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「川上宣言」に込めた水源地の想い。
きれいな水を流域に届ける

2024.03.11

「私たち川上は、かけがえのない水がつくられる場に暮らす者として、下流にはいつもきれいな水を流します」
これは国内でも雨の多いエリア・大台ヶ原を水源とする吉野川(和歌山県下は紀の川)の源流域に位置する奈良県川上村が礎とする「川上宣言」の言葉である。1996年に宣言を発して以降、川上村は源流域、つまり水源地の村としての誇りと責任をもって、さまざまな取り組みをおこなってきた。世界的に“水”への関心が高まる今、源流域を守る大切さをさまざまな取り組みから発信する奈良県川上村に着目したい。

撮影:辻󠄀本勝彦

古代の日本の中心地・奈良、その古都には社寺や古墳など歴史遺産も多く、これら域内の樹林は自然林のまま保護されて残っている奈良県、その面積は約3,700㎢、全国的には40番目(国土の約1%)だが、緑の豊かな奈良県の森林面積は28万4千ha、県総面積の76.8%を占める。
この奈良県南東部の吉野川(紀の川)の源流域に位置する川上村は、奈良県下では十津川村、上北山村に次ぐ3番目の森林面積の割合を有し、室町時代から続く吉野林業の中心地でもあり、自然豊かな美しい森が広がる山林は95%を占める。

奈良県川上村は、約95%を山林が占める自然豊かな村です。古くから続く吉野林業の中心地にあり、緑を育みながら水の恵みを下流に届け、1999年より最源流部の原生林740haを購入し保全するなど、水源地を守り続ける村です。(川上村ホームページ「水源地の村づくり」より)

私どもが暮らす日本は国土の約7割が森林で、この山間部から都市部に向けて多くの河川が流れ、それらの源流域に位置する自治体では水源を守るための保全活動が行われている。そんな中、この川上村は保全活動にとどまることなく源流域を守ることの大切さを一人でも多くの人に伝えようとイベントやプロジェクトなど、ユニークな取り組みを数多く行なっており、この村の活動の礎となっているのは「川上宣言(※1)」である。

「川上村が村づくりの理念・方針として『川上宣言』を世の中に発信したのは1996(平成8)年のことです。その当時、全国に6つあった川上町村が集まり流域の上流にある自治体としての想いを言葉にしました。その後、市町村合併などで6つあった川上町村は2つとなりましたが、奈良県川上村では宣言以降変わらず『川上宣言』を村の取り組みの土台に位置付けています。『川上宣言』については水や子ども、環境など5つの項目から構成されていますが、『私たち川上は、かけがえのない水がつくられる場に暮らすものとして、下流にはいつもきれいな水を流します』という水への想いを言葉にした項目を最初に掲げています。宣言当時は川上の地域が川下の地域のことを思ったり、水の大切さを流域全体で考えたりすることが少なかった時代ですから、『川上宣言』を通して水への想いを流域でとらえる考え方を示した諸先輩方には本当に敬意を表します。宣言から3年後、1999(平成11)年には宣言に対する取り組みのひとつとして、川上村では最源流部の原生林740haを購入。『吉野川源流-水源地の森』として保全を続けています」と語る川上村水源地課の加藤満さん。

源流域の三之公地区には手つかずの天然林の森がある。川上村は貴重な植性や生態が残るこの森を「吉野川源流-水源地の森」として守っている。

この川上村から流れ出た水は、奈良県下を「吉野川」として紀伊山地を北西へと流れ、和歌山県に入ると「紀の川」と名前を変え紀伊水道を経て海へと注ぐ。つまり奈良県の川上村からすると下流域は和歌山県ということになる。県をまたぐ流域の交流は難しい面もあったが、現在では吉野川・紀の川の流域に暮らす人たちが水の恵みについて考え、水の価値をみんなで発信していこうと、いろいろな取り組みが動き出している。

「吉野川・紀の川の恩恵を受ける地域では流域連携の大切さは理解していても、上流域、中流域、下流域がつながるとは・・・どういうことなのか、明確に定義できず長年、曖昧なままでした。その状態が大きく変わったのは2014(平成26)年です。日本全国の源流域に位置する自治体による『全国源流の郷協議会(※2)』のサミットが川上村で行われた際に、真の流域連携とは何か、つまり『ありがとう』『川上村がんばってね』からその先につなげることについて話し合いが行われました。そこで上流・中流・下流とお互いにあるものとないものがあり、それを補い合うのが『流域連携』として一次産業のつながりを強く意識しようということになったのです。つまり、上流域は林業、中流域は農業、下流域(河口域)は漁業を中心に産業が構成されていることを改めて意識し、それぞれにおいて水が大切であり、各産業は水でつながっていることを流域全体で意識していこうということになりました」

この考え方は「上流・中流・下流域それぞれの人たちとって分かりやすく、以降『流域連携』への取り組みがスムースに進み始めました。吉野川・紀の川の流域13市町村が協力して『源流まつり』を開催し、流域の自治体の中でもっとも下流域(河口域)にあたる和歌山市の『和歌浦漁港朝市しらすまつり(※3)』に出展するなど、今ではさまざまな流域交流が行われています。奈良県と和歌山県の2県を流れる1本の川による森・里・海のつながりを『見える化』し、136kmの吉野川・紀の川を一つの商店街に見立て源流から海まで「恵み」をつなぐ『紀の川じるし』というブランドも立ち上げました。水でつながっている上流域の林業、中流域の農業、下流域(河口域)の漁業が元気であることが流域全体の価値を高め、環境や景観、風土、生業(なりわい)を支える技や知恵を持続させていくと考えています。『紀の川じるし』を冠するものは、いわば流域の恵みです。この流域ブランドをより多くの方々に知っていただきたいと思っています。また、これからは流域の第一産業とそれに関わる人々を教材とした環境学習も進めていく予定です」

