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地球温暖化対策への希望
Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト始動!

2024.06.25

2024年春、日本の沿岸域を調査研究する「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」が始まった。ブルーカーボンとは海洋生態系によって海に閉じ込められた炭素のことを指し、沿岸の海藻や海草、さらには熱帯・亜熱帯に点在するマングローブ林といった生態系が主な生成の場と考えられているが、温暖化が進む今、二酸化炭素の吸収源として注目されつつも、そのメカニズムは未だ分からないことが多い。
日本を代表する研究者たちが結集した本プロジェクトにより炭素隔離のメカニズムが解明されていけば、世界中のブルーカーボン研究、そして地球温暖化対策をけん引するような大きなインパクトとなることだろう。

©Nicolas Floc'h

2009年10月、国連環境計画(UNEP)の報告書において海洋生態系を通じて海に隔離される炭素を「ブルーカーボン」と命名。以降、温暖化対策の選択肢として沿岸域の海藻や海草に世界が注目するようになった。しかし、どの種類がどのような過程で吸収した二酸化炭素を隔離するのか、その量はどの程度なのか、このメカニズムの詳細は分かっていないことが多いのが現状だ。

2024年から日本で始まる「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト(参照 *)」は、海洋に特化したフランスの公益財団法人タラオセアンの日本支部であるタラオセアンジャパンと日本の国立大学の臨海実験所のネットワークである「マリンバイオ共同推進機構(JAMBO)」が共同で実施し、日本各地に点在する臨界実験所を拠点に、約4年をかけて13カ所以上で調査研究が行われる。

2024年は九州大学の天草臨海実験所、北海道大学の北方圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所、広島大学の竹原ステーション、島根大学の隠岐臨海実験所を拠点とすることが決まっている。日本の北側、南側、瀬戸内、日本海側とバリエーションのある調査場所の選定となっている。調査研究のリーダーとしてプロジェクトに携わる筑波大学・下田臨海実験センターの助教・和田茂樹さんは、ブルーカーボンに関するさまざまなことが解明できる可能性が高いとプロジェクトに期待を寄せている。

「現在、世界のブルーカーボン研究者が基準として重要視している知見は、世界各地で散発的に取得された調査データを集約して解析したものです。しかし、その基盤となっている調査データは多様な沿岸域を代表できるほど蓄積してはおらず、依然として推定値に大きなばらつきを抱えています。温暖化による悪化をいち早く食い止めなければならない状況に直面するなかで、このプロジェクトでブルーカーボンの大規模なデータセット(参照 **)が取れれば、世界に大きなインパクトを与えることができるでしょう。」

アマモなどの海草類は枯死した後は砂地や泥地に埋没し炭素を隔離し、ワカメなどの海藻類は岩や岩盤から離れ深海へと輸送され炭素を隔離する。

沿岸域の炭素フローを解明し、ブルーカーボンの実態を解明していくことは、世界の海洋環境を守るための大きな希望でもある。また、日本列島は南北に長く、気候も地形もさまざまで、黒潮や親潮など海流の影響も地域によって変わり、生態系も異なっている。そもそも海に囲まれているために観測場所もバラエティーに富み、全国の沿岸各地に多数の臨海実験所が点在していることから、世界のどの国よりもブルーカーボンの調査研究に適しているようだ。

北海道から沖縄まで「マリンバイオ共同推進機構(JAMBO)」に属する臨海実験所を拠点にプロジェクトが行われる。
静岡県下田における観測 
2016年 当時の健全な様子。
2020年 磯焼けが進行し、コンブ類のカジメ群落が僅か数年で激減してしまった現状。

