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世界の淡水生物の4分の1が絶滅の危機。
それは、私たち人間の危機でもある

2026.10.09

世界有数の国際的科学ジャーナル「Nature」に掲載された調査研究によれば、世界の淡水生物の4分の1が絶滅の危機に瀕しているという。私たちの身近にある川や湖、湿地。実は今、そこに暮らす多くの生き物たちが、私たちが気づかないうちに絶滅の危機に直面している。
見過ごされがちな「水辺の危機」に目を向け、豊かな自然を守るための具体的な行動が、今まさに求められている。

狭い淡水域に集中する、豊かな生物多様性

愛知県内の川で調査を行う谷口さん。淡水域の生き物は人間活動の影響を受けやすいことを危惧している。
地球上に存在する水の 97.5%は海水で、残る 2.5%の大半は地下水と氷河と言われている。川や湖、湿地などの淡水の生態系は全体の表面積で言えば 1%未満とされ、そこには魚種のおよそ半分を占める淡水魚類が狭い場所に詰め込まれている状態だと言える。
「淡水域は地球全体でみると非常に狭い空間です。世界には3万種を超える魚類が分布していますが、そのうち半数近くの種が淡水域、すなわち河川、湖、湿地などに生息しています。淡水域は生物多様性の宝庫ですが、人間の暮らしに隣接する陸域にあるため、生息する生物は人間活動によるダメージをとても受けやすいのです」

そう語るのは、名城大学人間学部人間学科の教授である谷口義則さんだ。生き物と環境との関係を探究する「生態学」を専門とし、中でも人間活動の影響が大きい川や湖などの環境と淡水魚の関係に注力し研究を行なっている。

世界で初めて網羅的に評価された淡水生物の現状

谷口さんは2025年1月に世界最高峰と言えるだろう国際科学ジャーナル「Nature」に掲載された、IUCN(国際自然保護連合)による地球規模の淡水生物生息・保全調査において、淡水魚類専門家グループ日本地域副チェアとして中心的な役割を果たしてきた。本プロジェクトは、IUCNが20年以上の歳月を投じ、世界2万3000種以上の淡水生物(魚類、甲殻類、トンボ類等)の生息状況を世界で初めて網羅的に評価した地球規模の調査研究であり、谷口さんの専門的知見はその偉業に大きく貢献してもいる。

日本国内では、淡水魚全般を網羅する谷口さんをはじめ、ウナギ、ハゼ、アユなど個別の専門家たちも参画。各分野の知見を結集させ、日本の淡水生物の生息・保全状況について評価されてもいる。こうした各国専門家によるグローバルなネットワークの構築と、多角的な評価プロセスを積み重ね、2025年に発表されたIUCNの調査研究となっている。

淡水生物の4分の1が絶滅危惧種という現実

本調査の結果、世界の淡水生物種の実に4分の1が絶滅の危機に瀕しているという衝撃的な実態が明らかになった。日本国内においても、淡水魚類約400種のうち42%(169種)が絶滅危惧種といった極めて深刻な状況にある。さらに世界の4分の1という数字自体が驚くべき数値であるが、谷口氏は「現実はさらに深刻であるはずだ」と指摘し、次のように強い危機感を言葉にしている。
「絶滅危惧種か否かを評価するためには、分布域、個体数の変動、減少スピード、減少要因など詳細なデータが必要です。そのため今回のIUCNの評価ではデータが十分に集まっていない種は絶滅危惧種評価の対象外となりましたが、現実には恐らくもっと多くの淡水生物が絶滅の危機に瀕していると思われます」

なぜ淡水生物は危機に陥りやすいのか

絶滅の危機に瀕している淡水生物を分類群ごとの絶滅リスクを示すと、エビ・カニ類などの節足動物が約30%と最も高く、次いで魚類が26%、トンボ類が16%となっている。淡水の生態系において、なぜ節足動物が最も高い危機に瀕しているのだろうか。
「節足動物は移動能力が魚類やトンボ類に比べて小さいからだと思われます。河川や湖、湿地などの淡水域はとても狭い環境なので、環境が悪化すると生物は逃げることができず、特に節足動物のような移動能力が小さい生物は絶滅の危機に瀕する可能性が高くなるのでしょう」

また、淡水域の環境が悪化する要因として、気候変動(地球温暖化)、異常気象による水位低下、農業・工業目的の過剰な取水、過剰な漁業や観賞魚取引を目的とした乱獲、ダム開発、汚染、外来種による捕食などがあることもわかってきたと谷口さんは言う。
谷口氏は、淡水域の環境悪化の多面的な要因として、気候変動(地球温暖化)や異常気象による水位低下、農業・工業目的の過剰な取水、過剰な漁業や主に鑑賞魚の商業目的の乱獲、ダム開発、環境汚染、そして外来種による捕食などを挙げ、次のように警鐘を鳴らす。
「1970年から2015年までのわずか45年間で、世界の湿地帯の約35%が消失したと言われています。森林消失の約3倍という速度です。河川ではダムが増え、さらに河川の直線化や護岸工事などが進められ、多くの魚にとって住みにくい場所になっていきました。食材として用いられる海の魚と比べると、川など淡水の魚はあまり人々に知られていません。そんな川などの魚の中には私たちが気づかないうちに個体数を減らし、やがて絶滅危惧種になってしまうものが数多く存在しているのです」