流域の生産者、消費者それぞれが紀の川によるつながりを強く意識し、流域産業のブランド化を進めている「紀の川じるし」のポスター。

川上村では『流域連携』のほかにも様々な取り組みを独自に行なっている。現在、力を入れているのは2022年(令和4年)春から本格始動した「かわかみ源流ツーリズム」だ。源流域の村の自然・歴史・文化をテーマに体験プログラムを実施しており、そのプログラムによっては得意分野をもつ川上村の村民がガイド役となることもあるという。源流域の自然を満喫できることはもちろん、ガイド役の村民との触れ合いも参加者にとって大きな魅力となっている。プログラム実施数は年間30を超え、関西圏を中心に多くの人が川上村を訪れている。

「源流域の大自然を楽しめる星空観察、また川上村の文化を体験できる郷土料理づくりは人気ですね。他にはキャニオニングや氷瀑トレッキングなどのアクティビティもあります。日本最古の人工林の一つとされる『下多古(しもたこ)村有林』に立つ樹齢410年(推定)の杉の巨樹を見にいくプログラムや、普段は見過ごしがちな苔をゆっくり歩きながら苔を観察するプログラムもあります。これらは専門家がガイドするので源流域の森について理解が深まると評判です」

川上村では周囲の山々が都市の光を遮るので、星がきれいに見える。源流ツーリズムの星空観察プログアムでは地元の星空案内人が解説してくれる。また、「水源地の森」の岩や木に生えている苔を観測する苔歩きプログラムも人気。
撮影:辻󠄀本勝彦

川上村にはもう一つ、源流域の素晴らしい自然を体験できるプログラムとして「水源地の森ツアー」がある。これは「川上宣言」に基づき、源流域を守る大切さを情報発信する拠点として2002(平成14)年に村内に整備された「森と水の源流館」が実施している。
「川上村の奥地には、500年以上も昔から手つかずの森が残されています。森は恵みの雨を貯え、川をつくり、あらゆる生命を育み支えてくれています。『水源地の森ツアー』は先人たちが遺してきた自然を未来に手渡したい、そんな川上村の想いが詰まっています」

企業のCSR研修などにも活用されている「水源地の森ツアー」は、川上村が保全する吉野川・紀の川源流域の森を5~8時間かけて歩くトレッキングツアーだ。

「森と水の源流館(公益財団法人 吉野川紀の川源流物語)」では、環境教育・ESD(※4)の活動拠点として「森と水の源流館ESD授業づくりセミナー」も開催している。奈良教育大学と連携し、奈良県内と和歌山県内の流域に位置する小学校の先生に向けた「水の恵み」をテーマとする授業づくりのサポートを行っている。
「流域全体で水について考えることはとても大切です。自然環境や水への関心が世界的に高まっている今、吉野川・紀の川の源流域を守るためには未来を担う子どもたちへの教育が重要だと思っています。自らのこととして行動できる人を育てていくことが、真の『流域連携』につながっていきます。まず、先生たちに源流域の素晴らしさと保全の大切さを知っていただき、授業を通して子どもたちに伝えてほしいと考えています」

「森と水の源流館」では奈良県内と和歌山県内の小学校の先生に向け、「授業づくりセミナー」を開催している。

川上村では他にもオンラインコミュニティ「かわかみらい」や吉野川と並んで走る国道169号線を楽しむ「水源地街道プロジェクト」など独自のイベントやプログラムが豊富で、源流域の価値を広く発信する積極的な姿勢がある。さらに近年、豊かな自然環境を守り続ける源流域の村として、脱炭素に向けた取り組みも始まっている。
そのすべて、「川上宣言」の考え方が貫かれており、源流域の誇りと責任を感じさせる。

水道水をそのまま飲める国も数少なく、「きれいな水」が当たり前といえる日本に暮らしていると、水の価値について考えることは少ないかもしれない。しかし、気候変動など自然環境が大きく変化する現在、水不足や水による自然災害に苦しむ地域は世界には多くある。
私たち日本人も水の恵みと保全について、今一度考えてみることが大切ではないだろうか。
まずは自分たちが暮らす街がどの河川流域なのかを知ることが必要だ。そして、その源流域に想いを馳せ、水源地を守る意味について、一人ひとりが考えていきたい。

※1:「川上宣言」とは、川上村(奈良県)が1996年に全国に向け発信した宣言。水・産業・仕組み・子ども・環境の5つの項目から構成される。本文記載以外の項目では、産業「私たち川上は、自然と一体となった産業を育んで山と水を守り、都市にはない豊かな生活を築きます」、子ども「私たち川上は、これから育つ子ども達が、自然の生命の躍動にすなおに感動できるような場をつくります」などがある。
川上宣言 https://www.vill.kawakami.nara.jp/source/#2nd

※2:「全国源流の郷協議会」とは、全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し2005(平成17)年に発足。源流域の環境保全などについて情報共有し活動している。
全国源流の郷協議会 https://genryunosato.net

※3:「和歌浦漁港朝市しらすまつり」とは、和歌山市の和歌浦港で年2回開催されるイベント。吉野川・紀の川を流れるきれいな水が海に注ぐことを背景に、全国でも透明度が高いといわれる和歌浦湾で育ったシラスは「わかしらす」としてブランド化されている。

※4:『ESD』とは、「Education for Sustainable Development」の頭文字を取った単語。「持続可能な開発のための教育」と訳され、持続可能な社会を実現していくことを目指して行う学習や教育活動を指す。

画像提供:奈良県川上村 https://www.vill.kawakami.nara.jp
     森と水の源流館 https://genryuu.or.jp/main/
取材編集:帆足泰子

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