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1グラムの土に100億を超える微生物。
生物多様性を支える土壌微生物の世界!

2024.04.25

目に見えない土の中で繰り広げられる土壌微生物の世界。その種類や機能の多様性が豊かな土壌を作り、森の樹々や田畑の作物を育てる。それらは虫や鳥、動物の棲み家となり食べものとなる。目に見える生物だけで生物多様性を語ってはいけない。なぜならば、土壌微生物の存在があってこそ、多様な生物の世界が成り立っているのだ。譲り合い、牽制し合い、共存し、共生する土壌微生物の驚くべき世界とは…。

地球上に生命が出現した痕跡が約40億年前の古い地層から見つかった調査結果があり、恐らく微生物だと推測される。そして人類(ホモ・サピエンス)の出現が約20万年前という一説を考えると、微生物の進化のキャリアはとてつもなく長い。特に土壌微生物は高温や乾燥など地球上に起こったさまざまな過酷な環境に適応しながら増殖し、種類を増やしてきた。
なんと1グラムの土の中に100億を超える土壌微生物がいる(※1)と語るのは微生物学者である佐賀大学名誉教授の染谷孝先生だ。
「遺伝子解析の技術が進み、田畑や森の土の中には何千万種類の微生物がいることが分かっています。なぜ、こんなに多くの微生物が共存できるのか不思議に思うかも知れませんが、土壌微生物の世界は譲り合いの世界、緊張感をもってお互いを牽制する世界なのです」と話す染谷先生。

土壌微生物には抗菌物質を作り出し、植物病原菌となるカビや細菌の増殖を抑える微生物がいる。この微生物は病原菌の増殖は抑えても駆逐するようなことは決してしないそうだ。
また、土壌微生物は栄養を独り占めせず、土壌中で栄養を吸収し数回の細胞分裂をしたあとは、周囲に栄養が残っていても増殖を止める。他の土壌微生物のために栄養を残しておくのだ。特定の土壌微生物が一人勝ちをすれば土壌のバランスが崩れ、結果的に自分たちも絶滅してしまうことを知っているかのようだ。
「譲り合って、牽制し合って 共存する。これは土壌微生物の『知恵』だと思います。長い進化の過程で、自分たちが生き残っていくためには譲り合うことも大切なのだと学んだのでしょう」

土壌から樹木の根に入り、果樹に病害を起こす糸状菌の蛍光染色像。生きた細胞が青白く染まっている。
土壌粒子が結合し小粒の集合体となった土壌団粒の様子。これらをつぶすとさらに小さい団粒が出てくる。

さらに土壌微生物の中には、植物と利益交換することで共生関係を築くものもいる。代表的なのは根粒菌(コンリュウキン)だ。根粒菌はマメ科植物と共生する細菌で、根の中に入り込みコブのような小さな粒(根粒)を作る。根粒菌は空気中の窒素ガスをアンモニア態窒素(=アンモニウムイオンの形で存在する窒素)に変換(※2)。植物は根粒菌を通してイオン化された窒素を栄養源として利用する。
植物の三大栄養素は『窒素、リン、カリウム』だが、生育に大量に必要とされるのが『窒素』。しかし、植物は空気中の窒素を二酸化炭素のようにそのまま取り込んで利用することができないのだ。そこでマメ科植物は自分たちが取り込むことができない大気中の窒素を利用可能なイオンの形にして届けてくれる根粒菌との共生を選択した結果、窒素を得る代わりにマメ科植物は光合成で得た栄養(炭水化物)を根粒菌に根を介して与える仕組みだ。実は、土壌には細菌を捕食する原生動物も多いが根粒の皮を破ってまで入ってくることはない。つまり根粒菌もまた、根に入り込み共生することで栄養と安全な棲み家を手に入れたことになる。
「マメ科植物と根粒菌はお互いがそれぞれの能力を提供しあって、過酷な環境でも生きていける共生関係を築いています。こういう生物のつながりをよく理解した上で農業や環境保全などの施策を考える必要があると思います。人間が生物のつながりを安易に切ってしまってはいけません」

ダイズの根粒。根に着いたツブツブが根粒で、この中に根粒菌が共生している。

植物と共生関係を築く微生物には菌根菌(キンコンキン)という微生物もいる。菌根菌は菌類でキノコの仲間だ。植物の根に菌糸を絡みつかせ地中に伸ばしていくことで、土壌の養分(特にリン)や水分を吸収し植物に供給している。一方、植物は根を通して光合成で得た栄養分を菌根菌に供給する。地球上の植物の多くが菌根菌と共生関係にあると考えられており、ニンジンやジャガイモなどの私たちがよく知る農作物も菌根菌の存在があってこそ、豊かな実りとなるのだ。

