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海洋プラスチックの多くはすでに海底に?!
マイクロプラスチック浮遊密度は日本近海が非常に高い!

2024.01.25

プラスチック製品が本格的に大量生産されるようになって半世紀以上が経つ。軽くて丈夫なプラスチック製品に依存してきた結果、いま私たちはプラスチックごみによる海洋汚染と向き合うことになった。しかし、この問題はプラスチックそのものだけではなく、自然になくなることのないプラスチックの処理をきちんとしてこなかった私たちに問題がある。私たちは海洋プラスチック汚染の被害者であり、同時に加害者でもあるのだ。
そこで、海洋プラスチック研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に「現状と未来への向き合い方」についてお聞きした。

長崎県五島列島に漂着したプラスチックごみの現状。

20世紀半ば、素材として安価さと利便性に勝るプラスチックは私たちの日常に深く浸透し、プラスチック製品の需要は世界的に高まっていった。その用途もレジ袋やペットボトルから衣服や靴など様々な形に姿を変え、あっという間に日常生活に欠かせないものになった。しかし、同時に私たちはプラスチックごみの問題にも向き合うこととなった。特に海洋プラスチックの問題は深刻のようだ。
この問題に詳しい九州大学・応用力学研究所教授であり海洋プラスチック研究センターのセンター長も務める磯辺篤彦教授に「海洋プラスチックの現状」を先ず教えてもらった。

