Features グローブライドの取り組み
街づくりの視点で磯焼けに向き合う
「佐伯ウラオモテアクト」が目指すものとは
全国有数の漁場が広がる大分県佐伯市。アジ、サバ、イワシ、イカなど豊穣な海の恵みは佐伯の誇りだ。しかしながら、ここでも温暖化による海の変化は避けられず、特に磯焼けは大きな課題となっている。街づくりの視点で磯焼けと向き合う「佐伯ウラオモテアクト」が海の課題解決の先に目指すものとは・・・(?)。
この佐伯(さいき)の価値を知り、街の魅力の再発見につなげようと奮闘する彼らの取り組みを取材した。
大分県南東部、南国・宮崎との県境に位置する佐伯市の海は、全国有数の好漁場として知られている。佐伯の海に豊かな恵みをもたらしているのは国内有数のリアス式海岸と、九州の大分県と四国の愛媛県に挟まれた豊後水道だ。太平洋(黒潮)の温かい海水と瀬戸内海の冷たい海水がぶつかり合い、沿岸に棲む魚たちのエサとなるプラクトンに恵まれた豊かな沿岸海域を形成している。そんな佐伯の海も温暖化の影響は避けられず、多くの課題に直面している。特に「磯焼け」は漁業関係者にとっては大きな問題となり、数年前からさまざまな対策が行われている。
この豊かな海の課題に街づくりの視点から取り組んだ人たちがいる。佐伯市で街づくり活動を行う一般社団法KIISAだ。KIISAが2023年からの取り組みは、日本財団「海のごちそうプロジェクト※1」の一環で活動を始めた「佐伯ウラオモテアクト」である。街づくりの視点から磯焼け問題に向き合った取り組みについて、佐伯ウラオモテアクトの事務局・浅利善然(アサリゼンネン)さんにお聞きした。
「佐伯の海、その磯焼け問題についてはもちろん知っていました。ただ自分たちは海辺ではなく街を中心に活動をしてきましたし、佐伯には磯焼け問題に取り組んでいる人たちが既にいましたから、日本財団『海のごちそうプロジェクト』の目的に則って、この佐伯で果たそうと考えたときも、自分たちがやるべきことなのかどうか、正直迷いました。ただ磯焼けに関しては気になっていましたので、日頃から海と向き合う漁業関係の方々にまずお話しをお聞きしてみることにしたのです。そして、自分たちの想像以上に厳しい現実があることを知りました。佐伯の海も街の魅力のひとつだと思い直し、この海洋環境の変化に対して自分たちなりのアクションを起こしてみたいと思い始めました。では、街を中心に活動をしてきた自分たちに何ができるものか・・・と改めて考えたとき、街づくりの中で大切にしてきた 『課題解決にだけ焦点を合わせるのではなく、― ワクワク感 ― を軸にする』という姿勢で磯焼け問題に向き合うことで新しい視点の取り組みができるのではないか・・・と思ったのです。自分には一緒に動いてくれる仲間もいましたし、彼らと磯焼け問題に取り組んでみようと、プロジェクトへの参加を決めました」
一般的に磯焼けへの取り組みは「どうすれば課題が解決できるか・・・」という視点で動くことが多い。もちろん海の現場で磯焼けに向き合う人たちの役割として課題に向き合う視点も大切だ。一方で、街づくりの視点から磯焼けを考えようとした浅利さんたちの発想は、佐伯の街で暮らす人たちが海と向き合う漁業関係者とつながり、自然豊かな佐伯の魅力を再認識し、みんなで街を盛り上げていくアクションにつなげるという新鮮な視点だ。このプロセスの実現をモチベーションに浅利さんたちは動き出した。具体的には、藻場を食い荒らす魚・アイゴを「食べる」、「知る」、「考える」 という3つのアクト(行動)を通して、佐伯の人たちに海の現状と課題を知ってもらいたい、と考えたのだ。
磯焼けに関するイベントやワークショップ、磯焼けの原因となる魚・アイゴを使った学校給食の提供をはじめ飲食店でのメニュー展開など、次々と企画し行動を起こしていった。実は浅利さんたちがアイゴを1年目から提供できた背景には、100年の歴史をもつ水産加工会社「株式会社やまろ渡邊」の存在が大きい。海藻を食い尽くす魚であるアイゴは「磯臭さ」があり、「ヒレには毒」もあるため、佐伯に暮らす人たちが食べる機会も少なく、そのため漁の網に入っても水揚げされずに海に戻されたり、廃棄されたりすることも多かった。