「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」では、実にさまざまな調査が予定されている。
ブルーカーボンについて改めて触れておく。まず、ブルーカーボンとは海洋生物の働きによって海に隔離される二酸化炭素のことを指している。この二酸化炭素を隔離する海洋の生態系を「ブルーカーボン生態系」といい、ワカメなどの海藻類、アマモなどの海草類、マングローブ、干潟や塩性湿地などがあげられる。海藻や海草が群落をつくる藻場は、多くの生物の棲み処にもなる。さらに整理すると、海藻は岩や岩盤で生長し、海草は砂地や泥地に地下茎を張り巡らせて生長する。海草の場合、枯死した後は生息地である砂地や泥地に埋没してそのまま隔離される過程が認識されており、ブルーカーボンを生み出す場としての重要性は早くから注目されてきた。しかし海藻の場合、岩や岩盤で生長することから枯死した後に生息地に埋没することはなく、多くは波に流されてしまう。流出した藻体は、その一部が深海まで輸送され炭素を深海に長期にわたって隔離するとされているが、この輸送過程を詳細に評価した研究例はほとんどなく、海藻のブルーカーボンの重要性は近年になってようやく注目され始めたばかりである。しかも海藻は粘液(海藻表面のヌルヌルした分泌物)も考慮しなくてはいけない。海藻は光合成で作り出した有機物の3割前後を粘液として放出するともいわれており、藻体そのものの行方を追いかけるだけでなく、粘液が深海にまで流される過程やその量を調査研究する必要があるようだ。

「海藻は他の生物や周囲の環境の変化から身を守るために粘液物質を出します。そこでプロジェクトでは海藻に袋を被せて、放出された粘液の量なども調べる予定です。また環境DNAによって、海藻の断片がどの程度の距離まで流されるのか・・・、さらにどの程度の深さまで沈んでいくのかも調べます。」

海藻藻場潜水調査のプロトコル(手順など)共有の様子。

「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」では、さまざまな調査が行われる予定で、海底の砂や泥の成分を測定して埋没するブルーカーボンがどの程度なのかを調べたり、草食魚による藻場への影響を調べたり、調査項目は他にも多岐にわたっている。

「やるべきことが多く大変なのですが、どの調査もこれまでになかった詳細なデータの取得となるはずです。世界のブルーカーボン研究をけん引するものになるでしょう。」

「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」では、プロジェクト実施にあたりクラウドファンディングによって362人の方から賛同を得て、目標金額1千万円を超える金額を集めることができた。
タラオセアンジャパンでプロジェクト事務局を務めるパトゥイエ由美子さんは、「クラウドファンディングを実施したのは調査研究費用のサポートを募るだけでなく、このプロジェクトに関する情報を発信することで、ブルーカーボン生態系や海の重要性を多くの方に知っていただくという目的もありました。2ヶ月で、1万7千人もの方々にクラウドファンディングのサイトを訪れていただけたので、そういう意味では多くの方に興味をもっていただけたように思います。これから、このプロジェクトを行なっていく過程で一般の方々にも海洋への意識がさらに高まり、環境保全のために少しでも行動してくださる仲間が増えればうれしいことです。」と、海洋環境への意識をさらに高めていきたいという強い思いを言葉にしている。

プロジェクトの結果が論文として世界に発表されるまでには数年が必要だ。その間、タラオセアンジャパンでは啓発イベントの開催やSNSによる情報発信など、ブルーカーボンへの興味関心を社会全体に醸成していく。
タラオセアンのプロジェクトの特色でもあるアーティストの参加も予定しており、ブルーカーボンの重要性を科学者とは違う視点でどのように表現されるのか、この点も非常に興味深い。

「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」の調査研究について、今後も動向を追いかけていき、引き続きプロジェクトをけん引する日本を代表する科学者たちを応援し、海洋環境への興味関心の輪をより広げていきたいと考えている。

参照 * ) 
本プロジェクトには研究者、学生、技術職員、アーティスト、タラオセアンジャパンのスタッフなどが参加を予定し、ブルーカーボン生態系を理解するために以下のデータを構築する。
■炭素隔離過程の解明(潜水・船舶調査):植物が光合成でCO2を有機物に変え、その後有機物が海の中にどのように隔離されているのかを解明する。
■生物多様性の評価(潜水・船舶調査):それぞれの場所で環境DNAや生物相調査を行い、生物のゆりかごとしてのブルーカーボン生態系の機能を解明する。
■マイクロプラスチック(潜水調査):マイクロプラスチック調査も並行して実施する。

参照 ** ) 
データセットとは、何らかの目的や対象について集められ、一定の形式に整えられたデータの集合体のこと。

画像提供:タラオセアンジャパン
取材編集:帆足泰子

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