白く毛羽立って見えるのがアカマツの菌根。マツタケはアカマツと共生する菌根菌で、菌糸が地上に伸びてキノコになる。アカマツがなければマツタケは育たない。

菌根菌は荒廃地の緑化にも役に立っている。1990年代、長崎県雲仙普賢岳が噴火によって砂礫に覆われた荒廃地になってしまった際、菌根菌と植物の種と肥料をセットにして山に撒く緑化対策が行われた(※3)。1年後には草が生え、数年後には木々が発育、9年後に染谷先生の研究チームが調査に入った時には背丈を越す林になっていたという。
「当時の緑化対策にはいくつかの手法が採用されたのですが、菌根菌を使用しなかった場所と比べると、緑化の進み方に明らかな違いがありました。現在ではさらに緑化が進み、100年かかる森の再生がわずか20年足らずで実現できたと海外からも高く評価されています。微生物の力を改めて実感した好例です」

菌根菌を含む「緑化バッグ」によって緑化した雲仙普賢岳の様子。火砕流によって荒廃した斜面は緑化対策を始めて9年後には緑が回復している(2004年5月)。

土壌微生物の働きは緑化だけに終わらない。「山と海はつながっている」と樹々が生い茂る森林保全が注目されるが、その仕組みの根底には土壌微生物がいる。土壌微生物が森林土壌中の有機物を分解しミネラル分を植物に返し、同時に分解で生じたフルボ酸(腐植酸)が土壌の鉄イオンと結合し、川を通して海に流れる。植物にとって必要な栄養が吸収しやすい状態で流れてくることで植物プランクトンや海藻などの海の植物の生育が促進され、魚などの大型の海洋生物を育んでいくことにつながっていく。海洋の多様な生命のつながりに、森林の土壌微生物が大きく関わっていることは知っておきたい。

土の中の糸状菌。落葉などの有機物を分解して暮らしている。

染谷先生によると、土壌微生物の中でその働きが詳しく分かっているのはわずか1%程度なのだと言われた。わずか1%の中に根粒菌などの植物共生菌や植物病害を抑える拮抗菌、農薬や石油で汚染された土壌を浄化する微生物など、数多くの有用な働きをする土壌微生物の存在が知られている。残り99%の土壌微生物が解明されれば、私たちは想像もできないような大きな驚きと恩恵を得ることになるのだろう。

「土壌微生物は生物の世界を下から支えています。土壌微生物の種類や働きの多様性が、豊かな土を作る基礎になっています。それが森や草原、田畑を支えていて、そこで発育する草や木などの植物が虫や鳥や動物の棲み家となり食べものとなっています。豊かな生物多様性は土壌微生物の存在があってこそ成り立っているのです」

地球に生命が誕生して約40億年。今、人間は生物世界の頂点に立っている。
しかし人間は人間だけでは生きてはいけない。地球上には多様な生物がいて、それらは皆、つながっている。目に見えない土壌微生物も、地球上の多様な生命を支える重要な生物であり、土壌微生物の存在なくして私たちは生きていけないのだ。譲り合い、時に牽制し合い、共存し、共生し、つながることで多くの生命を育む土壌微生物の世界。
目に見えない土壌微生物こそが、地球上に繁栄する生物の多様性を支えているのだ。

染谷孝
佐賀大学農学部教授を経て2019年定年退職ののち名誉教授として研究に携わる。
専門は、土壌微生物学・環境微生物学。

※1:土壌中には多種多様な細菌、古細菌、菌類がいる。1グラムに100億というのは細菌と古細菌をあわせた数で、菌類は入っていない(個数として数えにくい形態のため)。そのため、実際は1グラムの土の中に100億を超える微生物がいることになる。

※2:空気中の窒素を動植物が利用できる形態に変換することを「窒素固定」という。

※3:菌根菌と植物の種と緩効性肥料(成分が長期間に渡って溶け出し、効果が長く持続する肥料)をセットにした「緑化バッグ」を開発したのは、当時、山口大学農学部で微生物学者の丸本卓哉教授。「緑化バッグ」を使う荒廃地の緑化は諸外国にも適用例を広げている。

画像提供:染谷孝(佐賀大学名誉教授)
取材編集:帆足泰子

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