世界中の研究者が引用している数字で説明しますと、現在、年間約3000万トンのプラスチックごみが適正に処理されずに環境に流出しています。このうち川から海に流れ出ると思われるのは200万トン前後です。プラスチックが本格的に使われ始めた1960年代から現在までの約60年間で考えると、世界中で約5 億トンが環境に流出し、5%にあたる約2500万トンが海に流れ出たと推計されます。2500万トンのうち約600万トンは世界中の海岸に漂着ごみとして流れ着き、約70万トンは海を漂流、約176万トンは波や紫外線によって破砕されマイクロプラスチック※となった後、今も世界の海で漂流と漂着を繰り返しているのです。
では残りの約1700万トンはどうなったかというと、マイクロプラスチックに破砕した後、海水より重い素材のため海底に沈む、または海水より軽い素材であっても生物付着などを経て重くなり海洋表層から姿を消したと考えられています。つまり、海に流れ出たプラスチックの7割近くがすでに海に沈んでいるのです。
プラスチック製品の大量消費が始まって以来、私たちはプラスチックを捨て続けてきました。適正に処理されなければ、プラスチックは自然界で分解されずに残り続けます。細かく砕けることはあっても、プラスチックそのものは地球のどこかに残ってしまうのです。そして、その多くがもはや観測できない状態であり、どこに行ってしまったかわかっていません。海洋プラスチックの問題は『これが現実』なのです。
現在、海面を漂うマイクロプラスチックは約24兆粒、重量では数十万トンと試算されている。海に流れ出たプラスチックごみのうち、ポリプロピレンなどの軽いプラスチックは海面に浮かぶが、PET(ポリエチレンテレフタレート)などの重いプラスチックは海に流れ出た後、比較的早く海底に沈むと考えられている。どちらも波や紫外線にさらされ小さく砕けていけば、「いずれ海底に沈んでいくことになる」と磯辺教授はいう。
太平洋の海面に浮かぶマイクロプラスチックの年齢を調査したところ、1~3歳の幅に集中していることが分かりました。つまりマイクロプラスチックは、3年程度は海面を漂うものの、その後は海底に沈んでいくのです。海底に沈んだマイクロプラスチックは観測が難しく、どこにあるかも分かりません。海面に浮かぶマイクロプラスチックも数100マイクロメートルより小さくなると、観測網の目をすり抜けてしまうため正確に観測することができません。おそらく私たちが思っている以上にプラスチックが海に流れ込んでいる可能性があるでしょう。
磯辺教授の研究チームが調査船でマイクロプラスチックを採取。
私たちがプラスチックの利便性を享受し続けているうちに、海洋プラスチック問題は観測さえできない危険な状態になってしまった・・・、と心配になったが、「あまり悲観的にならないでほしい」と磯辺教授。
現在、世界中の多くの科学者が海洋プラスチック問題に取り組んでおり、状況の改善に向けてさまざまな調査・研究を行なっているそうだ。なかでも日本の研究は高く評価され、世界的に大きな存在感を示しているという。
2015年のG7エルマウ・サミット(議長:ドイツ首相)において、当時各国でバラバラのやり方で行われていた海洋プラスチック観測方法を標準化することを日本が世界に提案しました。その後、環境省は海洋マイクロプラスチックの観測方法のガイドラインをウェブサイトで公開し、世界中の研究者が参考にできるようにしたのです。また、海洋プラスチックに関する研究を集めデータベース化し、日本発信で世界中の研究者が参考にしたり引用したりできるように整えました。
日本は2014年から定期的にマイクロプラスチックの観測船を出し、調査結果を世界に情報発信しています。これらの活動の積み重ねが、海洋プラスチック研究に関する日本の存在感を高め、発言の強みとなり、世界から評価されています。
調査船上で海から採取されたマイクロプラスチックを取り出す磯辺教授。
海洋プラスチックに関して日本がこれだけの存在感を世界に示せているのは、早くからこの問題に取り組んできた磯辺教授の存在も大きい。
10数年前、長崎県五島列島の美しい海で採取したマイクロプラスチックの浮遊量の多さに驚き、海洋プラスチックに関する研究を始めたのだ。その当時、この問題に取り組んでいた研究者は世界でもわずか、当然ながら情報も少なかった。
磯辺教授は海洋プラスチックの状況を把握するため、北半球から南半球へと航海しながら海洋でマイクロプラスチックを採取し、人々の生活圏から最も遠い南極海でマイクロプラスチックの存在を確認、世界で初めて報告した。
磯辺教授に、改めて海洋プラスチックの問題点をお聞きしてみた。
海洋プラスチックが海洋生物に与える影響は大きく四つあります。
1.誤食 2.絡まり 3.外来生物の輸送 4.汚染物質の輸送です。
『誤食』はプラスチック片をエサだと間違って魚などが食べてしまうことで、『絡まり』とは漁網やビニールなどに海洋生物が絡まってしまうことです。これらは海洋プラスチックの問題点として想像しやすいと思いますが、『外来生物』や『汚染物質の輸送』も実は大きな問題です。
2012年、アメリカの研究者によって、マイクロプラスチックの浮遊量と海アメンボの生物量が相関関係にあるという論文が発表されました。海に浮かぶマイクロプラスチックの量が増えたことで、卵を産みつける場所が増えた海アメンボは個体数を増やし、マイクロプラスチックと共に各地に運ばれていったと考えられています。これは海洋プラスチックが海洋生物に干渉し始めていることを示す例といえるでしょう。
海に浮いているものに生物がくっつくことは当たり前ですが、浮遊物がプラスチックであることが問題です。プラスチックは自然になくなることはありません。そのためプラスチック片の上に乗った生物が遠くに輸送され、漂着した土地の生態系に影響を与える可能性があるのです。『汚染物質の輸送』は、プラスチックに使われている化学物質がプラスチックと共に運ばれていくことを意味します。
太平洋全域のマイクロプラスチック浮遊量の将来予測を2019年に発表しましたが、その調査・研究では、プラスチックごみの海洋流出がこのまま増え続けた場合、海に浮くプラスチックの量は2030年には2016年の約2倍、2066年には約4倍になるという結果が出ています。
2016年(上)と50年後である2066年(下)のマイクロプラスチック浮遊量の将来予測(共に8月を想定)。赤が濃いほどマイクロプラスチック浮遊量が多いことを示している(Isobe et al.,2019)。
では、私たちはプラスチックの使用を減らすことに力を注げばいいのだろうか。磯辺教授は「プラスチックの使用を単純に減らせばいいわけではない」という。
プラスチック使用量を減らす、適正に処理されず道端に捨てられるプラスチックを減らす、海に出ていくプラスチックを減らす。どれも簡単ではありません。プラスチックが使用され続けてきたのは、軽さや便利さなど、理由があるからです。そう簡単にプラスチック使用を止めることはできないでしょう。プラスチックをやみ雲に否定するのではなく、プラスチックとどう向き合うかに一人ひとりがチャレンジしてほしいと思います。科学者であれば画期的な処理システムを考えることにチャレンジしてもいいですし、一般の方でしたら、今の生活を維持したままプラスチック使用をどう減らしていくかにチャレンジしてもいいですね。
『環境問題の解決=生活や経済を縮小する』という考え方は間違っていると思います。私たちはしっかりと現実を見つめたうえで、しかしネガティブになるのではなく、問題を解決するためにどんなアイデアや行動を思いつくことができるのか・・・、ある意味いまこそ時代を変えるチャンスだと思って、プラスチックごみ問題に向き合っていきたいものです。
最後に、海洋プラスチックに対する私たちの意識と行動について、環境倫理学に基づく三つの考え方を磯辺教授が教えてくれた。
一つ目は『地球は無限でない』ということです。何も対策を講じなければ、いつか地球はプラスチック許容量の限界を超えてしまいます。
二つ目は『世代間責任』です。これは環境倫理学という考え方に基づいています。例えば大量の漂着ごみで海岸が汚染されても、その海岸に行かないという選択をすれば漂着ごみを目にすることはありません。しかし、あなたの子どもやその先の世代は海岸に遊びに行くという選択をするかもしれません。現代を生きる人たちは問題を先延ばしにせず、次の世代が自然豊かな美しい景観を楽しめるようにしなくてはいけないのです。
三つ目は『すべての生物の生存権』です。私たちは社会で人権を保障されています。しかし、他の生物はどうでしょうか。海洋プラスチックが漂う海のなかで、海洋生物の生きる権利は人間によって大きく侵害されています。すべての生物には生きる権利があるのです。地球全体の生きる権利を守ることについて、私たちはしっかりと考える必要があるでしょう。
磯辺教授による日本周回航路での調査結果によれば、日本周辺でのマイクロプラスチックの浮遊密度は世界の平均に比べて27倍に達している(Isobe et al., 2015)。

磯辺教授が2015年に発表した調査研究によると、日本近海のマイクロプラスチックの浮遊量(密度)は世界平均の約27倍だと推計される。これは日本だけでなくアジア各地から排出されたプラスチックが海流に乗って流れてくることが主な原因で、日本近海はマイクロプラスチックのホットスポットだと言われている。このような現実の数字にはしっかりと向き合う必要はあるが、ただ悲観し将来を怖がってばかりでは何も変わらない。これまで長年にわたりプラスチックを使い続けてきた世代が、これから未来を生きていく世代のために、自分ができることを考え、現状を変えるチャレンジを続けていく。このような前向きな気持ちと行動こそ、海洋プラスチック問題と向き合う私たちに必要なことなのだ。

※微細なプラスチックごみの総称。5ミリメートル以下のものを指す。

画像提供:磯辺篤彦、九州大学

取材原稿:帆足泰子

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