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年間約1億7800万トンCO2!!
とんでもなく大きかった日本の森林の二酸化炭素吸収量。

2024.02.09

この地球上の陸地面積における約3割といわれる森林は温室効果ガスの吸収源とされ、二酸化炭素を吸収する森林の力を活用して温暖化抑制につなげようとする研究が世界では活発に行われている。これに対して、この日本では森林への関心が低く、加えて長年にわたり森林の二酸化炭素吸収能力が低く見積もられてきた。
しかし日本の森林がもつ本来の力、すなわち炭素貯留量が「実は、とんでもなく大きかった」のだ。
そこで、いま改めて地球温暖化を抑制する『森林の力』に注目したい。

いま、世界では森林の二酸化炭素吸収能力に大きな注目が集まっている。二酸化炭素を吸収する森林の力を活用して温暖化抑制につなげようと、多くの科学者が研究している。ところが、日本では森林の二酸化炭素吸収能力の算定方法が長い間更新されておらず、その力が過小評価されてきた。
近年、この事実を指摘し日本の森林の評価を高めたのが、東京大学で森林生物地球科学を研究する熊谷朝臣教授だ。国土の3分の2が森林である日本こそ、「もっと森林に関心をもつべきだ」と熊谷教授は語る。

「日本各地の森林の成長を算定する方法が長い間、更新されていませんでした。そこで改めて計測し直してみたら、これまで年間約4700万トンCO2だと思われていた日本の森林の二酸化炭素吸収量は、なんと約3倍の年間約1億7800万トンCO2だったことがわかったのです」

森林が二酸化炭素を吸収する仕組みは光合成にある。光合成という言葉は良く知っていると思うが、光合成と水、二酸化炭素の関係をしっかり理解している人は少ないのではないだろうか。「温暖化に向き合うためにも、森林の光合成の仕組みを今一度学んで、森林保全がなぜ必要なのかを理解してほしい」と熊谷教授はいう。

「まず森林の樹木を思い描いてください。光合成のために必要な二酸化炭素は、葉の裏にある気孔を開けて大気中から取り込まれます。気孔を開けると、そこから水分が外に出ていきます。これを『蒸散』といいます。『蒸散』と同時に二酸化炭素を取り込むわけですが、その割合は二酸化炭素を1とすれば、蒸散される水分量はその数100倍にもなります」

実は、樹木は根から水分を吸って、幹を通して『蒸散』で失われた葉の水分を補っている。土に十分な水分がない環境では、水分が出ていかないように気孔を閉じてしまうため、二酸化炭素の吸収が止まるのだ。「このように森林の二酸化炭素吸収量を考えるとき、水の働きも一緒に考えなければいけません。そうしないと森林の重要性を正しく理解できないからです」

もう少し詳しくご説明頂くと、「雨などによる土の中の水分を吸収し水蒸気となって樹木体内から外に放出するのが『蒸散』です。葉や枝に当たった雨水が水蒸気となって大気中に放出するのが『遮断蒸発』、そしてこれらの働きを併せて『蒸発散』といいます。『蒸発散』によって大気に戻る水分は意外に多く、例えば100の雨が降ったとすると『蒸散』が約30、『遮断蒸発』が約20、つまり森林に降った雨の半分である約50は樹木の『蒸発散』で大気中に戻ります。残りの半分が地中に染み込み川や海へと流れていくといえます」

植物は光合成をするために葉の気孔から二酸化炭素を取り込むのだが、そのとき、とても多くの水が出ていってしまう。森林の中での水の動きを知っておかないと、温暖化抑制について正しく理解することはできない。(資料提供:熊谷朝臣)

森に降った雨の半分が樹木の『蒸発散』によって大気中に戻るというのは驚きだ。森林は二酸化炭素を吸収し温暖化を抑制するだけでなく、水や大気に関しても大きな役割を担っていることがわかる。
では、森が破壊されたら具体的にはどうなってくのだろうか。「森林破壊は気候変動にも大きな影響を及ばす」と熊谷教授は警鐘を鳴らす。

「森林がなければ、降った雨のすべてが地中に染み込む、もしくは地表を流れ下流域に大きな水害をもたらす可能性が高まります。近年の水害を見ると森林破壊が原因、もしくは遠因となっているものが少なからずあります」

しかしながら、街で暮らす人たちにとって森林は遠い存在かもしれない。
「自分たちが暮らす街の上流域の森林がどのように管理されているのかは、やはり知っておくべきでしょう。また森林が失われれば『蒸発散』で大気中に水分が戻らないため、大気は乾き、乾燥が進みます。ただし大気は動いていきますから、森林周辺が直接的に乾燥地域とならなくても、別の地域が影響を受けて乾燥地域となることもあります。このような状態が繰り返されることで、やがて気候そのものも変化し、人々は慢性的な水不足に苦しむことになっていくでしょう」

すでに世界では水不足が大きな問題になっている。日本に暮らしていると水不足の問題は理解しにくいかもしれないが、森林の保全管理が適切に行われなければ、日本も他人事ではなくなるはずだ。「大規模な森林破壊は森林からの『蒸発散』を減らし、気候変動や自然災害を引き起こす大きな原因となることを知っておいてほしい」と熊谷教授は言葉を添えていた。

「湿った空気がやってきて雨を降らせます。そこに(a)森林があると、雨の大部分は蒸発散で大気に戻り、湿った空気はそのまま別の場所に行き、そこでも雨を降らすでしょう。雨と蒸発散の差し引きである流出は、それほど大きくはなりません。(b)森林がなければ、蒸発散も少ないですから別の場所に行く空気は乾燥して、そこでの雨は減るでしょう。流出も大きくなり、時に洪水を引き起こすこともあります」
資料提供/熊谷朝臣(Aragão, 2012, Nature489, 217を改変)

日本の森林の二酸化炭素吸収量が従来の算定量と比較して、実際は約3倍も多かったという事実は驚きであった。そして森林は温暖化を抑制するだけでなく、水や大気に関しても重要な役割を担い、森林破壊が進めば気候変動に大きな影響が出ることも理解できた。
国土の3分の2が森林である日本が温暖化や気候変動の抑制に少しでも貢献しているとするならば、それはとても嬉しいことだ。しかし、森林があればいいというわけではなく、二酸化炭素吸収能力を維持・向上するためには「森林の保全管理が何よりも大切である」と熊谷教授はいう。
日本の森林の現状と私たちの森林への向き合い方を改めて熊谷教授に教えていただこうと思う。

熊谷朝臣
東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻森林生物地球科学研究室教授。気象学、植物生理学、生態学、水文学などの科学を駆使して、陸上生態系の物理環境と生物的反応を研究している。

資料・イラスト提供/熊谷朝臣

取材・原稿/帆足泰子

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