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「未来の海」に生物多様性はあり得ないのか!?
二酸化炭素が噴出するCO2シープが問いかけること・・・。

2024.11.25

大分県姫島で行われている海洋調査に今、世界が注目している。姫島には海底から二酸化炭素が噴出するCO2シープがあるのだが、この場所にしか見られない生態系の特徴があるのだ。CO2 シープ周辺の海域は、何らかの対策が講じられないまま海中に二酸化炭素が増えていった「未来の海」とも言われている。
この姿が果たして、私たちが望む未来なのだろうか。

今、海は大きな問題を抱えている。
問題視されている海水温上昇や海洋酸性化、さらに貧酸素化の3つは「Deadly Trio(死のトリオ)」と呼ばれ、海の環境を研究する世界中の海洋科学者によって調査研究が進められている。また、「Deadly Trio」の要因ではないが、中でも海洋酸性化(※1)を加速させる二酸化炭素の増加は大きな問題だ。
脱炭素に向けた社会行動は広まりつつあるものの、海と二酸化炭素の関係に対する関心は未だ低いようだ。広大な海の変化は私たちには分かりづらいものだが、分からなければ問題解決に向けた行動も起こせない。
このまま二酸化炭素の増加に対して人間が対策を講じなければ、海はどうなってしまうのか。この問題解決に向け「未来の海」を知ってもらうことによって何らかの行動を促したいと語る広島大学・瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター・ブルーイノベーション部門教授・和田茂樹さんにお聞きしてみた。

和田さんは2022年夏より、東京大学・藤井賢彦教授と一緒に大分県姫島の海でCO2シープの調査を行っている。そして2024年8月には5回目の調査を終えている。
この「CO2シープ」とは、海底から二酸化炭素が噴き出している場所のこと。二酸化炭素が噴き出ている海底は、明らかに他の場所と異なる生態系の特徴がある。そしてこの海中に二酸化炭素が増えてしまった姿こそが、「未来の海」なのではないか、と研究が進められている。
「海中に二酸化炭素が増えると生物はどうなるのか。この疑問に多くの研究者が水槽で実験を行ってきました。しかし、さまざまな繋がりがあって生きている海洋生物の生態系が二酸化炭素の増加によって、どう変化するものかを予測することは難しいのです。CO2シープは自然界の一角をそのまま研究として利用できるので、二酸化炭素が生態系に与える影響を研究する上でとても貴重な調査場所なのです」

姫島でのCO2噴出の様子。砂と岩が点在しているため、CO2が岩の隙間から出る場所と砂地から出る場所がある。

CO2シープを活用した海洋調査は2008年にイギリスの研究者が始めたのが最初で、海洋調査の手法としては比較的新しい。現在はイタリアやパプアニューギニア、そして伊豆諸島の式根島、沖縄県の硫黄鳥島の海域でCO2シープによる生態系への影響が積極的に研究されている。どこも火山帯域にある場所であることから、海底から二酸化炭素が噴き出る現象は火山帯域の地質的影響によるものだと考えられている。そのため海中に気体が噴出している場所の中には二酸化炭素以外の成分が混じっている場合もあり、CO2シープとして研究対象とするには、噴出ガスに二酸化炭素以外がほとんど含まれない場所を選ぶ必要がある。
「広大な海の中から二酸化炭素が噴出している場所を見つけることは難しく、実は一般のダイバーの方がレジャーダイビングの際に見つけてSNSなどにアップしてくれることで、私たち研究者が噴出場所を知ることが多いのです。湧き出ている気体が二酸化炭素なのか、調査場所として適しているかなどの基礎調査を行ない、CO2シープだと判定できたら本格的な海洋調査を始めます」

CO2シープ周辺の海、つまり二酸化炭素が多い海では生態系はどうなるのか。
これまで伊豆諸島の式根島など世界各地で調査されてきたCO2シープの海では、背の低い微細藻類が海底一面に生え広がる傾向があったようだ。二酸化炭素を好む微細藻類が広がる海では、大きな海藻は生えなくなり魚種も少なく、多様性のない海と言えるだろう。
もし、これが「未来の海」の景色だとするならば、なんとも恐ろしい光景だ。

伊豆諸島式根島の高い二酸化炭素の海域では、微細藻で海底が覆われている。
式根島の通常海底の様子では、魚が泳ぎサンゴが広がっている。CO2噴出海域と比較すると、二酸化炭素が海の多様性に大きな影響を与えてしまうことが分かる。