この「やまろ渡邊」が佐伯の海で水揚げされたアイゴを引き取り、そして干物にすることで、海洋環境の変化に一石を投じてきた。その「やまろ渡邊」が浅利さんたちの「佐伯ウラオモテアクト」に協力し、処理・加工したアイゴを提供してくれたことによって、浅利さんたちは海と街をつなぐ企画の実施に集中することができたのだという。
初年度である2023年は磯焼けに関する出張授業を小学校2校で実施、アイゴを使った給食の提供は小中学校あわせて6校で実施、飲食店でのアイゴのメニュー提供は佐伯市内と大分市内あわせて20店舗で行っている。「佐伯の人たちは、アイゴが磯臭く、毒のあるおいしくない魚、と思い込んでいるところがあって、はじめはアイゴの活用に消極的でした。でも一度食べてみると『意外とおいしいね』と言ってくださる方が多く、僕たちにとっては大きな手応えになりました。」といった実感と共に、今後は例えばアイゴを使った学校給食を佐伯市内の全小中学校で実施するなど、「もっと多くの方にアイゴのメニューを口にしてもらえるように働きかけていきたい」と考えている浅利さん。
「取り組みそのものは順調ですが、僕たちが佐伯の人たちと一番共感したいポイントは、佐伯の魅力の再確認です。どの街でもそうですが、佐伯で暮らす人の中にも『何もない』『つまらない』と思っている人がいます。佐伯は海があり山があり自然豊かなところです。特に海は全国有数の漁場で、水揚げされた魚はどれも美味しく、この街のスーパーには普通じゃ買えない高級魚が当たり前に並んでいるような街なのです。佐伯に暮らすことは、そういう豊かさの『ど真ん中』にいるのだということを、『佐伯ウラオモテアクト』を通して佐伯の人たちと共感したいのです。そのためにはさまざまな企画で街に暮らす人たちと共感・共鳴の和を高めていきたいと思っています。佐伯の豊かさは素晴らしい海の環境が育んできました。しかし、磯焼けや海水温上昇、海の酸性化によって、当たり前だと思っている自然は数年後には享受できなくなるかもしれないのです。危機感を煽るつもりはありませんが、豊かさをもたらしてきた海が直面している現状と課題を知ることで、失ってはいけない大切な自然とこの街の価値を多くの方たちと共感したいし、未来の子どもたちとも共感できるようにしておきたいと思っています」と強い思いを言葉にした浅利さん。
「佐伯ウラオモテアクト」の今後の構想の中には、地元の高校生たちと一緒に活動を展開していくことを目指し、高校生が佐伯の海に関係の深い人たちと向き合い、話し合うことで、若い世代ならではの新たな視点の企画と共に関係人口につなげていきたい、という考えがある。何よりも彼らが、街が本来持っている魅力や面白さに気づいてくれることを期待している。
「佐伯の殿様 浦でもつ。浦の恵みは山でもつ」とは、江戸時代に佐伯藩を評して言われた言葉だ。「浦」とは海岸地帯のこと、森の豊富な栄養分が海に運ばれることで浦に生きモノが集まり、佐伯は豊かな漁場として栄えてきた。藩祖である毛利高政は、海の豊かさを守るためには山を守る必要があると考え、1623年日本ではじめて山林伐採を規制する触書(ふれがき)を出した。いわゆる「魚つき林(うおつきりん)※2」の考え方だ。つまり、佐伯には海の豊かさを守るため、どこよりも先進的なSDGsの先駆けともいえる400年前の取り組みといった文化的な土壌がある。
「佐伯ウラオモテアクト」が街づくりの視点で磯焼け問題に向き合い、どんな先進的なアクションを起こすものか、そして街の人たちがそれにどう応えるのか・・・、今後の活動が楽しみである。
※1:日本財団「海と日本プロジェクト」の一環で行われており「知れば知るほど、海はおいしい」をテーマに「食」を通じて海の課題を伝え、未来に引き継ぐアクションを推進している。
※2:魚などの海の生きものの棲息、生育に好影響をもたらす森林のことで、陸と海の生態系のつながりの大切さを意味している。
画像提供:
佐伯ウラオモテアクト https://saikiuraomote.jp
一般社団法人KIISA https://kiisa.or.jp
取材編集:帆足泰子