Features

土は、温暖化抑制の救世主になるのか。
4パーミルが私たちに投げかけるものとは!

2024.05.10

地球の温暖化が止まらない。誰もが危機感を感じながらも、残念ながら二酸化炭素の排出量は未だに大きく減る様子はない。世界ではさまざまな対策が行われているが、いま、温暖化を抑制する「土」の力が注目されている。“耕しすぎない”ことで二酸化炭素を土の中に閉じ込めておくことができるという「土」の力と可能性を改めて考えてみたい。

アメリカ・オハイオ州の不耕起栽培の様子。

「4(フォー)パーミル・イニシアチブ」という国際的な取り組みを知っているだろうか。土壌中の二酸化炭素を増やしていく取り組みで、2015年にパリで開催された「気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」で温暖化対策の1つの方法として提唱された(パリ協定)。以降、日本を含む多くの国や地域でこの取り組みが進められている。

「4パーミル」とは「4/1000」のことで、0.4%を意味する。「4パーミル・イニシアチブ」は、土壌の表層における炭素の量を年間0.4%増加させていくことで、人間の経済活動によって排出される大気中の二酸化炭素の量を相殺できる(実質ゼロにする)。

* 0.4%という数字は人間が経済活動によって大気中に放出する炭素量から計算されている。世界の土壌の表層に固定される二酸化炭素を年間0.4%増やすことで、私たちが排出する二酸化炭素の大半を帳消しにできるという計算、という考え方に基づいている。

では、どうやって土壌は二酸化炭素を取り込み、固定するのだろうか。
二酸化炭素は光合成によって植物に取り込まれる。植物体の約半分(乾燥重ベース)は炭素だ。その植物が枯れると落ち葉などの有機物として土に供給され、土壌微生物によって分解される。分解されることで二酸化炭素に戻り、再び大気中に放出されてしまう。しかし有機物のすべてが分解されるわけではなく、腐植という形で土の中に残るものもある。残った有機物の約半分は炭素であり、植物が取り込んだ二酸化炭素からできたものだ。土の中に残った炭素の分だけ、土壌が大気中の二酸化炭素を固定したということになる。しかし実際には土壌中の有機物は分解され、大気中の二酸化炭素を増やしてしまう。

過去100年に大気中の二酸化炭素は40%増加したが、そのうちの2割は土壌劣化に由来している。このことに対する問題意識から「4パーミル・イニシアチブ」の提唱以降、「不耕起栽培」という農法が注目を集めるようになった。耕せば土の中に閉じ込められてきた有機物と空気(酸素)が混ざり合い、土壌微生物が活性化する。土壌微生物による有機物の分解が進めば、二酸化炭素が大気中に放出されてしまう。従って、あえて耕さないことで地面を保護し、ミミズなどの働きで有機物を格納する団粒構造の発達をうながし、土壌微生物による分解を抑え、二酸化炭素の大気への放出を減少させる、つまり「土」の力で温暖化を抑制しようと考えたのだ。

カナダ・サスカチュワン州の不耕起栽培の様子。

土壌研究者の藤井一至さんも、「4パーミル・イニシアチブ」の取り組みは温暖化が進む現在においては注目すべき考え方だと評価する。しかし、一方で不耕起栽培の利点だけに安易に着目するのではなく、国や地域ごとの土壌の性質や背景を知ることも大切であると言う。

「不耕起栽培のように二酸化炭素を固定し温暖化を抑制する技術の探求は素晴らしいことです。しかし、それは土を耕すことを否定することではありません。そもそも、なぜ土を耕すのかというと、作物の生育のために養分を土に混ぜ込み、水や空気の通りを良くして根を張りやすくし、雑草の成長を防ぎ、排水を良くするためです。大切なのは過剰に土を耕さないことです」

ブラジルの小規模農家における不耕起栽培の様子。

藤井さんによれば、「4パーミル・イニシアチブ」の取り組みが始まった背景はアメリカ・オハイオ州立大学のラタン・ラル博士の研究に基づいているという。
1970年代、若手研究者だったラタン・ラル博士はナイジェリアの畑で雨による土壌流出(侵食)を不耕起栽培で防ぐことを研究していた。そして、重機などで耕し続けた農地は雨季になると大雨で流されてしまうことが多く、その一方で耕していないところは流されにくいことを発見する。その研究内容に着目したのが、大気中の二酸化炭素濃度の上昇を世界で初めて観測した研究者として知られるアメリカ海洋大気庁・マウナロア観測所(ハワイ)のチャールズ・キーリング博士だった。ラタン・ラル博士は、農地が貯め込んだ有機物は大雨で流され、ため池に沈殿しただろうと考えていたが、地中から放出されて不安定化した有機物の多くは分解して大気に放出されているかもしれないとキーリング博士からアドバイスを受け、キーリング博士の指摘が実際に正しいことを確認している。
そして、ラタン・ラル博士は不耕起栽培には大雨による土壌侵食を防ぐだけでなく微生物の分解による二酸化炭素の大気放出を防ぐ、つまり温暖化抑制にも効果があることを確認し、以降、その研究と普及に尽力していく。