ところが、和田さんと藤井さんが共同で調査を進める大分県姫島のCO2シープでは、他のCO2シープとは異なる景色が広がっている。
「姫島のCO2シープでは背の低い微細藻類ではなく、背の高いホンダワラ類の海藻が生えたガラモ場(※2)が一面に広がっています。海藻は通常サイズよりもはるかに大きく、二酸化炭素の影響を受けて大きくなったと思われます。姫島のCO2シープは、世界で積極的に研究が進んでいるCO2シープ各所の中では比較的水温の低い場所です。水温の違いが生物と二酸化炭素の関係に、これまでとは異なる影響を及ぼしているのかもしれません」

和田さんたちは季節や状況の異なる時期に海中に潜り、センサーを仕掛けてpH(水素イオン濃度指数)を計測し、生態系を調査している。また二酸化炭素が噴出しているところを0地点とし、そこから100メートル離れるまでに生物がどう変化していくかも観測しているそうだ。
「姫島のCO2シープは広範囲な場所ではないので、CO2シープ中心地から100メートル離れた場所では噴出した二酸化炭素の影響をほとんど受けません。つまり「現在の海」の姿と言えます。ところがCO2シープに近づくにつれ徐々に景色が変わり、「未来の海」の姿に変わっていきます。100メートル離れた場所からCO2シープに向かって泳ぎ、中心から20〜30メートル離れた場所まで進むと生物相がガラリと変わります。背の高い海藻が巨大なカーテンのように立ちはだかり、その他の種の海藻は少なくなります」

海水をボトルに採取する様子。周囲にはホンダワラ類のガラモ場が広がっている。CO2シープとしては珍しい。

同じ二酸化炭素の影響を受けていても、式根島と姫島では景色が異なる。
式根島は微細藻類が繊維状に絡まり合いコロニーを作って海底を覆っている。一方、姫島では海藻が巨大サイズに成長する。どちらも二酸化炭素を好む種がその場に適応していったと思われるが、それだけではなく「生物間の熾烈な競争も関係しているのではないか」と、和田さんは考えている。
「微細藻類のコロニーでは堆積層の中に酸素が少ないという研究結果があります。微細藻類のコロニーの中は、バクテリアなどによって酸素が消費されるため、他の生物は入ってくることが難しくなります。サンゴや大きな海藻が微細藻類の中に分け入って生えようとしても酸素がないので生きられないのです」

姫島の巨大な海藻も二酸化炭素が多い環境にうまく適応したのは確かだが、式根島同様に「他の生物を排除しているのかどうか」についてはまだわかっていない。どんな生物も生き残っていくために生存競争を繰り広げるのは当たり前だ。時には残酷に他者を排除することもあるだろう。ただ注目しておきたいことは、CO2シープの環境下において現時点では多様な生物の共存は見られないということだ。式根島も姫島も、ほぼ1種がその環境を独占し、本来の海が持つダイナミックな生物の多様性は感じられない。

「微細藻類が生えている式根島のパターンは、他のCO2シープの海域でも見られるので、すでに研究が進んでいます。次のステップとして他とは異なる巨大な海藻が立ち並ぶ姫島のパターンを解明することは、世界のCO2シープの研究を発展させていくためには大事なことだと思っています」

ホンダワラ類は通常0.5〜1メートル程度の高さに成長するが、姫島のCO2シープでは数倍の大きさに成長した個体もある。

和田さんはCO2シープを調査するたびに、二酸化炭素に影響を受けた海の景色に大きな焦りを感じるという。そこにあるのは私たちが知る海の姿ではなく、多様性が乏しい海だからだ。CO2シープの研究を広く発信していくことで、「『未来の海』の姿を一人でも多くの人に知ってもらいたい」と和田さんは語っている。そして、「『未来の海』を少しでも良いものにするために、何をすべきかを考えるきっかけにしてほしい」とも語っている。

和田さんは2025年には世界のCO2シープ研究者を日本に集め、一緒に調査することを検討中でもある。研究者たちによって、どのような協業が行われるものか注目だ。

※1:大気中の二酸化炭素が増えたことで海洋が吸収する二酸化炭素量も増加。そのため海中の水素イオン濃度が上がり、本来アルカリ性に傾いている海水が徐々に酸性度を高めつつある。酸性化が進めば貝や甲殻類など炭酸カルシウムを主成分とする生きものが殻を作れなくなり、いずれ海の生態系に大きな影響を及ぼすと懸念されている。

※2:ホンダワラ類の海藻が優占している藻場。ホンダワラ類は多数の気泡をまとうことで、海底から海面に向けて直立して生育する。ちなみに、アマモが生育している藻場のことはアマモ場と言う。

画像提供:和田茂樹
取材編集:帆足泰子

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