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ライジャケサンタの思いはただ一つ…「子どもたちの命を守ること」

2023.12.25

「子どもたちにライフジャケットを!」と熱い思いで訴え続けている人がいる。
ライフジャケット(救命着)着用の必要性を唱え、「ライジャケサンタ」として活動する「子どもたちにライジャケを!」の代表・森重裕二さんだ。この活動、サンタクロースがプレゼントを子どもたちに贈り届けるようにライフジャケットを配り続け、水辺の事故から子どもたちの命を守ってきた。そして、全国の自治体にライフジャジャケットを寄贈してレンタルステーションを開設してもらう「Lifejacket Santa Project」というプランを進める「ライジャケサンタ」森重さんに熱い思いお聞きした。

「子どもたちにライジャケを!」の代表・森重裕二さんは香川県高松市で活動を続けている。昼間は石材店の3代目として働き、仕事が終わるとライジャケサンタとしての活動に転じる。自治体への働きかけ、ライフジャケットのメーカーとの交渉、教育機関における体験授業など・・・地道に粘り強く活動を続けてきた。熱意を持ってライフジャケットの必要性を訴え続けても思うように浸透しない、そんな状況に何度も心が折れそうになったのだが、それでも森重さんを奮い立たせたのは「子どもたちの命を守りたい」というシンプルな思いだった。

もともと滋賀県甲賀市の小学校の教員をしていた森重さんが活動を始めた経緯について「あるとき学校行事で近所の水辺に子どもたちを連れて行ったのですが、担任をしていた子どもが溺れそうになるということがありました。幸い大事には至りませんでしたが、子どもたちにライフジャケットを着けさせていなかったことを猛烈に反省しました。僕自身、カヌー遊びが趣味でしたので、水辺でライフジャケットを着ける大切さはわかっていたはずなのに・・・、当時の僕はライフジャケットの必要性を学校に強く提案しなかったんです。そして、子どもの命を危険にさらしてしまったのです。僕は、すぐに学校にお願いして人数分のライフジャケットを買い揃えてもらいました」と当時を振り返った。

安全配慮の準備も整ったと「ホッ」としていた矢先、同じ市内の小学生2人が市の行事として出かけた高知県の四万十川で亡くなる重大事故が発生した。「2007年7月のことです。自分が勤務する学校に近い他校に通う子どもたちの事故でした。僕は泣き崩れました」そして、そのとき心の奥底では「自分の学校の子どもだけライフジャケットを揃えてもダメなんだ。全国の子どもたちにライフジャケットを届けたい。そうでなければ子どもの命を守ることはできない。そこで僕はホームページを開設し、『ライジャケサンタ』として子どもたちにライフジャケットを届ける活動をスタートすることにしたのです」

ライフジャケット着用の効果を知ることで、子どもたちの意識は確実に変わる。まずは体験することが大事なのだ。

しかし当時、社会はライフジャケット着用への意識はまだ低く、森重さんの熱い思いはなかなか周囲に届かなかった。「それでも誰かがやらなければ子どもたちの命がまた失われる」と自分に言い聞かせ、森重さんは活動を続けていったのだという。
ライフジャケットを自ら購入し、子どもたちに配り続けた。しかし、そもそもライフジャケットの生産数が少なく、シーズン途中で売り切れたり、購入すること自体が難しかったりすることもあり、「ライフジャケットがなければ水辺の安全の実感は得られない。効果も必要性も広がらない」といった苛立ちを森重さんはずっと抱えていた。

その転機となったのは吉川慎之介くんの事故の裁判で判決が出たことだった。
幼稚園のお泊まり保育中に川の増水で流され亡くなった慎之介くんの事故、その裁判で2016年に刑事責任、2018年に民事責任を認める判決が裁判所から幼稚園に言い渡された。そして森重さんは決意を新たにする。「この判決を各自治体に伝え、ライフジャケット着用の必要性と責任、そして義務があることを全国に広めていこう」と心に決め新たな活動を始めた森重さん。

「この頃、滋賀県から香川県に移り住み、教員を辞めて、妻の実家である石材屋を継ぐことになりました。昼間は石材屋の3代目として、夜はライジャケサンタとして活動する現在の生活となりました。2019年からは『Lifejacket Santa Project』をスタート。全国の自治体にライフジャジャケットを寄贈して、ライフジャケットのレンタルステーションを開設してもらうという活動です。まずは県内の企業をはじめ、いろいろな方と協力して香川県に寄贈し、その後、香川県以外の46都道府県すべてに連絡して、自治体としてライフジャケットを貸し出せる体制を作っておくことの必要性を説明し、プロジェクトへの参加を促してきました。2023年春にはクラウドファンディングを利用して資金を集め、賛同してくれた7県(秋田県、埼玉県、静岡県、長野県、大分県、群馬県、三重県)にライフジャケットを寄贈しました。現在、それぞれの県がレンタルステーションを開設、もしくは開設に向けて動き出しています。ちなみに香川県は県の教育委員会が音頭をとって活動しているので、県下の市町村と各学校にライフジャケット着用の必要性がしっかりと伝わりつつあります。指導者が少ないのもライフジャケットが普及しない要因の一つですが、香川県では公的機関から民間までさまざまな団体が連携して指導体制を整えるための工夫が行われています。このような『香川モデル』を他の都道府県にも広げていきたいと思っています」

ライフジャケットの正しい着用の仕方を教える森重さん。このような指導者の育成も大きな課題だ。

森重さんがコツコツと続けてきた活動、いまでは少しずつだが形になり始めている。しかし、子どもの数から考えるとライフジャケットの数は相変わらず足りず、指導者となる人も少ない。そんな状況を打破し、自治体や教育機関を動かすには、やはり国レベルでの取り組みが重要であると森重さんは考えている。
「2022年(令和4年度)からスポーツ庁がライフジャケット推進に関して動き始めてくれました。大きな一歩です。それでもまだ、ライフジャケット着用の啓蒙やレンタルステーション設置などに消極的な自治体や教育機関はたくさんあります。いろいろな事情があるのかもしれませんが、優先すべきは子どもの命。そのことを今一度、みんなで考え直す必要があると思うのです」

水辺の事故は毎年のように起こっている。夏になると報道される悲しい事故に「またか!」と感じる人は多いはずだ。
「ライフジャケットの準備は夏になってからでは間に合わない。それまでに準備を整えておくためには、今すぐ動くことが大切」と森重さん。事故は起こってからでは遅い。水辺の事故で大切な人を失う、そんな可能性は誰一人として同じで、決して他人事ではない。「準備しておくべきだった」と後悔しないためにも、ライフジャケット着用の重要性について一人ひとりが自分事として考えなければいけない。

森重裕二さん
2007年よりライジャケサンタとして「子どもたちにライジャケを!の活動をスタート。水辺での子どもの命を守るため、ライフジャケット着用に関する啓蒙活動を続けている。小学校教諭を経て、現在は庵治石細目「松原等石材店」3代目でもある。ライフジャケットの必要性や使い方が小さな子どもにもわかるように制作した絵本「かっぱのふうちゃん ライフジャケットでスイスイ」(子どもの未来社)も好評だ。

画像提供:「子どもたちにライジャケを!」ライジャケサンタ(森重裕二氏)
取材・原稿:帆足泰子

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