知床半島の川で電気ショッカーを使って調査を行なっている谷口さん。

知床のオショロコマが知らせる温暖化の影響

谷口さんは25年以上の長きにわたり、北海道・知床半島において希少な淡水魚「オショロコマ」の継続的な調査を行ってきた。このオショロコマは、寒冷な気候に適応したイワナの仲間であり、国内では北海道にのみ生息する極めて貴重な固有種である。谷口さんによれば、寒冷な気候に適応して暮らしているオショロコマは水温が16℃を超えると餌を食べる元気がなくなるなど活性が著しく低下することが解っている。しかし近年、知床半島では地球温暖化の影響によって、オショロコマにとって夏期の水温が耐えられないレベルにまで上昇する事態は頻発化しているため、このまま水温が上がり続ければ生息数を大きく減らしてしまうのではないかと危惧している。
「オショロコマの減少は、オショロコマを捕食するシマフクロウの生息にも大きな影響を与えます。シマフクロウはオショロコマ同様、北海道にだけ生息する巨大な猛禽類ですが、すでに絶滅危惧種に指定されています。温暖化の影響を直接的に受けるのはオショロコマであっても、結果的にシマフクロウにも間接的に影響が及んでしまうのです。シマフクロウが減少すれば、また他の生き物に影響が及ぶことでしょう。すべての生き物はすべての生き物に繋がっている。このことを私たちは忘れてはいけません」

一つの種の減少が、別の生き物の危機につながる

地球温暖化が進むなか、近年は北海道の夏も記録的な猛暑に見舞われている。その原因は単に気候変動だけではなく、川に建設された砂防ダムの建設や、川岸の木々の伐採といった人為的なものなど、知床半島の水温を押し上げる大きな要因になっているのではないかと谷口さんは考えている。
こうした環境の変化がオショロコマの生息域にどのように影響をもたらしているのか・・・その実態を正確に把握するため、知床を流れる川のさまざまな地点で個体数や水温の定点観測をこれからも続けていくとのことだ。

知床半島での夕陽を眺める谷口さんの研究室の学生たち。この美しい自然を守っていきたいと谷口さんは語る。

淡水域を守ることは、私たちの暮らしを守ること

淡水域は、私たちの暮らしのすぐ隣を流れている。そこには今、私たちが想像しているよりも多くの、そして多様な生き物たちが生息している。河川、湖、湿地・・・、こうした身近な淡水域の生き物同士のつながりや、私たちが彼らに与える影響に、私たちはもっと関心を寄せてもいいのではないだろうか、と想像力を働かせてほしいと谷口さんは考えている。
「陸域と水域の生態系はお互いに補い合う関係にあります。例えば、川のなかの魚は水だけがあれば生きていけるわけではありません。川岸の木々が陰を作ることで水温が適正に保たれたり、木々の葉っぱが落ちて川のなかでは生き物たちの栄養になったり、木々から魚の餌となる虫が落ちてきたりと、陸の存在が欠かせないのです。反対に、陸の方も恩恵を受けており、川から上がってくる羽化昆虫をクモや鳥が捕食したり、遡上するサケをクマが食べたり、生き物は私たちが知らないところでつながっているのです。淡水域の生き物の1つが絶滅すれば、生き物同士のつながりが絶たれ、やがて人間にも影響を及ぼすことになるでしょう。生き物の絶滅は、生き物や生息場所など単独で考えてはいけないのです」

IUCNが示した世界の淡水生物の4分の1が絶滅の危機に瀕しているという現実。つまり、それは人間の危機も言えるはずだ。種の減少や絶滅を防ぐことは、私たち人間の生活を守ることなのだ。
すべての生き物は、すべての生き物とつながっている。そのつながりを想像する力が、いま私たちに求められているはずだ。

資料・画像提供:谷口義則(名城大学)
取材編集:帆足泰子

谷口義則(たにぐち よしのり)
名城大学人間学部人間学科 教授。米コロラド州立大学で魚類・野生動物学を学び、ワイオミング大学で動物学修士を終了し帰国。北海道大学で博士(地球環境科学)を取得。人間と野生動物の共存方法をテーマに地球温暖化、外来種の侵入、廃棄プラスチックの自然への拡散、水辺環境の破壊などが生態系に及ぼす影響のメカニズム解明、影響の緩和策などに関連する研究に取り組む。日本魚類学会などに所属。