思っています。私たち『Love&Safetyさいじょう』は、子どもの安全で町おこしをすることを目標にしています。観光地や名産品だけでなく、子どもが安全に暮らせる町であることが、この町の大きな魅力になってもいいはずです。私たちのこの考え方が日本各地に広がってほしいと願っています」

子どもの事故を未然に防ぐこと、すなわち水辺に行くときはライフジャケットを着用する。この行動が当たり前のものとして社会に広がっていくことが毎年繰りかえされる水の事故を防ぐ大きな力になるだろう。「Love&Safetyさいじょう」が目指す「子どもの安全で町おこし」というユニークな強い意志が日本全国へ広く浸透していくことを期待したい。

画像提供:Love & Safety さいじょう
取材編集:帆足泰子

New Articles