そして2015年、世界中で温暖化が問題となる中で、再びこの研究が着目される。パリ協定で提唱された「4パーミル・イニシアチブ」だ。ラタン・ラル博士の研究は、土の中の有機物を0.4%ずつ増やすことで人間の経済活動によって排出された二酸化炭素を土壌で吸収する世界的な取り組みに発展していった。今では700以上の国や地域が「4パーミル・イニシアチブ」に賛同し、不耕起栽培に取り組んでいる。

日本のゴボウ農家の様子。根菜類は土を深く耕さなくてはいけない。国や地域、作物の種類などによって、不耕起栽培が適さない場合もあるのだ。

ラタン・ラル博士の長年にわたる土による温暖化抑制の研究は高く評価され、Japan Prize(日本国際賞)も受賞した。こういった動向に関して「土壌改良が世界的な取り組みに発展したことはとても素晴らしいことです。ただし、土壌の炭素を毎年0.4%ずつ増やすことは簡単ではありません。土によって限度があります。温暖化抑制のために土を耕さないという選択肢があってもいいが、あくまでも選択肢の1つ」と藤井さんは慎重だ。
国や地域、気候条件によって土壌の性質はさまざまで、作物、農業のやり方も世界各国でそれぞれ異なるからだ。粘土質な土や排水の悪い土では耕起が欠かせないという。絶対的な方法があるわけではないのだ。

また不耕期栽培をすれば、すぐに土壌に有機物が増えて炭素をたくさん固定できるというわけではないそうだ。表土の有機物は増えるが、下層土への有機物の供給は減る。土壌全体で耕すよりも耕さないほうが土壌中の有機物が多い、という状態になるまで平均して10年ほど時間を要するといった研究データもある、とは藤井さん。
「ラタン・ラル博士に土壌の炭素を毎年0.4%ずつ増やすのは至難の業ではない、と聞いたことがあります。すると、博士は『現状は二酸化炭素の発生源になっている畑も多い。それを逆転させて吸収源にするだけでもすごいことじゃないか』と言われました」

さらに、藤井さんから温暖化抑制だけにとどまらない「土」の強みについて「人間が土を深く耕すようになったのはトラクターが普及した過去100年で、当たり前を問い直すことに不耕起栽培の価値があります。不耕起栽培という言葉はとても目を引きやすいものですが、『耕す、耕さない』という二項対立に陥ることなく、過剰に耕さないという原則を大事にすることが大切です。劣化を続ける世界の土壌のそれぞれについて、炭素をより多く固定し温暖化を抑制する工夫が求められています。土壌改良には、作物の生産性の向上、生物多様性・生態系サービス(参考**)の改善というコベネフィット(参考***)もあります。これは土の強みです」

** 生物・生態系の機能のうち、特に人間がその恩恵を得ているものを「生態系サービス」という。生物と自然環境は相互作用しており、生物多様性が育まれた生態系(自然環境)から得られる恵みによって人間は支えられているのだ。(参考:環境省HPなど)

*** 一つの政策、戦略、行動計画の成果から生まれる複数分野における複数のベネフィットのこと(参照:環境省HP)。

不耕起(左)と耕起(右)の比較。不耕起の方が土の色が黒い。

2015年の「4パーミル・イニシアチブ」の提唱を機に不耕起栽培が注目されているが、現在は不耕起栽培を取り込んだリジェネラティブ農業(環境再生型農業)も登場している。このような動きに「不耕起栽培にはものすごく幅があります。日本で生まれた自然農法は小規模農業ですが、海外の不耕起栽培は大規模農業として定着しています。不耕起のもともとの目的は侵食対策でしたが、省力化と保水力の向上への期待もあります。干ばつの増加によって、土壌の維持だけでなく再生が必要だという危機感が高まっているのです」と藤井さんは語る。

二酸化炭素の固定はもちろんのこと、生物多様性の根幹をなす土壌の質を自然に近い状態に戻す必要性を、世界は見直し始めているのだ。日本はどうだろうか。「4パーミル・イニシアチブ」には山梨県がいち早く参加を表明するなど、環境面への意識を高くもち土壌に向き合っている地域はある。しかしながら土に触れることの少ない都市に暮らす人たちの土への関心は未だ低く、もう少し土がもつ力や可能性に着目する視点があっても良いのだろう。足元の土が温暖化抑制や生物多様性にとっていかに大切な存在であるか、改めて知っておきたいものだ。

藤井一至さん
土壌研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に国内外各地を飛び回る。日本生態学会奨励賞や日本農学進歩賞などを受賞。著書『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。

画像提供:藤井一至
取材編集:帆足泰子

New Articles